其の百二十八:虚構の現実
「おい!待ってくれ!初瀬さん!!」
見知った影を追いかけてどれ程走って来たのだろうか?ざっと数時間は、白髪の女を追いかけて足を動かした事だろう。気付けば俺の周囲は既に暗く深夜と言える時間帯になってしまっていた。
「おい!聞こえねぇ筈はネェだろ!初瀬さん!!」
俺をそこまで夢中にさせたのは、遠い昔に消えたっきり姿を見てすらいなかった女がそこにいたから。最初はかもしれない程度…ただの、白い髪を持つ女の後ろ姿だった。だが、追いかけていくうちに輪郭がクッキリと見えてきて…その女は、俺が…俺達が探し求めていた女だとわかるや否や、俺の歩速は一段と速まり、何んとか彼女に追いつこうとするのだが…彼女はそれを分かっているかの如くヒラリヒラリと俺の追撃を躱し、狭い路地を何度も何度も左右に折れ曲がって姿を隠すのだった。
「クソ…なんなんだ…一体よぉ…」
目と鼻の先。一町の半分も無い位の感覚を常に保ちながら追いかけっことなった俺と女。俺が足を速めれば彼女も足を速め…追いついてきたと思えば路地を曲がって姿を眩ませ…俺が見失って少しした頃にその姿を表す。そういう風に…まるで俺を誘っているかのような立ち回りを見せる女を追いかけて、俺はどこまでやって来たのだろうか。
(はぁ…クソ。足が…久しぶりにキやがった)
ここは恐らく…夜になっても灯りに困らない帝都。進み方から察して、帝都の中枢辺りまでやって来た様な気がする。俺は棒の様になった足を気にしつつ、女の姿を目の中に捕えてその背中を追いかけ続ける。女は俺を待っているかのようにゆっくり歩き…やがて、女の行く先に大きな館が見えてきた。
(デケェもんだ…が、ここは…何処だ?)
暗さのせいで、ここがどこだかわからない。虚空記録帖を見ようにも、文字を読めるだけの灯りはない。気付けば草原の中にポツリと建っている館に誘いこまれていたらしい。俺は改めて気付いた夢中さと、見知らぬ土地へ来たことによる不安の両方を感じながら、女が館の門を通り抜け、中に姿を消していく姿を眺めていた。
(帝都なら…こんな草原があるはずもねぇが…どうなんだろうな)
巨大な玄関扉が開いて、そこに初瀬さんが吸い込まれ…扉が大きな音を立てて閉じていく。その様子を見て、館の前で立ち止まる俺。もしこの館が虚空記録に存在するのであれば、俺はこれ以上深入り出来ない。俺のせいで記録が犯されるなら、その罰は俺が受けるのだ。俺は背筋を薄ら寒くしながらも、これからどうするかを考え始めた。
(入るか…止めるか…止めるにしても、そもそもココが何処か知らねぇとな…)
月も出ておらず、星の無い夜。空は分厚い雲が覆いかぶさり、感じる風はヒヤリと冷たい。夏の夜とは思えない夜だ。俺は周囲を見回して灯りを求めたが、何度周囲を見回しても、そこには一面の草原と、車一台分の砂利道…館へ電力を供給している電柱が何本か見えるだけ。
(どうする…?)
薄ら寒い空気を感じる中。俺は館の門の前で考える。建って間もない位に新しい館…窓からは僅かに光が見えるが、それは布に遮られていた。その様子を見る限り、何かがあるのは館の中しか無いのだが…問題は俺が入って良いかどうかだ。普通であれば間違いなく駄目なのだが…何故か、この館からは虚無を感じる。虚空記録帖を持つ者のような浮いた空気を感じているせいで、俺は踏ん切りがつかなかった。
「……見逃してくれよ?」
暫し館の門の前で考え込み…覚悟を決めた俺は館の門を潜って敷地に入る。目指すは軒先…僅かにでも良いから文字が読めるだけの灯りが欲しい。久しぶりの隠密行動に体を緊張させながら、俺はなるべく足音を立てぬように館の外壁近くまで近づいた。
(どこか…無いか?)
巨大な玄関扉の右側から、右回りに館を回り始めた俺は、1階の窓から灯りが漏れている場所が無いか探り始める。暗がりの中…足元に敷き詰められた鳴り石の上を慎重に進んで探っていくと、館の裏手側に探し物の窓が見つかった。位置で言えば…玄関から真っすぐ行った先なのだろうか。兎に角、俺は灯りが見つかったことにホッとしつつ、慎重さを崩さずにその窓の下まで進んでいく。
(よぅし…)
ようやく文字が読める所までやってこれた。俺は胸を撫でおろしつつ、懐から虚空記録帖を取り出して、鉛筆で質問を記していく。
ここは何処?
最初の問いはこれだ。記録帖は俺の文字を飲み込むと、直ぐに答えを浮かび上がらせた。
東京府 有楽町
答えを見て、俺は目を点にする。どう考えても、帝都の中枢には見えないからだ。確かに、追いかけていた感覚には合致するのだが、周囲の光景がそれを否定する。有楽町であれば、もっと発展していておかしくない。俺は背中に嫌な汗を感じながら次の質問を書き記した。
俺の傍に建っている館は何か?
ぼんやりとした質問だが、こう聞く他ないだろう。文字はさっきと同じように飲み込まれ…すぐに答えが返ってくる。
その場所に館は存在しない 未整備の土地が広がるのみである
「は…?」
その答えは、すっとぼけた声を上げるには十分だ。俺は虚空記録帖から返って来た答えを見て、思わず声を上げてしまった。こんなに立派な館が虚空記録に記されていない…?俺はすぐさま周囲を見回し、そこに虚空人の気配が無い事を再確認する。
「……」
見渡す限り何も無い。感じる限り人気はない。俺は頬に汗を一筋流しながら、再び虚空記録帖に質問を投げかけた。
俺が今いる場所は、どういう場所だ?
東京府 有楽町 江戸時代より未整備の土地 現在は草原が広がるのみで何も存在しない
「そうきやがったかよ…」
質問の答えと現実が一致しない…俺はトンデモナイ重大事項を引き当ててしまった悪運の強さに呆れつつ、ゆっくりと虚空記録帖を懐に仕舞いなおすと、再び館の正面まで移動してから、腰に下げた刀に手を当てた。
「深追いはしたくねぇが…夢か現か確かめてみようじゃねぇか」
奮い立たせるように独り言を呟くと、深呼吸を一つしてから館の玄関扉…初瀬さんが消えていった扉に手をかける。隠密行動をする必要もないとなれば、正面突破あるのみだ。
「……」
見た目ほどしなやかに動かない扉を開けて、物音を立てながら館の中に入り込む俺。中は洋風で、入った先に誰かが待ち構えている事もなく、館の中はシンと静まり返っていた。
「さてと…何が出るか…試してみるか」
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