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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
伍章:盛者必衰の掟(上)
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其の百十:誤魔化して候

 明くる日の朝。ワタシはいつもの様に中心街へと出向いて風呂に入り、その後で朝飯を食べながら、通りの管理人の流れを呆けた顔を晒して眺めていた。


(眼は口ほどにモノを言いやがるぜ。全くヨ…)


 昨日、鶴松と共に飲み明かしたワケだが…その中で、ワタシの眼は泳いでしまっていたらしい。どれ程に綺麗事を言って見せても、そんな眼をしていたのなら説得力は皆無というものだ。まぁ、鶴松にはワタシが虚空記録を弄った事までは勘付かれていない様だが…今の江戸で何かが起きているとは思われてしまったに違いない。


(誤魔化すのが大変だねぇ…そうなっちまったら)


 どことなく他人事のように考えを巡らせながら、力の入らない顔をあちこちに動かして管理人の姿を眺めるワタシ。道を行く管理人達は、一時期の様に忙しさに顔が死んでいる者はおらず、そこそこの数の管理人が道を行き交い、そこに時折…数が激減した抜け殻が見える程度。よくよく思い返してみれば、比良の国も変わっているものだ。


「夢中管理人とやらは、そんなに良いのかねぇ…?」


 たるんでいたワタシの背後から女の声。ビクッと肩を鳴らして振り返ってみれば、栄がワタシの背後に立っていた。


「どうしたんじゃ千代?わっち如きに背後を許すとは、余程気が抜けておるぞ?」

「ん…あぁ、ちと考えこんじまっててな。大したことはねぇんだが」

「珍しい。千代がその様なら…じきに何かが起きそうなものよのぅ」

「アホ抜かせ。ワタシ程度がどうこうした所で何も変わらねぇよ」


 栄と2,3言葉を交わした所で、栄はワタシの前の席に陣取った。どうやら、彼女も風呂上がりの様だ。


「わっちに茶と飯を持ってきておくれ!」「はいよ~」


 ワタシがしたように朝飯の注文を付けた栄は、まだ僅かに赤い頬に手を当ててクルクルと手を回して頬を揉みほぐし、懐から手鏡と簡易的な化粧道具を取り出し自らの身なりを整え始める。これまでに何度も見てきて…最早見飽きた所作だったが、ワタシは何故か、栄のその行動をジッと眺めてしまっていた。


「効果あるのか?ソレ」


 そしてつい、栄に尋ね毎をしてしまう。栄は普段と違うワタシの問いかけに目を丸くして暫し固まったが、少し考え事をした様な素振りを見せた後に、ニヤリと何か悪いことを思いついたような笑みを浮かべて首を傾げた。


「なんじゃ、色気づいたのか?」

「んなわけあるかよ。何度も何度も見てきて…ふと、気になったのさ」

「気になっておる時点で千代の負けじゃな。千代もやってみると良いぞ?」

「なんだ。その化粧を真似しろってか?」

「違う違うその前じゃ。頬位揉んでみろ。千代の仏頂面も少しはマシになろうぞ?」

「凝り固まってるってか」

「あぁ、何かあったに違い無い顔をしてるな」


 冗談の分水嶺を的確についてくる栄。ワタシは苦笑いを浮かべながらも、栄のやっていたように頬を手で軽く揉みほぐして見せた。


「で、何があったんじゃ?」

「何もねぇよ。ただ…気の迷いというか…そうだな。ワタシの問題さ」

「ほぅ…」


 昨晩の鶴松といい、栄といい…どうしてこうもワタシの変化に敏感なのか。別に、ワタシが叫んだところで何も変わりはしないだろうに…と思ったが、それを彼らに言うのは最適解ではないだろう。ワタシは訝し気な目を向ける栄にジトっと湿った目線を返すと、ふーっと長い溜息をついた。


「鶴松にも言われたんだが…今のワタシ、目が泳いでねぇか?」

「泳いでおるのぅ。だからこそ、気になってしまうわけじゃが」

「だろうな…虚空記録に何かがあったとか、そう思ってねぇか?」

「思っておるの。今はお呼びでないとしても、何かがあるんじゃろうてのぅ…?」

「ねぇよ。何も」


 栄に確認を取って、思った通りの反応を得られて僅かにホッとして…ワタシは栄に向かってキッパリと告げる。今の所、虚空記録に異変は無い。異変も無ければ予兆も無い。虚空人に関するネタだって一切無いのだ。


「そうか。千代がそういうなら、そうしておこう」

「あぁ、そうしておいてくれ。ワタシの問題でな」

「誰しも人に言えぬ事があるからの。でも、珍しいではないか」

「まぁな。その辺は大っぴらにする性分なんだが…今回はチト、な…」

「ま、多少の物煩い等良くある話だ。わっちはこれ以上は詮索せぬぞ」

「そうしてくれると助かるよ」


 鶴松よりも物分かりの良い栄の事だ。その裏では多少の探りが入るのだろうが、虚空記録に関係が無いと分かれば手を引くに違いない。ワタシは栄の反応を見てホッと一息つくと、茶碗に残っていた白飯を書き込んで、残っていたお茶を全て喉奥に流し込んだ。


「…ぁあ~」

「行儀が悪いぞ千代。最新の虚空記録によれば、じきに南蛮渡来の料理が当たり前になるんじゃ。そういうものにはな、その仕草は似合わん」

「似合わねぇってもなぁ、ここは比良だぜ。アッチとはちげぇやい」

「全く。千代、これから先…中枢に忍び込むには、その手の所作も必須になりそうじゃぞ?」

「どしてよ?」

「国を治める者が変わるからじゃ。武士が消え、学のある者が徒党を組んで頂に立つ。そういう時代になるんじゃよ」

「ほぉ…退屈な時代になるんじゃないかね」


 話の流れで始まった未来の話。ワタシは顔を顰めてそう言ってみたが、栄はそんなワタシの顔を見てクスッと笑い、首を左右に振って見せた。


「そうでもないな。暫くの間は戦からは離れられんぞ」

「学のある連中が上にいるのにか?」

「あぁ、千代。どうやらな…学のある者こそ戦に恋焦がれるらしい。隣の芝生は青く見え…それをどうにかして手にしたいとなれば…奴等はまず刀を手に取りたがる様じゃ」

「ほぅ…ちと、後で追ってみるかねぇ」

「そうすると良い。千代のような脳筋が気に入る時代かは知らんが…中々楽しいぞ?少なくとも、今よりはずっとな」


 栄はそう言って、運ばれてきた料理を前に頬をニヤリと綻ばせると、ワタシを気遣う様な目線をこちらに向ける。


「何があるかは知らんが」


 彼女はそう前置きをすると、箸を手にして刺身を一切れ掴み…それをワタシに見せてきてこう言った。


「比良から…全てを眺められる良い御身分ではないか。時代が移ろおうとも、わっちは千代達と居れればそれでよいのじゃよ」


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