其の百二十七:夜霧の幻想
「他愛のねぇ仕事ってのも、チト、考えもんだな。人としてどうにかなっちまいそうだ」
俺はそんな独り言を呟きながら、目の前に居る女の首を刎ねて見せた。刹那、首は胴体から別れて床に崩れ落ち、胴体からは、脳に向かっていたであろう血が止めどなく噴水の様に吹き出てくる。平穏だった街角の光景を、一瞬のうちに血の世界に変えた俺は、女の凄惨な死にざまを見て喚き声を枯らした男共の方に目を向けた。
「だが、悪人を斬るとなりゃあ話は別よ。お前さん方、やりすぎちまったらしいな」
今は夏の昼下がり。ここは帝都の周囲にある村の一角。時代が明治に変わった直後に建てられたであろう洋風建築の家の一角。そこを根城にし、各地で強盗殺人を繰り返していた一味が今回の処置対象だ。俺は、その一味の紅一点だった汚い女の血で濡れた刀を3人の男達に向けると、既に動けなくなっている男達に向けて、これまた薄汚い笑みを浮かべてやる。
「別にな、俺は正義なんて解くつもりはねぇよ。この立場になってからはな。俺が動くのは、テメェ等カラクリ人形共が正しく動かなかった時だけだ」
そして、毎度おなじみになってしまった口上を述べる。別にこんなことはやらなくてもいいハズなのに、何故か癖になってしまったこの口上。俺にその癖をうつした女の気持ちなんざ長い間わからないままだったが…最近になってわかってきた気がする。
「虚空記録っつってな。世の人間は全員、何時生まれ、何時死ぬか…それが全部決まってんのよ。テメェ等は…その犯しちゃならねぇ記録を犯したんだ。だから、俺が出張ってきた」
要は、嬉しいのだろう。いや、楽しいのかもしれない。比良の国からコチラに出張って来れば、管理人の俺達と話が出来る人間はおらず、俺達は空気であることを求められる。そんな中で話が通じる者達と関わるという事は、何故だろう…これから殺すにも関わらず、それとなく高揚感というか、安心感を感じるものだ。
「な?記録を犯した者は、生かしては居られねぇんだ。この世を壊す前に、人知れず死ななけりゃならねぇ。だから、俺みてぇなのが現れて、テメェ等を斬ってるって訳だ。理不尽かもしれねぇが…」
そう言って血の付いた刀を振りかぶる。足を斬られて動けない男達は、涙と汗に塗れた顔をクシャクシャに歪めて、声にならない悲鳴を漏らした。
「しでかした事への言い訳は、俺じゃなくて閻魔にでもするんだな」
刀を3度振ると、男達の首がゴロリと床に転がり落ちる。俺は凄惨な光景と、むせ返る様な血の匂いを感じながら、刀を振るって血を振り払うと、納刀してすぐさまその場を後にした。
(一丁上りだな)
時代がどれだけ進もうとも変わらない管理人の仕事。俺は屋敷を出て路上に姿を表すと、すぐに比良への帰路につかず、その辺りをブラついてみる事にする。この辺りは羽田村…大した何かがあるわけでもないが、昔から栄えている漁師町で、近頃、近くに温泉も湧き出たと聞く。俺はそんな場末の門前町に溶け込み、時代の進みとやらを眺めはじめた。
(少し歩いて帝都のド真ん中…って訳にはいかねぇものな)
時折見える洋風の建物や、道行く人々の格好さえ違えば江戸の時と大差が無い様に見える景色。俺は見知った中にある違和感に目を躍らせながら、どういう部分が変わっているのか、どういう部分が変わっていないのかを改めて目に焼き付けていく。
(も少しすりゃ、空をも飛べるってなぁ…信じられんな)
虚空記録帖によれば、じき、この土地には飛行場なる施設が出来るらしい。あと30年も待てばいいか、それとももっと早かったかは忘れたが…なんにせよ、現状の長閑さを見やれば、人が空を飛ぶというのは俄に信じがたい光景だ。
「あん?」
村の光景を眺めながら、狭い道を歩いている最中。明らかに人の出す音と違う、機械の音を振り返ってみれば、土煙を上げながら何かが近づいてきて…一瞬のうちに俺の目の前を通り過ぎて行った。
「車ってヤツか。比良では見慣れてたが…危なっかしいぜ」
通り過ぎて行ったのは車だ。汽車とは違う機械。地面の上を自由に動ける駕籠とでも言えばいいだろうか?線路も要らずどこにでも行ける機械…この国ではまだまだ少ないそれが駆け抜けていった後。俺は砂埃に塗れながら、車の後ろ姿を眺めて暫し足を止める。
(じきにアレで町が埋め尽くされるって螢が言ってたっけ。その通りになりそうだ)
まだまだ実用出来るかどうかという辺り。車自体にも、町そのものにも無理がある様に思えるのだが、飛行機なるものが実用化されて空を飛べるようになるのだ。車も進化して使いやすくなるのだろう。
(俺が真面に生きていれば、そろそろくたばり時だが…なんか勿体ねぇな)
時代の移り変わりをじっと眺めて思いに耽て…一人、道の隅っこでニヤリと笑う俺。そうやって、比良に戻らず時間を潰していると、あっという間に日が傾き、周囲が暗くなり始めた。
「そういえば、さっきの時点で夕方か。随分と長げぇ日だと思ったが…」
空を見上げ、そこに先程までは無かった雲の姿を見止める。どうやら夜は曇るらしい。俺は溜息を一つ付くと、近場の出入り口の方へ体を向ける。そろそろ比良の国へ帰る頃だろう。
「……ん?」
そして、何気なく体を向けた狭い路地の向こう側。夜になり…徐々に周囲が霧の様なものに包まれ出した直後の頃合い。俺の目に見えたのは、幻想なのだろうか?
「あれは…」
路地の向こう側に見えたのは、白い髪を持つ女。その女は、路地の向こう側の道を横断していたらしく、一瞬にして姿が影に隠れてしまう。だが、その一瞬が俺の全てを持って行く…俺は驚きに目を剥いて、驚きに言葉も失って、足をも止めてしまい、初動が少し遅れてしまった。
「初瀬さん!?」
見えた人影。それは、記憶の片隅からこびり付いて離れない先人の姿。人違い、見まがう訳の無い目立つ姿を見てしまった…気付いてしまった俺は、声を発すると同時に駆け出し、路地の向こう側へ駆け抜けた。
「どういう風の吹き回しだよ…」
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