『どこでもゲート』はありえない! 〜経理部主任のツッコミ手記〜
主人公は、新型ウイルスでダウンした上司たちの代わりに、会社の重要な会議に出席することになるのだが……
時刻は午後二時。これから幹部会議がはじまろうとしている。
楕円形のテーブルの半分に会社の役員、その役員と向かい合うような形で、各部署の主要メンバーが集められている。
常任十名による、新製品開発報告会である。会社の将来を占う、大変重要な会議と聞いている。
わたしは今回初めて、その会議に出席する。経理部責任者として代役を任されてしまった。折悪しく部長、次長、課長、係長が新型ウイルスで倒れ、あろうことか主任のわたしにお鉢がまわってきた。
少しドキドキしながら会議室に入ると、あからさまになにしに来たんだという視線を向けられた。入社まもない小娘のわたしは、お茶汲みと勘違いされたのかもしれない。
それでも毅然と自己紹介を済ませ、席についた。若輩らしからぬ、風格ある挙措を心掛けた。わたしが選ばれたのも、その度胸を買われたからだ。弁論部出身も役に立っているかもしれない。
はったりを決めてるわたしを除き、集められた責任者は皆、会社の頭脳といわれている。なんと言っても我が社の躍進は、彼らの働きいかんにかかっている。
厳粛な雰囲気のまま会議ははじまった。
「では、発表します」そういったのは、第一研究開発部のチーフ責任者だ。
「我々が提案するのは、『どこでも通用口』です。この通用口を南極と繋げて使えば、夏場の暑い時期に冷たい空気を取り込むことができます。これはクーラーに変わる画期的な製品になるでしょう」
わたしは唖然とし一瞬硬直してしまった。なんの冗談かと思った。
要するにそれは未来の秘密道具で有名な、ドアのアレでしょ。
なにより南極に繋げるってどんなからくりよ。
マンガやアニメの世界じゃあるまいし、そんなことできるわけないじゃない。
失笑しかけ、笑いをこらえるのに必死だった。真面目な顔で言うところもツボにはまってしまった。
「日本の夏に対して南極はちょうど冬です。従いまして、平均気温が零度を上回ることはなく『どこでも通用口』の通用口を開けっ放しにしておけば、効果的にお部屋を冷やせます。暑ければ全開、ちょっと冷え過ぎたと思ったらドアを半開きにしたらいいでしょう」
もうドアって言ってるじゃないの。
「するとそれは冷蔵庫の扉を開けるような、そんなイメージでいいのかな」
「はい。そうです」
「うん。ヒット商品になるかもしれん」
えっ?! ──社長?!
「僕の学生時代は部屋にクーラーなんてなかった。暑くてたまらず、よく冷蔵庫に頭を突っ込んでいたなあ」
そんなのいいから、南極は絶対に変でしょ。
「通用口というのは聞き心地がよくないな。なんだか芋臭い。それならゲートの方がよくないか」
「なるほど。『どこでもゲート』か。うんうん洗練されてる。そっちのがいいね」
専務と常務も、この与太話に平然と乗っかっている。
「今確認したところ、『どこでもゲート』はまだ商標登録されていません」
隣りに座る企業法務部の責任者がいった。彼はラップトップを持ち込んでいる。
いったいみんななにを言ってるの。どうかしてるわ。話がトントン拍子じゃない。
「待ってください。これには重大な欠陥があります」
そういって立ち上がったのは、第二研究開発部のチーフだ。会社の両輪を担う第一と第二はライバル関係にあり、互いに互いを反目し合っている。やっとまともな意見が聞けそうだ。
「南極に繋げるというのは無理があるでしょう」
うんうん。その通り。
第一と第二のチーフはバチバチだ。雰囲気悪く睨み合っている。
「通用口だか、ゲートだか知りませんけど、もしもそこからシロクマが入ってきたらどうするんですか!」
わたしはまた一気に力が抜けてしまった。肩を落とし、虚脱状態のわたしとは対照的に、重役三人は見解を述べた。
「それはいかん! 大問題だよ」
「シロクマは危険な猛獣だ。家庭に持ち込むわけにはいかないぞ」
「製造部技術者の意見を聞きましょう。対策はありませんか」
製造部チーフはいった。
「それなら侵入防止の鉄格子が要りますね。素材や強度を工夫すれば、難なくクリアできるでしょう」
だからもっと別にクリアできない問題があるじゃない! 悪ふざけにも程がある。もうこれ以上聞いていられない。良心と義務感がふつふつと込み上げ、発言しようと手を挙げようとした時だ。会長の物々しい咳払いが飛んだ。
会長は老齢で足腰が弱り、車椅子で出席している。一見、置物のようにみえても、まごうことなき会社の重鎮だ。
「やれやれ君たちは揃いも揃って。いったいなにを話しているのかね」
会長は啖呵を切った。心なしか顔は紅潮し鼻息も荒い。どうやら本気で怒らせてしまったようだ。そりゃそうよ。どこでもゲートなんてまともじゃない。いい大人がきいてあきれる。
トップの鶴の一声に、全員が萎縮してしまった。それでもわたしは心安く、どこか頼もしく感じていた。就職活動の際には、他社には目もくれず、苦労して内定を勝ち取った会社である。憧れとやりがいを感じ、わたしの輝かしい未来は、この会社と共にあるといっても過言ではない。
会議室の空気は以前ピーンと張り詰めたままだ。皆気を引き締めている。やはり会長の存在感は別格だ。わたしは信頼を寄せ、お叱りの言葉を待った。
「いいかね、君たち──」
会長は声を高くし言った。
「南極にシロクマはおらん!」
わたしは両手で頭をかかえた。
転職した方がいいかもしれない。真剣にそう考えていた。