其の百二十一:急転直下の別れ
「なんじゃと!?千代が蒸発しただぁ!?」
比良の国に戻ったボク達は、急遽馴染みの店に集まる事になった。本来であれば打ち上げの楽しい酒盛りになるはずだった今夜の宴は、まさかの仕事に早変わり…それもこれも、これまでに起きたことのない…正に前代未聞な出来事が出来たのだから仕方がないだろう。
「あぁ!オレ達にも何が何だかわからねぇんだがよ!どこ探してもいねぇんだ!」
「…どこまで探したんじゃ?」
「浅草ひっくり返した位ぇよ!あの時間、お千代さんの足で行ける範疇は全部回った!」
馴染みの店に飛び交うボク達の声。その声は怒号にも似た声色で、周囲の客が「どうしたどうした」と顔を向けてくる。中には「初瀬鬼人が消えた!?」と事態を理解して顔を青ざめさせた者すら出て来てしまった。
「とりあえず落ち着いて!鶴ちゃんも栄さんも静かに!大事になったら不味いって!」
「これが落ち着いていられ…」
「ったく…」
鶴松共々、周囲がドッと騒めいた刹那。鶴松の喉元をボクが手にした銃の銃弾が突き抜けて行った。
「……螢」「ま、騒ぎすぎたな」「……」
一瞬のうちに静まり返る店の中。ボク達に注目していた者達はそそくさとボク達から目を逸らし、同じ席にいる栄さんや八丁堀の旦那、撃たれた鶴松は目を点にしてボクの方に目を向ける。
「兎に角、今はまだ、お千代さんが行方知らずなだけだよ。お千代さんが抜け殻になった訳でも無いし、虚空人になっちまった訳でもないんだ。変に騒いだら内輪揉めの火種になるんだ。だから、まずはボク達が落ち着かないとね」
硝煙越しに、久しぶりにドスを効かせた声で皆に言い含めるボク。ボクとて大騒ぎしたい位なのだが、今は騒いでいても仕方がないのは明白なのだ。お千代さんだから…とかいうのは後にして、今は事実だけをさらって行く他無いだろう。お千代さんなら、何かがあってもいつかひょっこり戻ってくる…と信じているが…そうじゃない時の事も考えておかねば、次に消えるはボク達なのかもしれないのだから。
「とにかく、まだ昨日の今日って話じゃない。ついさっき起きた出来事だ。だから騒ぐのはまだ早い。お千代さんが消えた事を受け止めて何があったかを理解する方が先だろう?酒を入れてヤケ酒をして喚くのは、お千代さんが見つかってからでも遅く無いよね」
妙な緊張感が漂い始めた店の中。神妙な顔つきになっているのはボク達だけではなく、偶然居合わせた見知った顔も同じような顔をしてボクの言葉を待っている。ボクは余計な仕事が増えたことに気を揉みながら、手にした銃を机の上に置いて、とりあえず、席にいる全員の顔をジロリと見回した。
「浅草の違反者達を消して回ってた時。最後に残った母娘の処理をお千代さんに任せてたら、お千代さんがいつになっても帰ってこなくて、見に行ったらお千代さんの刀だけが残っていて、お千代さんは何処にも居なかった。それが今、ボク達が知ってる事実だ。それは良いね?」
「お、おう…」「そうだな。刀は俺が持ってる」「そうらしいのぅ…」
まず最初にやることは事実確認。そしてその事実に至るワケ探しだ。
「刀には血がついていて、見つかった寺の離れの中には死体が2体あった。お千代さんは仕事を終わらせた後で行方を眩ませたって事だ」
「あぁ、普段であれば仕事をすませて直ぐに戻ってくるはずなんじゃが…」
「そうはならなかった…ってぇワケだな。オレ達が探しに出たら…」
「刀以外に初瀬さんの痕跡が残って無かった。探しても見つからなかった」
酒の席で、酒も飲まずに話し込む。ボク達は時折腹の足しになる様なモノを突きながら話を進めていく。
「思い返せば…お千代さん。最近、おかしかった所が幾つかあった気がするけど。ボク以外にもそれを感じていた人はいるかい?」
「あぁ、わっちもそれとなく思っておったわ」
「オレもだ」
「俺も。なんか隠してる感じはしたな」
話を進めて行けば、皆、最近のお千代さんがどこかおかしいと思っていたらしい。ボクたちは顔を見合わせて言葉を失うと、目配せをして順番を決め…最初はボクが感じた異常を話す事になった。
「隠してる事って訳じゃないけど、お千代さん、最近やたら江戸に出向いてたよね?それ絡みで、最近のお千代さんの行動を掘り返す価値はあると思うんだ」
「そうじゃな…江戸に出向いていたのは知っておったが、何かかしら思い悩んでいる様子もあったな。大した悩みでは無いと言っておったが…」
「いざこう消えられると大したことがあると思っちまうよなぁ」
「なら、全員気になってた事は同じか。俺も何か隠してねぇかって問いただした事があったなぁ…」
話してみれば、全員同じ事を気にしていたらしい。だが、ボク達の悲しい所というか…お千代さんには頭が上がらない面々らしく、追い込んだ話を出来た者は1人も居なかった。ボク達は一通り話し込むと、全員が一様に同じ種類の溜息をついて姿勢を崩していく。
「管理人の過去は記録帖に問いただせるんだっけか」
「出来るぜ。やるかどうかは別としてなぁ…」
「千代の過去もいいが…記録帖に千代の居場所は聞いたのじゃろ?」
「あぁ、俺の記録帖でな。出てこなかったが…」
「それで出てこなければ無駄なんじゃないのかのぅ?」
「まぁまぁ、栄さん。やるだけやってみるって話さ。お千代さんが帰ってこれるかどうかを確定できないとね」
そう言いながら、どことなく歯切れが悪くなっていくボク。そう、当然の対応というか…ボク達は浅草で記録帖に尋ねていたのだ。だが、記録帖の答えはそんな名前の管理人は存在しないだった。あぁ、もう、諦めて当然の答えが出て来てしまっているのだ。だが、ボク達はそれを信じきれず…こうして無駄な足掻きをしているわけで…
「まだ1日も経ってない。出来る事はやって…ね?少しでも…その…さ?わかるでしょ?」
皆、心の中では分かっているのだろう。お千代さんにはもう会えないと。だが、それを誤魔化すかの様に、皆ボクの言葉を聞いて、コクコクと頷くのだった。
「兎に角、お千代さんの行方探しに暫く浸ってようじゃないか。皆へどう話すかは…まだまだ先で良いんだ。記録帖が何かを言ってきたワケじゃないんだから…」
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