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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
伍章:盛者必衰の掟(上)
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其の百十一:書き換えて候

 栄と共に飯を食った後。ワタシは再び江戸へ出向き、浅草近くの、人通りが多い通りまでやってきた。


(今日も今日とて何も無し…平和なのは良い事だがなぁ)


 通りの隅にある茶屋に立ち寄って団子を買い求め、軒先の椅子に腰かけてそれを食べながら人通りを眺めるワタシ。最近、時を開けずに江戸へ出向く事が多くなったが…当たり前の景色は直ぐに飽きてしまうものだ。相変わらずの人の流れ…何も起きない、何も変化の無い光景を見ながら、ワタシは死んだような目をしていた。


「さて…ちょっとかき混ぜてみっかぁ…?」


 変わり映えしない人通り。数百年前から殆ど変わらぬ人の姿…火事でちょこまかと変われど進化の無い風景を見て溜息をついたワタシは、懐から一分銀を取り出して適当な所に投げて見せる。


 ヒュッと投げて通りのど真ん中。

 ヒョイと投げてワタシの目の前。

 シュッと投げて通りの向こう側。


 今日のワタシは、この間よりも金持ちだ。と、いうのも…管理人稼業は金に困らないし、何よりも金を使う場面が余りない。だから、こうして金が有り余っているワケで…ワタシは何の感情も無く金を投げ捨て続けて、通りの一部を金の光でキラキラさせると、再び団子を手にして目の前の光景に目を向けた。


「おっ…今日はツイてるぜ」

「これは…おぉ…誰か落しやがったなぁ?」

「ん?…金だ!!」


 通りを行く人々の中に、チラホラと金の存在を見止めて足を止めた者達が現れだした。奴等は一分銀を見つけて拾い上げると、それを悪びれもせずに懐へ忍ばせ去っていく。これで、少しの間に、複数人の記録が書き換わった事だろう。


(一分銀程度で変わる記録…か)


 呆気ないほどにアッサリと書き換わる虚空記録。ワタシは懐から虚空記録帖と鉛筆を取り出して、今、金を持って行った連中の記録を表示させた。


「ほー…」


 結果を見てみれば、軽微な変化が出ている様だ。誰が金を拾うか分からなかったから…とりあえず何人かの記録は予め出して確認していたのだが、その内の数人の記録が、ワタシが確認した時と変わっている。


 冷や飯を食うはずだった男の晩飯が暖かい屋台飯に変わったり…みすぼらしい娘に簪を買ってやることにした女。道端の乞食に石代わりにして一分銀を幾つか投げつける小金持ち…まぁ、金の使い道は千差万別と言えるだろうが、兎に角、記録は元のそれから書き換わっていた。


 ワタシはその記録を眺めながら、団子を口に運んで口内を甘味で満たして次の事を考える。書き換える事には成功したが、ならば…これを上手く利用するにはどうすればいいだろうか。そこまでの事が出来ればこれっぽっちのことにも使い様が生まれてくる筈なのだが…


「……流石に無理かねぇ」


 団子を食って記録帖を眺めて、ボソッと呟いたワタシは、何気なく懐に手を入れて…指に当たった一両の金貨を取り出した。とりあえず、今できる事とすれば、どこぞの誰かに金を恵んでやる程度。それも、余りにわざとらしければその金は拾わず記録は改変されないと来たものだ。


「金で変わるってなぁ…当然だが。それ以外での変化が欲しいねぇ…」


 記録帖弄りに精を出してしまっているワタシ。自分でも、自分が何をしているかは重々承知しているはずなのに…何故だろう、これを止めようとは思わない。ワタシは脳を巡らせて考えを絞り出すと、ふと、ワタシが居る団子屋の店内に目を向けた。


「衣・食・住…人ってなぁ、これが無けりゃ生きてけねぇよな」


 ふと、思いついた考え。ワタシは手にした金貨を懐に仕舞うと、一分銀を幾つか取り出して、再び団子を買い求めた。


「ありがとよ」


 さっきは団子三本を買って自分で食ったものだが…今度は団子を10本買って外に出た。そしてそのまま軒先にとどまらず、ワタシは件の母娘が避難している寺の方まで歩いていく。


「やっぱ近ぇな」


 目的地の寺までは、歩いてそんなにかからなかった。寺に来てどうするか…?それはもう決まっている。寺の境内に入ったワタシは、団子をどうにかして、あの母娘に食わせようと画策しているのだ。


 寺の中に忍び込んだワタシは、箱に詰められた団子を抱えて寺を歩き回り、適当な皿を幾つか失敬して団子を皿の上に載せていく。そうして、団子が載った皿を寺の適当な所にそれらしく置いて、寺の天井裏に上がって様子を見る事にした。


「……」


 さて、どうなるか。皿を置いたのは、恐らく共用部屋だ。思いつきで動いているせいで虚空記録の確認等していないが…まぁ、あの団子に食いついた者の虚空記録は書き換わるだろう。


「ん?団子…?」


 天井裏に忍んで少し。子供の声が部屋から聞こえてきた。ワタシは天井の一部に開いた穴越しに部屋に目を向け…声を上げた子供が件の母娘の娘であることに気付いて口元をニヤつかせる。


「どうしてこんな所に…?それも…何本も…」


 彼女は空腹らしく、今にも団子に手を出しそうな状態で自らを律していた。客人用の団子とでも思っているのだろうか?それならばお好きにどうぞとでも書いておくべきだったか。ワタシは自らの行動を振り返りつつ、娘が団子に手を付ける様に祈って事態を見守る。


「でも…今日は誰も来ない日だって…朝…」


 娘は誰も来ない部屋で一人。悶々と考え込む…次第に団子との距離を詰めて行きながら思案し続けると、遂に団子の一本に手を伸ばした。その瞬間、ワタシの背筋はゾクッと冷えて虚空記録帖が書き換わった事を実感する。刹那、ワタシの頬に一筋の汗が流れ出て…少し慌てて懐の虚空記録帖を開いて見やれば、虚空記録帖は何の違反も出してこなかった。


(よーし…かかった!!)


 虚空記録帖を仕舞って…さっきのどことなく不安に満ちた顔から、子供らしい満足げな笑みを浮かべて団子を頬張る娘を見て、ワタシの頬は自然と緩んでくる。どうやら、この手も使える様だ。


(一杯食わせれば何かが変わるか…?それとも金か…考えてみる価値はあるなぁ…)


 ワタシは娘が団子を食い終わるまでを見届けると、脳裏で蠢き出した作戦を妄想しながら、そっと屋根裏を伝って寺の外を目指し始めた。とりあえず、今日はここまでだ。今は検証の時。あの母娘を助けられる目途がついたとなれば、後はどう展開させるかを考えねばならない。


「っとぉ…」


 ワタシは虚空記録帖に背を向けている現状を理解しながらも、どこかその離反に心地よさを感じていた。寺の外に出て、人のいない通りに降り立ったワタシは、再び寺の方を見返して、表情をニヤリと笑わせると、寺に踵を返して細い道をゆっくりと歩き出す。


「さーて、これからどうしてくれようかなぁ…?」


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