其の百二十九:乖離の元凶
「こういう小綺麗な所は…初瀬さんの趣味だろうな」
有楽町に位置する存在しない館の中をうろつく俺は、館の調度品やら置かれている装飾品の類を見ながら、そんな独り言を呟いた。暗闇の中と言えど、都合の良い様に蝋燭の炎が揺らめいていて、館の中に入り込んでしまえば、中に何があるかはほぼすべて確認できる。そんな館の中…洋風建築でありながらも、置かれている品々はこの国由来の物ばかりで、中には見覚えがある物すらあった。
「ここは…」
1階…方角にして南東に位置する部屋に入ると、そこには初瀬さんが持ちそうな得物がズラリと並んでいる。大太刀や槍…そして細々とした刃物類。大きすぎるものと小さすぎるもの…置かれている品々を見ているうちに、初瀬さんが常日頃持っていた物と、それを扱う初瀬さんの姿が脳裏に浮かんできた。
(だが…品は俺達の手にあるんだ。これは似ているだけに過ぎねぇ…)
そう…この部屋に並んでいる得物たちは皆、そう見えるだけの偽物。俺は部屋に長居しない様にして廊下に戻ると、探索の済んでいない部屋の方へと歩いていく。
「……」
俺がこの館に侵入してどれ程時間が経っただろうか。恐らく、まだそれほど経っていないだろうが、ここまで、この館からは人の気配というものを感じない。俺は次々に部屋の扉を開けて中を覗き込み…そして、大したことが無い事を確認しては次へ進むというのを繰り返していた。
「……ん?コイツは…」
そうして館の中を家探しして、俺の目を奪うものが出てきたのは、館の2階に上がって階段近くの部屋に入り込んだ時の事。どうやらそこは寝室の様で、洋式の館に似合わない畳張りの部屋になっていた。俺はその部屋に入り込むなり、畳の匂いに目を顰め…敷かれていた敷物や家具の類を見て、すぐさまその目を大きく開く事になる。
「初瀬さんの部屋?」
理由は明白だ。その光景には、見覚えが多分にあったから。敷物の柄…家具のスレ具合…雑多ながらも、どこか人の匂いがするこなれた部屋。広さは全然違えど、その光景は正に、初瀬さんの部屋と同じだった。俺はそれを感じ取り、気付くや否や、部屋中を歩き回って、この部屋が初瀬さんの部屋であるという証拠を探し求める。
(名前…ある訳もねぇか…)
敷物をどかしてみたり、机の引き出しを引いて中をひっぺ返したり…なんでもいい、兎に角初瀬八千代という女の痕跡が無いか探す俺だったが、調度品からはそれらしいものを探し出すことはかなわなかった。
(クソ…)
見渡す限り、身に覚えがある品々に囲まれている。だが、それがそうだという証拠は無い。俺は一人毒づくと、ふと目に付いた畳をひっくり返して見た。初瀬さんがそうとは限らないが…隠し物をするなら畳の下だろうと、ふと、思い立ったからだ。
「……当たり?」
そして何枚か畳を剥いでみて、出てきた物に目を細める俺。畳と床の間に挟まれていた物は、薄っぺらく…そして、異様なまでに古びた虚空記録帖の様な書物だった。
「…どれどれ」
思わぬ掘り出し物に心臓が早鐘を打ち始める。拾い上げたその書物は埃というか…劣化していて、乾かさねば破れてしまいそうだった。俺はその書物を慎重に取り扱い、適当に机の上に置いてみる。そして、これからどうするかと思案し始めた時…ふと、扉の方から物音が聞こえてきた。
「!!!!!」
全身の毛が逆立つ。ギィ…と音を立てて開く扉。その向こう側に見えるのは、さっきは見る事が出来なかった人物の面…
「うら若き女の部屋を荒らす男ってナァ…モテない男がヤルもんだと相場が決まってるんだがネェ…」
懐かしい声。楽しげな声。それらとは一切似合わない何かが俺の方に向いている。それが銃口だと気付くのには、瞬き一つと要らなかった。
「お客さん…どういう了見だぃ?勝手に人んちに入り込みやがって。家探したぁ穏やかじゃねぇじゃねぇの。それなりの覚悟は出来てんだろうなぁ?」
コチラに螢が持っていた物と同じ拳銃の銃口を向けて威嚇するのは、見まがうはずがない初瀬八千代その人だ。だが、彼女は俺を認知出来ないらしい…俺は彼女の殺気を浴びて、背筋から嫌な汗を大量に流しながらも、どことなく楽し気な声色でこう返してやる。
「初瀬さん。俺だ。守月公彦だ。随分前に勝手に消えてから…探してたんだぜ」
俺は刀にも手を当てず、敵意を出さぬようにしながらそういうが、初瀬さんには響かなかったらしい。彼女は目を顰めながら、銃口をクイックイッと俺の顔面に向ける様に動かした。
「守月公彦…知らねぇ名だ。その癖テメェはワタシを知ってるらしいな」
「あぁ…知ってるさ。どうなってるんだ…初瀬さんよ、アンタ管理人だろ!?」
「管理人?知ったこっちゃねぇな。今のワタシは風来坊よ」
薄暗い部屋で言葉を交わす俺達。初瀬さんはまだ、おっぱじめる気は無いらしい。だが、それでも、十二分に…彼女が何も覚えていないという事は理解できた。
「風来坊…初瀬さん、アンタ幾つよ?」
「さぁなぁ…侍被れの旦那。女に年のハナシは禁物ってヤツだぜ?」
軽く煽れば、思った通りの反応が返ってくる。人そのものは変わっていないが…管理人の全てがすっぽ抜けてしまっているらしい。俺は回らない頭を動かしながらも、これからどうしてくれようかと言う事に意識を集中させた。
「ワタシですら気にしねぇ事を…薄ら暗ぇ男に吐く義理はネェよなぁ?」
だが、その思考を上回る速度で、初瀬さんの審判が下される。
「!!」
突如引かれた引き金。その銃弾は俺を貫かず、俺の頬を掠めて窓を突き破る。
「初瀬さん…!!」
即座に刀に手を当て姿勢を作ると、初瀬さんは突如として狂笑ともいえる表情を顔に浮かべ…そして、僅かに震える声でこう言った。
「久しぶりに自分が何者か向き合う時が来たと思うとしよう…旦那。テメェが死ぬまでには、思い出してやっからよぉ…いくぜ!!!」
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