其の百二十二:明治元年の怪人
「え?白髪の女を見かけただって?」
お千代さんが姿を眩ませてから数か月。ボク達は何の成果も挙げられず、お千代さんが完全に消えたものだと思って暮らしていた。どういうカラクリだかは知らないし想像も出来ないが…不老不死、死んでも死なない管理人を消え去ったという事にするという事は、未だにボクの中でも煮え切らない事だったが…足掻けど探せど手掛かりは無く、そうするしかなかったのだ。
「へぃ…初瀬様の様でしたが…余りに遠くで見かけたために確認できず…でして…」
そんな中でボクにきた、お千代さんを見たという報せ。何気なく立ち寄った西洋関連の銃を扱う銃砲店で、ボクの趣味仲間から知らされた一報は、どこか生気が抜けていたボクを生き返らせる。お千代さんを見たという彼は、ボクの様子の変わりようを見て苦笑いを浮かべると、それでも何処か真面目な顔になり、事細かにお千代さんを見かけた場所を教えてくれた。
「見かけたのは、東京府の中心です。えぇ、府庁って言って通じますかい?」
「あぁ、まぁ…江戸城の城下でしょ?何て地名に変わったかは…まだわからないけどもさ」
「そこに仕事で出向いたんですが…遠くに居たんです。間違いない」
聞けば随分曖昧な情報だ…だが、彼の様子を見る限り、間違いなくお千代さんを見たと言い切りたいらしい。
「間違いないって…随分と曖昧だけどもさ、お千代さんだっていう決め手はあるの?」
「背格好に顔です。一瞬見えましたが、あの容姿は見間違わないでしょうよ」
「そりゃ特徴的だけど…お千代さんのお母さんもあんなんだよ?」
「ですが、母親の方は大人でしょう?あれは間違いなく子供でしたぜ」
「…むぅ。白髪の子供なら間違いないけれど…記録帖は何て?」
「へぃ、記録帖に問いただしたのですが結果はボウズで…そんな女子はいないという結果でした」
「そうか…」
随分と込み入った立ち話となってしまった。ボクは眉を潜めて彼の話をどう扱うかを思案する。
「刀とかは背負ってませんでしたが…確か、それはコッチにあるんでしょう?」
「そうだけど」
「なら、あの姿は間違いないと思うんすよ。見まがう姿でもあるまいし」
「そうだよね。記録帖に感知されてないなら尚更か…」
尚もボクは頭を回し続けていたが、そもそも場が悪いので曖昧な答えを打ってその場から退散することにした。
「とりあえず頭に入れとくよ。ありがとう。それに…今回は良い出物も無いみたいだし…今日は素直に帰るとしようかな」
そう言って彼と別れて店を出たボクは、懐に手を伸ばして最近替えたばかりの得物を取り出して構えて見せる。試しに買った新型の拳銃。それよりも良いのがあれば…この先で起きるだろう面倒事に備えて、また替えたかったのだが、それはまぁ仕方がないというものだ。
「もう少し待てば良いのが手に入りそうだけどもね…その前にお千代さんが動き出しそうな気がしてならないんだな…」
ボソッと独り言を呟いて、手にした拳銃を懐に仕舞いこむ。時代が変わり、洋服に身を包み、更に身軽になったボクは、店を離れて帰路についた。
(様子を見に行っても良いけれど、それじゃ同じ末路になる気がするものね)
折角情報を得たのだから、直ぐに江戸へ出向いて確認しても良いが…それは嫌な予感がするから我慢だ。ボクは脳内でこれからどうしてくれようか…チマチマと考えを巡らせながら、比良の国の中心街を出て、家がある方の道に入っていく。
「おっと…そうだった。まぁ、また今度で良いか」
時代が変われば、この比良の国の様子も、少し変わってしまった。煌びやかな中心街はそのままに、街灯なるものが各地に生えてきて…比良の国から様々な集落に繋がる列車の線路も引かれた。いつの間に出来ていたかは知らないが、比良の国はこうして外の一歩先をゆく…
「らしくもないけどさ」
列車はボクの住む集落にも繋がっているのだから、歩かずに列車を使えば早いのだが…考え事をしていてつい過去に戻ってしまった。ボクはそれに対して嫌な種別の笑みを浮かべつつ、横を通り過ぎて行った新型列車の姿を見送る。今この瞬間、ボクは何故か過去に囚われてしまった様な気がした。
「お千代さんの気持ちはね、何となくわかる気がするな」
サラリと独り言。そこからは一言も発さずに、ボクは帰り道をトボトボ歩いていく。
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・
「ふぅ~」
時間にしてどれくらい経ったかは知らないが…空の色が変わる前に家に辿り着いた僕は、西洋モノの家具で埋もれた自室に入ると、ベッドの上にバタン!と倒れ込んだ。
「これからは、こういうものがイイってね。そうなるよなぁ…」
ベッドに倒れ込んで独り言。ボクはベッドの上で暫くウジウジして、それからベッドの上に胡坐を組むと、懐から得物の銃と、小型になった虚空記録帖を取り出した。
「時代が変われば記録帖の形も変わるのねーって。見る度に思うんだよね」
懐に納めやすくなった手帖。小さな鉛筆を挟んだその手帳を取り出したボクは、大した情報が得られないと知りつつも、手帳に今日知った情報を書き込み…何か知らないか?と虚空記録帖へ尋ねた。
「まぁ、答えは…無いだろうけどもさ」
大した情報が得られる訳がないとタカを括っていたボクの目は、思いもよらぬ反応によって大きく開かれる事になる。
「え?」
ボクの字を飲み込んだ虚空記録帖は、すぐさま答えを返してきたが…その答えは、どこか壊れたような文章で、ボクはその答えを見てゴクリと生唾を飲み込む羽目になった。
「……どういう事?」
どういえば良いのだろうか。虚空記録帖が返してきた答えは、目撃情報のあった場所にいたであろう誰かの虚空記録なのだが…その虚空記録が歯抜けになってる箇所が幾つかあるのだ。その前後は普通なのに…何かがポッカリと開いているかの如く歯抜けになっている。
「……」
ボクはその記録を眺めて呆然とすると、やがてフッと鼻を鳴らして脱力し、再びベッドへと倒れ込んだ。
「誰かは…いたらしいね。虚空記録帖に感知されない誰か…かぁ…厄介だなぁ…」
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