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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
陸章:盛者必衰の掟(下)
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其の百三十一:虚空の狭間

「逃さねぇ!!」


 少しばかり頭を使った俺は、館を駆けて外に出て…3階の隅から飛び降りてきた初瀬さんの真正面へと切り込んだ。


「!!」


 ようやっと刀の間合いに入れた。俺は目を見開いて驚いた顔を浮かべた初瀬さんにニヤケ顔を返すと、そのまま足を踏み込んで刀を振るう。一閃…また一閃と、初瀬さんの首元を狙って放たれた斬撃は、紙一重の所で初瀬さんが躱していくが、それでいい。俺は兎に角、彼女を逃がさぬように刀を振るい続けた。さもなくは…館の外に出られれば、そこは虚空記録帖の観測範囲。俺が窮地に陥ってしまう。


(相変わらず…すばしっこいアマだ…)


 風を切り裂く音が闇に響き渡る。刀の間合いから初瀬さんを逃がさない様には出来ていたが、未だ彼女の着物すら掠らない。彼女は次から次に放たれる刃の軌跡を完璧に予測しているかの如く、最小限の動きで俺の攻撃を躱していた。


「やるじゃねぇか!近頃はいねぇぜ!侍みてぇな男ってなぁ!」


 可憐と言える見た目から放たれる、汚い江戸っ子訛りの声。初瀬さんは楽し気な笑みを浮かべながら、踊るように刀を捌き続け…


「よっ…」「!!」


 遂に彼女は地面を蹴り上げ飛び上り、俺の放った刀の上に足を乗せると、一気に俺の頭を越えて行った。


「そこまで出来るなら、まだ遊んでやる!!10発だ!ワタシに10発使わせるまでに、テメェの刃を当てて見せな!そうすりゃ話し位は聞いてやるよ!!」


 背後に回ってその一言。俺は一瞬のうちに間合いから外れた事に驚きながらも、彼女からの誘いに乗って見せ、小さく頷いた後で彼女の方へと足を踏み出した。


「そらっ!!」


 刹那。出し惜しみしない彼女は二度、引き金を引く。闇に包まれた草原に破裂音が響き渡ると、二発は俺の目の真横を切り裂いて闇に溶けた。


「この距離ぐれぇ当てて見せろよヘタクソ!!」


 勢いづいた俺は彼女に毒を吐きながら、踏み出した足の力を更に強め、一気に彼女との間合いを詰めて行く。館に居た時から沸々と思っていたが…どうやら彼女は銃の扱いが下手らしい。軽々と大太刀を振るっていた女なのに、豆鉄砲程度の銃の反動であたふたしている様にも見え…俺はその様を好機と捉え、真正面から切り込んでいった。


「刀の方が似合ってたぜ!!」


 至近距離で放った二発を外して、僅かに動揺した様子の初瀬さんとの距離を一気に詰めて、再び刀の間合いに入った俺。屋敷の裏庭は邪魔なものが無く、館の中と比べれば、思う存分に刀を振り回せる。俺は初瀬さんの眼を睨みながらさっきとは違う攻め方で彼女を斬りつけにかかっていた。


「ケッ!」


 さっきまでの様に大振りにはせず、小さな振りで彼女を狙う。


「このっ…!!」


 6度目の突きを放った刹那。お返しとばかりに彼女が手にした銃の先がコチラを向いた。


「!!!!!!」


 発火。俺の右目に風穴が空き、一瞬のうちに力を失った俺は、脳漿と血を噴き出しながら姿勢を崩すが、すぐさま再生して、初瀬さんに向けてニヤケ顔を見せてやる。


「死なねぇのかよ…」「それすら忘れたのかよ。存外にババァだな」


 驚き足を止めた彼女にその一言。以前であれば絶対に放たなかった罵声を浴びせた俺は、再び彼女を斬りつけんと真正面から立ち向かう。


「死なねぇならそれなりの対処をするまでサァ!!」


 数歩先に居る今宵の標的。俺の安い罵声に顔を真っ赤にゆで上げた彼女は、四発目と五発目を放った。


「チィ…!!」


 金属音と火花が闇に煌めく。一発は外れて、二発目は弾いて…無傷の俺は、再び彼女を間合いに入れて、黒光りする切先を振るう。


 一閃。外れ…

 もう一つ…届かない…


 手を伸ばせば届きそうな…否、間違いなく触れられる位置にいる女を仕留めきれない。俺はその事実を脳裏に反響させながら、無我夢中で刀を振るった。久しぶりなのだ。強敵と交わるというのは…


 一閃。あと少し…

 一突き…あと数寸…


 殺意の籠った切先は、ほんのあと僅か…わんつか奥にいけば届くという距離を残して空を斬り続ける。


「楽しいが…何時まで空振りする気なんだ?」


 俺の動きを、最小限の動きのみで躱し続ける初瀬鬼人。彼女はボソッとそう呟いたのち、再び銃口をコチラに向けた。


 一発…外れ…

 もう一発…俺の心臓付近を打ち抜いていく。


「グゥッ…!!!!」


 これまでで八発…残り二発を残して、弾丸を受けた俺は再生できずに崩れ落ちる。死に戻りもタダじゃないのだ。


「良い動きだぜ。旦那…だが、その程度はザラに居るのさ」


 絶命せず、虫の息となって血反吐を吐いた俺に、初瀬さんはそういうと…手にした銃を懐に仕舞いこむ。


「そこはなぁ、死ぬまでに時間が掛るもんだ」


 そう言いながら、銃の代わりに短刀を取り出した彼女は、倒れた俺の、片足の脛をザックリと切り裂くと、その血を顔に浴びながら…俺の顔を覗き込んでニヤリと妖しい笑みを浮かべ、こう言った。


「今日はここまでだ。じきに、また会うだろうな…そんな気がするぜ。だがな、テメェ等の思い通りになんかさせやしねぇ。ワタシはワタシを貫くんだ。そこんとこ、邪魔すんなよ?」


お読み頂きありがとうございます!

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