其の百十四:針の筵にて候
茶屋で公彦と暫し駄弁った後、ワタシは公彦について行かず帰路についた。
「何言ってやがるんだか…ワタシもよぉ~」
ワタシ以外に人影が見えない中、ポツリと独り言を呟く。公彦に言い含めた話は殆どがワタシにとって都合のいい話。本当の事も混ぜているのだが、その大半は口からのでまかせでワタシが罪から逃れるためのでまかせでしかないのだ。
(あの母娘の為とはいえ、なにやってるんだかなぁ…って思っちまうよな)
今回、ワタシがしでかした事は単純だ。母娘に憐れんで、虚空記録が変わるよう、周囲から影響を与えただけ。前々から薄々思っていた記録を変える方法を実施しただけなのだ。
だが、それは禁忌とされる所業。事実として、管理人が仕事を振られて、その中で意思を持って記録に介入してしまったとすれば…ソイツはたちまち抜け殻にされてしまう事だろう。であれば、今回、ワタシがやったこともソレに相当すると思われるだろうが…そこは虚空記録帖らしいとも、あるまじきともいえる事情が絡んでくる。
(これを公彦がやれば、間違いなく奴は抜け殻になるというものさ。変な所で義理硬いというか…人間らしいあやふやさがあるんだものな)
虚空記録帖は行動を監視して…その行動によって裁定を下す。虚空記録帖にとって良い行動をすれば褒められるというか…それなりに贅沢な暮しが出来るし、そうじゃなければ徐々に抜け殻と化していって使い潰す。
ワタシはどうなのか?と言えば、贅沢な暮しをしている身分だ。今でも管理人をやれている最古の管理人だ。どれだけ貢献してきたと思っている?と言えば驕り昂ぶりがあるだろうが、まぁ、そう言っても許されるだろうさ。
そんな人間が記録を犯した。それに対して虚空記録は何も言ってこない。ワタシを抜け殻にする気配も無いと来た。やったことは禁忌…どういうワケがあれど、自らの意思を持って人の記録が変わる様な行動を犯したのだ。金を撒いたり団子を差し向けたりしたのだ。なのにおとがめなし。こういう所に虚空記録あるまじき人間らしさが垣間見える。
「見逃されたってワケじゃねぇと思うんだがな…」
気付けば月夜に照らされる様になった帰り道。ワタシは脳内で考えを巡らせながら歩き続け…そしてボソッと独り言を呟いた。現状を見る限り、見逃されたのだ…ワタシは。なんだかんだ言っても、虚空記録帖は、ワタシの行動を知らないはずがない。ワタシの内面を知ってるかどうかなんて知らねぇが、行動くらいは知ってるはずだ。
「どうしてまだ生かされてるのかは…考えるしかねぇか…」
まさか、自らの罪を記録帖に書き込む訳にもいかないだろう。でも、虚空記録帖はワタシのしたことをしっかりと見ているのだ。虚空記録帖もそんな馬鹿じゃない。ワタシは背筋を薄ら寒くしながら早歩きになって帰路を急ぎ…真っ暗なわが家へと戻ってきた。
扉を開けて中に入り、自室に飛び込むと、そのまま畳の上にゴロリと寝転がる。扉を閉め切った今、静寂がワタシの周囲を包み込み…そんなワタシの頭の中では、何度も何度も最近の光景が繰り返し繰り返し流れてきた。
やったことは単純だ。虚空記録帖を書き換えた…それに対して虚空記録帖からは何も言われずお咎めが無く…本当に何も無かった様に日々が進行している。そんな状況。それが是なのであれば、ワタシは虚空記録をある程度自由に動かせてしまう事になるのだが…果たして本当にそうなのだろうか?
(生かされてる気がするぜ…畜生)
巡り巡るのは、罪悪感と焦燥感。何も無いってんなら、このまま何も無く普通に過ごしてやろうと思うのだが、こうも何も無いと変な勘繰りをしてしまう。
(イケねぇなぁ…なんだって手を出しちまったんだか。いや、良いんだけどもよ。もう…)
後悔の心も生まれては来たが、それは元より計算通りというものだ。やらねばわからないなら、やってみればいいのだから。その考えで生きてきたワタシだ。手を出して、出した先が地獄だったとしても…それもそうかと受け入れるしかないだろう?
「あー、畜生…」
ボソッと声が漏れ出ると、ワタシはころりと転がった。半日しか開けていない家…畳の上に変な埃は余りなく、ワタシの体はするすると畳の上を転がっていく。
「記録違反でも起きればなぁ…暇じゃ無くなれば振り切れるだろうか…」
部屋の隅までゴロゴロと転がって、部屋の壁に背を当てたワタシの呟きは、誰にも拾われる事なく暗闇の中に消えていった。ワタシがワタシであるのは、やはり仕事の時だけだろうか。ワタシが生きていると思うのは、刀を交わらせている時だけなのだろうか。そんなこと、考えたことも無かったが…兎に角、今のワタシは暇に殺されそうになってるのは間違いない。
「あー、もう…」
何度も何度も似た様な、どこか一部だけが違う考えが巡り巡っていて靄がかかっている現状。
(もし…このままお咎め無しだったってんなら…)
その現状は、ワタシの何かを確実に変えていく…
(ワタシは好き勝手世界を変えられちまうぜ?そりゃまぁ…使う手は限られてるから滅多な事は出来ねぇだろうがよ。でも…)
靄の中から出てきた考えは、本当にロクでもない…もっと事態を悪化させる考えだった。子供の様に幼稚で…でも、世界中の為政者達が喉から手を出しても欲しがるであろう発想。ワタシはポカンとした、呆けた顔で真っ暗な天井を眺めると、ポツリとこうつぶやいて…ゆっくりと目を閉じていった。
「もし、ワタシの考えが正しいなら……あぁ……そうなら……もう、ワタシは……」
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