第9話 ヴァルテン・ヴァーレン
いよいよ緊迫の入街。
昨日は入れなかったからか、あるいは門番からの奇妙な視線のせいか、嬉し恥ずかしの通過となった。
ケンタロンの肉はなるべく小さく解体したものを風呂敷に詰め、肉屋にでも売ろうと思ってる。
なにがヤバいって金がない。
まぁ正直金なんてのは盗賊から奪えばいいんだろうが、もっと人らしく生きたいじゃない。
そんなわけで商いをしようということだが、驚いた。街の外から見ていた以上に活気のある場所だ。
建造物は多く、出店も多々あり人通りは言うまでもない。景観は中世ヨーロッパを彷彿とさせる作りで居心地もいい。
んで見つけた肉屋さん。
「へいらっしゃい、若い兄ちゃん。どしたんだい」
「へい店主、ちょいとみて欲しいものがあって」
おもむろに風呂敷を解く。当然ごろごろと肉がこぼれ出る。
「っんな、こりゃケンタロンの肉かい?」
「よくわかるね店主」
店主がどや顔でこっち視てくる。言うんじゃなかった。こっち見んな。
「あったぼうよぉ。何年肉と暮らしてると思ってる。おれぁね、肉と生涯添い遂げようって…」
「まぁそれはいいとして、これ。売れるかい」
店主が涙目でこっちを視てくる。こっち見んな。
「売れるのなんのってぇ。こいつは人気も人気の肉だかんね。仕入れた日にゃあ即日完売よ。質でも見てやろうかい」
「おぅたのむぜ」
いい街だ。店一つ一つに人の温もりを感じる。閑散という言葉の対義としか言いようがなく、それ以上は名状しがたいほどに、いい街だ。まぁまだ店一件目だけど。
「こ、こいつは随分新鮮なんだな。死んで半日と経ってねぇ。それになんだこの量は…質、量ともに申し分が無さすぎる……」
店主が冷や汗を出している。ね言ったでしょ、こいつ捕まえるのムズイって。
「で、どうなんだい。買ってくれるかい?」
店主がマジ顔でこっちを視てくる。こっち見んな。
「そいつは俺の台詞だ。売ってくれるかい」
なかなか良い商談になりそうだ。あとは値段。
「いいとも、でいくら出せる」
「金5でどうだ」
金5ってのは金貨五枚の意味。この世界で金貨一枚はいわゆる一万円。銀貨は千円、赤い銅貨は百円、茶色い銅貨は1~10円てとこ。
つまりは13500円っていうのは「金1、銀3,赤胴5」ってな具合で略称される。
肉の相場なんて知らないが当面生きるために金貨10枚は欲しい。
「だめだね、金10」
店主の顔がゆがむ。
「金6」
「だめ金10」
さらにゆがむ。
「金7」
「金10」
ゆがむゆがむ。
「金8...」
「金10」
店主が冷や汗をかいている。いや、泣いてるのか?
「金9.......」
「金10」
店主が口をかみしめてる。
「金9、銀5、赤ど...」
「金10」
「……金…10…」
店主がうつぶせで干からびてる。
「よく言った店主。あんたぁ男だ」
「」
店主に色がついて無い。ケンタロンの肉の方が鮮やかだ。
「いいじゃねえか店主、こんだけ肉がありゃあもとは取れるよ」
「そ、それもそうか…」
店主が色づいていく。
「よし兄ちゃん、あんがとよ。ほれ金貨10枚だ。もってけ泥棒」
「っへありがとよ。じゃあ店主またな」
僕は金貨十枚を袋に入れて店をあとにする。
「おうっ、また頼むぜ兄ちゃん。こんどは買ってけよぉー」
にしてもケンタロン七頭を素人が適当に捌いて金10かぁ。やけ食いしなきゃよかったかなぁ。
ところでなんだが、この世界にはギルドなんてものはないらしい。だから商人だったり冒険者なんてのは当人たちが結束して自治体的に頑張っているみたいだ。助け合いの精神…かっこいい。
とはいえ冒険者なんてのは実績命ですから、ある意味ファンクラブ的な団体がその援助を行っているみたいなんですねこれが。
その名も旅人宴。そこに狩った魔物からとれた素材を持って行ったり討伐の事実を証明して知らしめたり。
まぁ結局はギルドじみてる。
金1かけて服を一式買い替え、僕は大浴場に行った。
浴場...といっても風呂があるわけではなく、いわゆるシャワーヘッドのようなものが多数取り付けられた体を洗うためだけのような場所で、正直疲れがとれることはないが、せめてシャワーくらいは浴びないと。
当然男女で分かれてるわけだけど、この世界の人たちってみんなガタイいいのかな。筋肉質の人が多いような…
そのあと出店でハンバーガーみたいな何かを食べて、ぶらぶらと観光していた。
居心地のいい街には違いないのだが、僕としては長居する理由も無いし、今日はめいっぱい羽を伸ばして、明日には出発しようという魂胆だ。
だから次目指す街を調べるべくこれから情報収集なのね。
というわけでやってきました旅人宴。聞くに街に一つはある施設なんだとか。ほんとに冒険者のための場所のようで、受付、依頼用紙、近況掲示板、食事処に冒険者のカッコイイ絵。さっきもいったがファンが運営する団体故にその場所その場所で様は異なる。
要はそこの店長的な人が好きな冒険者やその種類、あるいはグループの絵やサイン、グッズまでおいていたりする。よもや芸能人やアイドルの扱いだ。以上本の知識でした。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさいませ?」
受付に着くや否や受付の金茶髪のお姉さんに妙なことを言われた。店間違えたかな。
「お兄さん初めての方ですか?」
コクリッ
「旅人宴では冒険者様の生還を喜びこのような挨拶をするのです」
良かった間違えてなかった。
「では冒険者として登録していただきたいのですが」
「かしこまりました。では本名と通名をこちらにご記入ください」
「通名…?」
いわゆる芸名的な?
「はい、世に出るお名前ですので本名の開示を是としない方もいらっしゃるのです。それにその方がかっこよかったりしますし。あ、当然通名を本名とされても構いませんよ。一定以上過激な単語が含まれない限り任意のお名前で大丈夫です」
「これはこれはご丁寧に」
「いえいえ」
なるほど通名か。確かにカッコイイのつけたいよな。とくれば…
「ではこれで」
「はい。えぇっと……!いいお名前です‼」
さっきからいちいち言動がかわいいなこのお姉さん。
「ではこちらが登録完了の証でございます」
お姉さんはベルのような柄の入った金色のペンダントを差し出した。
「以後こちらを成果報告の際にご提示いただきますと魔法で通名が表示され身分証として使用できますので無くされませんように」
「りょです」
「成績は各地の旅人宴に共有され、秀でたものは掲示されますので次第にファンも増えてまいりますよ。頑張ってください!」
この物語は、この男の、物語。
名を《ヴァルテン・ヴァーレン》