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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
陸章:盛者必衰の掟(下)
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其の百二十六:帝都の風塵

「そっか…もうテメェは江戸時代ってのを知らねぇのか。年は取りたくねぇなぁ…」


 時は1899年7月。ここは東京の片隅。俺はツマラネェ仕事の為に東京へ出張ってきて、虚空記録帖を犯した男を死に際へと追い詰めていた。


「ま、刀が相変わらず現役なのは僥倖なんだがな。鉄砲ってのはどうも好かねぇんだ。女々しくてしょうがないってものさ」


 男の都合などお構いなし。男の足を切って身動きを取れなくして…そのまま暫く独り言。帝都と呼ばれる東京の夜…江戸のソレと違ってそこそこ明るい夜の隅。洋風屋敷が立ち並ぶ通りの、一際大きな館の隅。そこで、足から血をドクドクと流して涙を流し、先程まで必死に命乞いを試みていた男は既に虫の息になっていて、俺はその男の顔をジッと見据えて目を細めた。


「まぁ、テメェに言っても仕方がネェか」


 一言。そう言って手にした刀を一振り。手に馴染んだ刀はヒュッと風を切り裂き、そのまま男の首に一筋の線を付けた。首の皮一枚残した、昔ながらの斬首。豪快に血が噴き出たが、その血は俺の体を汚す事無く辺りに飛び散り、辺り一面に鉄の匂いを充満させる。


「一丁上りっと」


 凄惨な暗殺現場を目にして、俺は刀の血を拭った。虚空記録帖を犯した運の無い男の処理はこれで終わりだ。後は何事もなく比良の国へと帰るだけ…都合数十年以上、ずっとやって来た他愛の無い仕事。俺はふーっと何の感情も籠っていない溜息を吐き出すと、電灯とやらで明るくなっている屋敷の廊下を歩き出した。


 1899年ともなれば、俺の常識で言えば有り得ない程に進歩してしまっているもので、今歩いている屋敷の廊下は厚い敷物が敷かれていて音も無く、廊下も外も、何処を見ても灯りが灯っている。夜だというのに、昔の比良の国の様な明るさだ。俺は屋敷の中を誰ともすれ違わずに歩き続け、堂々と屋敷の正門から外に出た。


「っと…」


 道は小綺麗に整備されていて、俺はその隅っこをトボトボと歩き出す。暗い夜は最早田舎の特権になってしまっていて、周囲の人々はこぞって洋装に身を包み最先端なのだと要らぬ虚栄心を誇示してやがる。俺はそんな街の中を、黒い袴姿で堂々と歩き、比良の国へ繋がる扉の場所までやって来た。


 そこは、江戸の頃から変わらぬ家。その家の扉に手をかけて、扉の奥へと入っていくと、俺の意識は一瞬掻き消えて…再び周囲の空気を感じる頃には比良の国へと戻っている。東京以上の明るさになった比良の国に戻ってきた俺は、煌びやかさと比較して異様に質素な家の方を振り返り、若干物思いに耽ると、そこから帰路につき始めた。


「おっと、八丁堀!お疲れ!」

「もう八丁堀はやめろっての。古さがバレるぜ」

「まぁまぁ、もう、ボクの中じゃ八丁堀で固まってるの!」


 帰路についてすぐ、俺の背後から声がかかり、見れば螢の姿が見えた。


「八丁堀も帰りは汽車?」

「あぁ、楽しようと思ってな。味わっちまったら逃れらんねぇだろ」

「だよねぇ…直ぐだもん。次の汽車は…あぁ、あと5分もすればくるかな」


 今の時代。帰路は汽車があるものだから、歩くと言っても比良の中心街を区切る門を出る位だ。その先に駅があり、そこから棲み処の方まで続く線路が敷かれ…定期運航されている汽車が通っている。俺も螢も駅の中に入り込むと、汽車を待つ人々の列に並んだ。


「血の匂い。相変わらず刀でやってるね」

「あぁ、というか俺にくる仕事がそういう頼みなもんでな」

「まだまだ侍崩れは需要があるのか」

「そういうこった。で、螢、お前も仕事帰りか」

「まぁね。そっちは簡単に済ませて…後は買い物さ」


 他愛の無い話。螢はそう言いながら、ニヤリと子供のような笑みを浮かべ、懐から物々しい拳銃を取り出して見せてくる。どうやらまた銃を持ち換えた様だ。この男、得物に拘りというものは無いらしい。


「なんだソレは」

「マウザー式自動拳銃?とか言ってたな。凄くない?10連発なんだよ?」

「10連発。どこに10発入るって…あぁ、前のソレか」

「そうそう。こう…こんな感じで10発詰め込むの」

「ほぉ、大したもんだ。だが、お子様にはデカくねぇのか?」

「ふっふっふ、八丁堀。この銃の弾はこの程度さ」

「この程度さって言われてもなぁ…前、その程度の弾で腕がやられたんだぜ」

「ハッハッハッ!そうだった!慣れて無きゃそうなるさ!ま、アレよりも全然だね!」


 螢が取り出した新式の拳銃を眺めて話を続ける俺達。近頃は物の移り変わりが凄く早く…仕事のたびに、何かかしらに驚く日々だ。


「俺でも扱えるようになりゃ、銃の1つ位は持つか…」

「早く持ちなよ!そのうち国産の銃だって出て来るさ!最初のうちは怖いけどね…」

「その手の類は外国製に限るよなぁ…国産じゃ怖くて使えねぇや」

「ねー、こういう立場で良かったよ」

「あぁ、今のお上はアレだものな。あんな連中に仕える羽目にならなくて良かったぜ」

「まぁ、心配しなくてもボク達は死んでるだろうけども…っと、そろそろ来るね」「あぁ、そうだな」


 やがて汽車の汽笛が聞こえてきて、俺達は話を中断する。汽車が俺達の前に止まり、扉が開くと、俺達は客車の中の空いてる席に腰かけた。


「さて、帰ったらどうすっか」

「まぁ、暫く何も無いだろうし飲みにいかない?」

「そうだな。そうすっか」

「もう昔みたいな失敗はしないでしょ?」

「やめろぃそんな昔の話を言いやがって」


 隣に座った螢と共にアホなやり取りをしつつ…そういう間に汽車がゆっくり動き始めた。ここから10分程度で俺達が降りる駅。俺達は暫しの休憩をしながら、窓の外の光景を横目に見ながら雑談に花を咲かせるのだった。


「そうそう、もう半年もすれば1900年だってさ。信じられないよね」

「あぁ、そもそもそういう言い方をするとは最近まで知らなかったがな。でも…なんか背筋が伸びるってもんだぜ。心機一転な気がするよな…」


お読み頂きありがとうございます!

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よろしくお願いします_(._.)_

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