第17話 SHINPU IS THE BEST
店長へのとどめの一撃が偉い神父によるものだったため、「まぁ多分成仏しただろう」ということになり、葬儀は執り行われなかった。
追悼は三分間行われた。
それはそうとこの神父の話を聞くしかあるまいて。
「で爺さん、魔獣が出たってのはまじなんだな?」
「大マジ」
この爺さん力だけは確かだろうからそれは事実なんだろうが、そうとなればそいつに関する情報だけだな。
「して小僧」
「なんだ爺さん」
妙に神妙というか、意味深に爺さんが問いかけてくる。
「おぬしがこの話を知っているということは、つまりお前が the chosen one なんじゃな」
「多分、それで呼ばれたし」
「ほぅ」
含みのある返答はどこか先刻までのテンションとは異なっている。
そして、おもむろに爺さんは脱ぎ始めた。
「じゃあ少し試させてもらおうかの」
そう言って首をボキボキ鳴らすその身体は、歳を感じさせない見事なまでの筋肉による肉体美であり、これを神父というには些か無理があった。
「Come on」
仕方ないやってやろう。どうせこの部屋は爺さんが壊したからもういいだろ。
一瞬の静寂、その後瞬く間に爺さんに殴り掛かる。
連打 殴打
延々に拳を爺さんの上半身に叩き込み続ける。
多少老いているからと手心を加えていたが、殴っていてわかる。
―こいつ反撃する気がない―
完全に防御に徹底している。眼をつむり、僕の一撃一撃を噛みしめるようにすべて受け入れている。
約一分間。三百発近く殴り続けたが、やはり効いていないのか。
いやそれはそうだ、向こうは魔法が使える上に防御に全振りしてるから痛みを感じこそすれ倒れることはない。
これでは僕の…僕を見出した店長の名が廃る…‼‼
―万象途絶―
相手の魔力が僕の管轄でない以上、それを除去することはできないが《《循環》》を止めることはできる。
それすなわち、魔法の進行は止まるっ!
再び連打 殴打
一分間、何か技を放つでもなく、ただただ殴り続けた。
それが上半身服を脱いで裸になった爺さんへの敬意だ。
「ラスト、いっっぱぁつ‼」
おもいっ切りふるった拳は一分の経過とともに爺さんの胸元を捉えた。
流石の爺さんもこれでは
「……298発」
「?」
「小僧は先に一分間で298発わしに拳をふるった」
なっ、こいつまさか…
「そして今それとほぼ同等の打撃を一度に味わった。だがしかし、現在時刻は11時 just」
「………」
「推測するに小僧、貴様は…」
ふと爺さんが僕の真横にふわりと現れ、僕にだけ聞こえるように耳に囁く。
「一分間、時を止められるな?」
「…………!」
「HO HO HO 少し二人で話そうかの」
「おぅ」
そして爺さんがぶち壊した部屋は教会の人に頼んで爺さんの自腹で修繕用の大工が雇われた。クヒィはその仕事の手伝いにあたらせた。
受付の女性は先の攻防で失神してしまった。
僕はというと、教会のなんかすごい綺麗なところに通された。
白を基調……というかほぼ真っ白の壁に趣味の悪い金ぴかの装飾品がセンス悪く配置されている。
「いやはや、流石にこたえたわぃ」
「どうだか」
「マジマジ、もんの凄い痛かったんじゃからな!?容赦なく殴りよって、防御に徹して魔法で身体を修復しながらでなければわしもとっくにhavenじゃよ」
人目を避けたということは、僕の力について聞きたいんだろうな。
「んで、爺さん気づいてんだろ」
「まぁ、もともとわしには《《視る眼》》があるからの。なぁんとなくわかってはおったんじゃが…」
「じゃが?」
んーと悩んで爺さんは続ける。
「いや、たいていは一回視ればどれくらい強くて、何に秀でていて、何ができるかなんてこたぁすぐわかるが、お前さんのはいまいちピンとこんくての」
「だから殴られて解析した、と」
「That's right」
いやはや、見破られたのは初めて…というかこの能力を他人に知られたことすら初めてだ。
「時に小僧、おぬしこれは魔法ではないのか?」
「よくわかんね」
「だよなぁ」
この能力のことは使い方以外何もわかっていない。わかりようがない。
「お前さんがこれまで隠してきたんならわしも他言はせん。じゃがこの力なら魔獣も敵ではない」
「じゃあ詳細を教えてもらえるんで?」
「Yeah」
そうして爺さんは語り始めた。魔獣にまつわる伝承、文献の数々の話。そしてそれに伴い爺さんが確証を持った《《事実》》について。
「魔獣は現在4体存在している。それ以上いるかもしれんがわかりかねる。確定で4はおる」
「おぅ」
「その4体は一点に集まらずそれぞれ離れた場所におっての。場所にして大体、大体じゃが東西南北に分かれておる。東から孔雀、熊猫、鯨、そして子守熊じゃ。各々なかなか厄介な力をもっているようでの、中でも北の子守熊は相当な強さじゃ」
「それぞれ解説してくれ」
「孔雀は常に踊っている少し変わったやつでの。それに魅せられると混乱してしまうらしい」
めんどそう。なんか対策をかんがえないとな。
「熊猫はこの4体の中で一番弱い。じゃが図体がでかいわりに逃げ足だけは早い。そしてこの4体で唯一、言語による意思疎通ができない」
「え、他は喋れるのか?」
「当り前じゃろ、奴らからすれば言語を駆使して会話をするなんぞ造作もないことじゃ。なんじゃが熊猫はなぜか話せん。独特の会話法を用いているようで、それを話せるやつもおるから通訳を連れて行った方がいいかもしれん」
個体によって全然個性がちがうのか。とくにこいつは普通に戦うんじゃぁなにしてくるかわからない。
「鯨はうってかわって言語能力に長けていてのぉ。言葉巧みに言いくるめられたり洗脳されたりするから注意が必要じゃ。どんな意図があるかわからんからの、少しでも足元を見られればその豊富な語彙力と圧倒的な論理で精神的にやられてしまう」
意外とこいつが一番厄介かもなぁ。こういう戦うだけじゃダメな奴って難しい。
「そして子守熊じゃが、こいつは純粋にとてつもなく強い。基礎的な体術や魔力しか使わんみたいじゃが、その使い方を工夫して、敵を例外なくなぎ倒していくらしい。じゃが意外と小柄らしいぞ」
こういうやつが一番楽しい。純粋の強さというのは僕の目指すところに近い。
「わかった。で、今回村を壊滅させたってのはどいつなんだ」
「熊猫じゃ」
「じゃぁ熊猫をぶち殺せばいいんだな」
いや、と爺さんが止める。
「今回、熊猫は孔雀の踊りで混乱していたみたいでの。じゃからまたこのようなことが起こらんように孔雀から殺してくれ」
「りょ」
孔雀ってことは東に行けばいいんだな。
「悪いのぉ、何分時間がないもんでの。明日にでも出発してくれ。大まかな地図はまた渡す」
こういったあたりこの爺さんは真面目なんだな。やはり神父というのはそれだけの威厳があるからこそ……
「おい爺さんなんで着替えてんだ」
「なにってこれから合コンに行くからじゃよ」
威厳がこわれる音がした。
「そ、そうか。爺さんも大変なんだな…がんばれよ……」
「Yeah!《《神父》》が《《新婦》》を見つけに行くってな‼‼」
そう言って爺さんダメージジーンズと真っ黒の革ジャンを着て、手首に銀のブレスレットをはめながら教会から意気揚々と出て行った。
「……帰ろ」
上に立つのも楽じゃないんだと知った。




