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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
幕間:其の伍
123/150

其の百二十三:虚空記録の空白

「珍しいのぅ、お主が鶴松ではなくわっちを頼るとは」

「仕方ないじゃない。鶴ちゃん、暴走しやすいんだもの」


 お千代さんの行方を調べ始めて幾日が経ったある日の午前中。ボクは栄さんに頼んで、一緒に江戸へ出向いていた。


「で…江戸に連れてこられたワケじゃが…まだワケは話せぬのか」

「ん?あぁ、ごめん。そろそろ言わないとね。今日は視察だよ。大立ち回りなんかしないさ」


 ワケも話さず、とりあえず「江戸へ行こう」と言ったきり。比良の国…それも、栄さんが好き好んでいるような煌びやかな場所では話したくなかったのだ。周囲に要らぬ心配をかけてしまうから。


「知り合いにさ、お千代さんを見かけたってのがいてね」

「なんと!それを早く…言ってもしょうがないか」

「でしょ。ただ、それがちょっと変な話でねぇ…」


 江戸の中枢を歩きながら、ボクはこの間の話を栄さんにしてやった。


「なるほどな。じゃが、それで現地を見に行くというのも不思議なものじゃが…」

「何かが残ってるかもしれないでしょ?一通り虚空記録帖には目を通したさ、でも、現場の名残は記録帖じゃ出てこない」

「ふむ…しかしのぅ…空白か。虚空人はどうなるんじゃったか」

「虚空人なら、周囲の人間の記録が破られるね。軽微なのは修正されて、影響が大きいなら違反になるでしょ」

「あぁ、そうじゃったな」


 仕事の話をしながら歩く江戸。周囲に居るのは一般人ばかりで、ボク達はその中の小石だ。栄さんとの会話でボク自身も記憶の整理をしつつ、お千代さんの姿があったという府庁の辺りまでやって来た。


「で、千代が見つかったのはこの辺りだと」

「そうだね。元々は…どっかの藩の屋敷だったんだっけ?」

「らしいのぅ。それが、東京府の中枢になるとはなぁ…」

「江戸城じゃダメなんだっけ」

「アホぬかせ、あの城は陛下の屋敷になったじゃろうて」

「あぁ、そうだった」


 今までの時代と違い、身なりの良い者達が忙しく出入りしている府庁付近。侍の姿はまだまだあちこちに見えるものの、彼らは皆一様に暇そうで、その光景を見るだけで時代が大きく変わったのだと実感させられる。


 ボク達は人の通りを邪魔せぬよう、一旦通りの隅に身を寄せて、周囲の光景をジッと見回した。目的はお千代さんの痕跡…これだけの人通りがある中で着の身着のままな女の痕跡が残っているとも思えないが、それでも藁を掴むよりかは可能性があるはずだ。


「忙しそうじゃな」

「こういう時期が一番楽しいと思うけどね」

「活気づくからの。して、千代が居たというのは…具体的に何処の辺りじゃ?」

「んー、話だけなら、あの建物の脇かなぁ。それかあっちの建物とか」


 そう言って栄さんにお千代さんが立っていた場所を示してやる。1箇所だけではなく何か所も…こういう聞いた話は、何か所か可能性を作っておかねば、余計な勘違いをするというものさ。


「いずれにせよ、この近辺の建物脇か」

「そうそう。ジッと通りの流れを見つめてた気がするって。で、ソイツと目が合ったときにスッと姿を消したんだとか」

「管理人を察知したか?」

「じゃないかな。一応、コッチ側なら区別つくでしょ」

「あぁ、じゃが…姿を消したってことは見られたくないってことじゃろ?」

「うん…どういうワケかは、知らないけどね」


 ブツブツ会話しながら、お千代さんのいたであろう場所を巡るボク達。その場所を見て何になるのかと思ったが、あちらこちらの建物脇から通りを眺めてみると、何となくお千代さんの気持ちがわかった気がした。


「千代はこの光景を見ていたのか」

「通りに居るよりもくるね」


 人気の無い建物脇から見る、通りと府庁の光景。そこには武士が主役を張っていた頃の面影は無く、道行く人々の姿も、ほんのりと違う世界に居るような気持ちにさせられる。勿論、こんなに進んでいるのはこの近辺だけで、それこそ江戸を離れればまだまだ江戸時代が続いているのだろうが…


「お千代さん、振り返ってみれば戦だらけの時代の出だったっけか」

「そうじゃな。何処かの武家の娘じゃったか…」

「なるほどねぇ…」

「概ね、戦人の場が消えた事を病んでおるのじゃろうな」

「だろうね。これからは刀の時代でも無さそうだし」


 3か所目の館の脇でそう言うボク達。ここにも何の痕跡も見つからず、次の候補地へ移動すると、そこには見慣れた物が転がっていた。


「む?」


 4か所目の候補地。そこは、府庁の建物が僅かに見える屋敷の脇。そこで雨風に晒されて劣化していた品を拾い上げた栄さんは、目を丸くしてボクの方にその品を見せつけてくる。


「千代のじゃな…」


 建物脇の、小さな木々の隙間に隠されていた品。それは、お千代さんが身に着けていた脇差と苦無だった。


「……そうだね」


 栄さんにそれを見せられて、ボクも彼女と同じように目を点にする。これがココに落ちている今、お千代さんは完全に丸腰だ。ただの、浴衣を着た白髪の少女だ。ボクと栄さんは顔を見合わせた後、とりあえずその辺に散らばっていたお千代さんの痕跡を全て拾い集める。ここまでの品物が落ちていて、虚空記録帖の記録を犯さなかったことは奇跡と言って良いだろう。


「螢。これは…どういうことじゃろうな?」


 ひとしきり拾い集めた後、栄さんはお千代さんの脇差を手にしながら言った。それに対してボクは、神妙な…どこか苦い顔色を浮かべてこう、彼女に言い返す。


「まさか…お千代さん、虚空記録を書き換えようとしてるんじゃ…ないかな?」


お読み頂きありがとうございます!

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