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大江戸虚空記録帖  作者: 朝倉春彦
伍章:盛者必衰の掟(上)
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其の百七:準備整えて候

 良からぬ考えを実証する為に用意したのは、適当な銭だった。それを手にしたワタシは、八丁堀付近の大きな通りまで出向いて道の隅に居座り、懐に仕舞っていた虚空記録帖を取り出す。


「こういうものも、そのうち当たり前になるんだろうよ」


 墨と筆が無ければ書けぬ筈なのだが、今のワタシはそれらを持っていない。だが、その代わりになるものは持っている。鉛筆なる物を取り出したワタシは、筆の様に柔らかくない筆先を虚空記録帖に滑らせて、今知りたい内容を虚空記録帖に書き込んで行った。


「お上の連中が使ってたモンのお流れらしいが…良いもんだな」


 初めて使った鉛筆の感触。昔から在るらしいが、一般的では無いものだった。硬い筆先による不思議な書き心地に感嘆の独り言を漏らしながら、虚空記録帖に飲み込まれていったワタシの文字を見送っていく。記録帖はワタシの書き込んだ文字に直ぐに反応して、答えを黒文字で返してきた。


(そうだよな。その程度だ…その程度しか書いてネェ)


 虚空記録帖に問い合わせたのは、ワタシが今いる通りをこれから通りかかってくる者の虚空記録だ。この通りを通った時の記録を一覧で出せ…と。そう問いかけてみれば、虚空記録帖の答えは大分簡潔なもので、皆の虚空記録は「○○頃、通りを通過」としか出てこなかった。


「思った通りだぜ」


 思った通りの答えにニヤリと口元を歪めるワタシ。そう、虚空記録は一から十まで記録を作っている様に思われがちなのだが、そうではないのだ。ある程度の遊びが用意されていて…今の様なただ道を通過するだけならば、その通過方法に何の指定もされない。走って通り抜けようが、躓こうが…それは虚空記録帖が知った事ではないのだ。


 この遊びを使って記録帖を弄る。思いついた方法は、余りにも呆気なくどうしてやらなかったのかと言われそうな方法だった。いや…正確に白状しよう。これは最初から脳裏にあった考えだ。これまで何度も、数多の管理人が指摘してきた記録帖の穴なのだ。そこに手を入れるのは言語道断…禁忌なのだと勝手に決めつけてきたのだが、今の私は、その禁忌を犯す事に何の抵抗も感じていない…


「…っと」


 通りに誰も居なくなった時。ワタシは懐から取り出した一両の金貨を道の真ん中に放り投げる。どんな時でも、一両というのは大した金額だろう…ワタシは道の真ん中に放り投げた一両をジッと眺めて、誰かが通りがかるのを待ち構えた。


「なんだぁ?…」


 少し経つと、1人の男が通り掛ってくる。その男は、道の真ん中にある金貨に気付いて近づいてきた。


「一両…馬鹿言っちゃイケねぇよ、ワザとらしいぜ。何かの罠にちげぇねぇや」


 男は一両を見下ろして少しだけ迷った様子を見せたが、やがてそう捨て台詞を吐いて去っていった。男が過ぎ去った後で虚空記録帖を見てみれば、内容に変化は見られない。違反もしておらず記録の通り動いたと、虚空記録帖が太鼓判を押したのだ。


「一両じゃ、確かにワザとらしいか」


 男が去った後。ワタシは道に放った一両を回収すると、数分の一分銀を道のあちこちに適当に散りばめていった。


「よーし、これなら拾う奴も出るだろ」


 再び道脇に下がって様子見…ワタシは一体何をしているのだろうか?と思ってしまったが、そんな邪念を振り払ってジッと人の通りを待つ。ワタシの考えが正しければ…あわよくば、あの母娘の行く末を変えられるかもしれないのだ。


(あんな貧乏人助けても何にもならねぇがなぁ…でも、貧乏人だからイイってもんだろ?)


 脳裏に蠢く矛盾した思考共を強引にねじ伏せて待ち続けると、道の向こう側から複数人の集団が現れた。どうやら次に通りがかるのは劇団に属する連中の様だ。


「お?これは…?……」「一分銀ですぜ!!!」

「あちこちにありますよ!!」「ほぉ…全部拾ってみろよ!!」

「スゲェ!!どこのアホか分からねぇが大量に落していきやがった!!」

「大量だ!!今夜は良い飯に有りつけそうだ!!江戸は初日からツイてやがるぜ!!」


 20人ほどの集団は、道に散らばった一分銀を見やるなり、ガッツくように一分銀を拾い始めた。空腹の犬に飯をやった時の様に、あっという間に一分銀は回収しつくされて…連中はどんちゃん騒ぎをしながら通りを過ぎていく。ワタシは苦笑いを浮かべながら連中の背中を見送ると、手にしていた虚空記録帖を開いて中身を確認した。


「……」


 結果は変わらず。あれだけ狂わせられた様に見えるのに、連中の虚空記録はピクリとも変わっていない。文字が赤くなっていないという事は、違反をしていないという事なのだ。唯一ワタシに落ち度があったとすれば…その先を予め確認しなかったこと位か。まぁ、まずは確認なのだから、連中の事はもう忘れるとしよう。


「次に通りかかるのは…コイツか」


 頭の中を切り替えて、次に通りかかる事になっている男の記録に目を向ける。その男は盗人で、この通りを過ぎたあと、近所の商家に白昼堂々押し入りを仕掛ける様な記録になっていた。


「コイツぁ、丁度良いや」


 その記録を見るなり私はニィっと笑みを浮かべて、先程も投げた一両の金貨を道の真ん中に放り込む。そしてササっと道脇に身を潜めて少し待つと、一人の男が姿を表した。


「……」


 身なりの汚い、雰囲気の悪い男。奴はトボトボと道を歩いてきて…道の真ん中にこれ見よがしに置かれた金貨を目にとめると、何気ない動きでそれを拾い上げて私の前を通り過ぎていく。


(つまらねぇ奴)


 大した反応も無く、取るものだけ取っていった男を見て脳裏で毒づいたワタシは、虚空記録帖を見て男の記録が変わったか?を確認し始めた。


「っと…も少し先か」


 薄い紙を捲って男の記録が書かれた箇所を開き、男の行く末がどうなったかを確かめる。


「!?」


 結果はどうだろうかと、男の記録をみた刹那。ワタシは目を剥いてポカンと口を開け…男が消えた方に目を向けて呆然と立ち尽くすことになった。思った通り…いや、それ以上の結果に、ワタシの体が僅かに震えている。


 ワタシは、ワタシの中の秩序が崩壊していく様な感覚に打ちひしがれながら、道の真ん中に仁王立ちしたまま、ポツリと、力なくこう呟いた。


「どうして、こんな不具合を放置してやがったんだ…?」


お読み頂きありがとうございます!

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