閉じ込められるも多少の縁
いつもお読みいただきありがとうございます!
思いついてしまった短編です!
続きが気になるぜという方は評価で応援していただけると嬉しいです!
ステラ・カーマインは今日も倉庫でランチボックスを広げていた。
学園でいじめられているわけではない。ただ、彼女は一人でいるのが好きなのだ。
つまり、ぼっち大好き。
教室で一人で食べてもいいのだが、その場合もれなく「あら、お一人なの? 一緒に食べませんこと?」なんてお節介極まりない令嬢が二人くらい登場する。
しかもこの令嬢たち、断ると、断ったこちらが悪いみたいな対応をしてくるから質が悪い。
なぜ彼女たちのお節介に付き合ってあげなければいけないのか。一人で食べることの何がいけないのか。
面倒なのでランチボックスを持って一人になれる場所を探していると、たどり着いたのがこの倉庫だ。
貴族が通う学園だけあって倉庫も綺麗に保たれている。
最初は倉庫でランチを食べているところを教師に見つかりいじめの心配をされたが、最近では「少し掃除してくれるなら使っていいわよ」と倉庫係に任命され鍵までもらうことに成功した。
倉庫と言っても窓があり、光が入ってくるので真っ暗ということはない。ステラは倉庫内で見つけたイスと小さなテーブルを綺麗にして一人ランチを毎日楽しんでいた。
鍵をくれた女教師もこのテーブルとイスを使って休憩しているそうなので、ウィンウィンの関係だろう。
「ここに閉じ込めようぜ」
「ここって……たまに教師来るだろ?」
「誰も来ないとこに長い時間閉じ込めとくのもまずいだろ。このくらいなら誰か気付くし、嫌がらせにちょうどいいだろ」
「お前の婚約者、こいつに惚れてるもんな~」
「うるせぇな。こいつモテるんだよ。お前の気になってる子だってこいつのこと目で追ってんだから」
なぜか入り口がうるさくなってきた。いつも遠くで喧騒が聞こえるだけなのに。
ステラのいる場所は物陰になっているので慌てて隠れる必要はないが、うるさいのは気になる。
食後に読んでいた本をテーブルに置いて、ステラはこっそり様子をうかがった。
一人の男子生徒を三人で運んできたようだ。運ばれている男子生徒は意識がないのかダランとしている。
「ったく。ついてないな。ちょっと取り囲んで文句言おうと思っただけなのに倒れるなんて」
「医務室運んだ方がいいんじゃないか?」
「それじゃあ、いじめたと思われるだろ。こいつはここに勝手に倒れてたんだよ」
きな臭い会話である。
ドサッ、バタン、ゴゴゴゴという音がして足音は遠ざかっていった。最後の音はなんだ?
ステラはやっとコソコソするのをやめて立ち上がった。
入り口近くに男子生徒が寝かされている。
目を細めて観察したが、胸は上下しているので死んではいないようだ。
ステラはそっと近くにあった長めの棒を手に取る。釣り竿並みの細く長い棒が何のためにここにあるのか分からないが、倉庫とはそういうものが置いてある場所である。
ツンツンツンツン
ステラは器用に棒を持つと、これまた器用に離れた場所から男子生徒のくびれあたりをつつく。バシバシ叩いてもいいのだが、制服の袖口のラインを見る限り、彼はステラの上級生だ。後々面倒なことになったら困るので、叩くのはやめておいた。
「ん……」
しばらくつついて手が疲れてきたところで、男子生徒が声を上げる。
「ん……え?」
がばっと男子生徒が起き上がる。
キョロキョロあたりを見回して、棒を持ったステラとパチッと目が合った。
「あ……」
「気付きましたか?」
「え、あ、うん」
男子生徒の目は珍しい暗めのオレンジガーネットの色をしている。ステラを見て一瞬身構えているが、残念ながらステラは棒でつついただけでいじめてはいない。
「三人の男子生徒があなたをここに運んできました」
「三人……? あぁ、もしかして」
良かった。ステラが犯人にされたら困るところだった。
倉庫の扉が閉まっていたので、ステラは近付いて開くか確認する。
扉はガタガタ音を立てるだけで、開かない。あの三人が何か外に物を置いて開かなくしたのだろう。カギはステラと教師が持っているのだから。
「どうやら閉じ込められたようです」
「え!?」
大きな目がさらに開かれる。
さっきの三人のうちの誰かも言っていたがこの男はモテるらしい。納得だ。
どちらかといえば中性的な美しさだが、オレンジガーネットの目と黒髪がよりその美しさを際立たせる。
「仕方ありませんね。ところでめまいなどはありませんか? 立ち上がれます?」
「あ、あぁ」
さっきまで上級生の割に子供っぽい言葉遣いだったが、今はやっと状況が飲み込めたのかキリっとした顔をしている。
「立ち上がれましたね。めまいなどもなさそうですか。外傷もないようですし。よし。では、そこに踏み台になってください」
「は?」
「あの窓から私が出て扉の前の障害物を避けて外から扉を開けますので、踏み台になってください」
「……あのイスを使えばいいのではないか?」
「あ、それもそうですね。でも、お気に入りのイスなので土足で上がりたくなくって」
気まずい沈黙。しまった、うっかり本音が出てしまった。
仕方なく、視線を感じながらイスを運んできて足をかける。
「俺がいこう」
「あー、いえ大丈夫です。さっきまで倒れてた人だと不安ですし」
「踏み台にしようとしてたじゃないか。俺だって君が外に出てそのまま教室に戻ったら閉じ込められたままだから不安だ」
「いや、窓から出ればいいだけでしょう。ランチボックスと本を置いたままなので戻ってきますよ」
さっきまで読んでいた本で、護衛騎士を踏み台にして壁を登るお姫様が出てきたからちょっと影響を受けただけだ。
「あ、目瞑っててください」
「なぜ?」
「パンツ見えるんで」
恥ずかしいことを言っているのはステラなのに、彼は顔を赤くした。むしろそんな初心な反応をされると、ステラが恥ずかしくなる。ニヤニヤされるよりマシではあるが。
目を瞑ったのを確認すると、ステラはイスに上がって窓から身を乗り出して外に出た。
ジャンプして地面に下り立つと、目の前に驚いて固まっている黒猫がいた。黒猫を無視して扉の前まで行くと倉庫の中から移動させたのだろう木箱が置かれている。
ズリズリと箱を移動させて、扉を開けた。彼は律儀に目を瞑ったまま待っていた。
「お待たせしました。この木箱戻すの手伝ってもらっていいですか?」
「君って倒れたことを心配した割に容赦ないな」
「重いんですよ」
倉庫の中に木箱を戻すとそろそろ教室に戻らないといけない時間だった。
ステラはそそくさとランチボックスと本を回収する。
「では、医務室でもなんでも行ってください。もう閉じ込められないでくださいね」
「俺だって好きで閉じこめられたわけじゃないが……その、ありがとう」
「はい、どういたしまして」
ステラは颯爽と踵を返す。
「え、名前くらい……」
男子生徒は呆然と呟いたが、ステラが振り返ることはなかった。
そんな男子生徒の元に黒猫がミャアとやってくる。
ポンッ
音を立てて黒猫が消え、学園の制服を纏った男子生徒が現れた。制服を着崩しているので軽薄な雰囲気だ。
「ぶぶっ。閉じ込められてやんの」
「見てたなら助けろよ、レオ」
「だってあの子がいたからどうすんのかなって。あの子の前じゃ俺、変身解けないし」
「はぁ」
レオと呼ばれた男子生徒はニヤニヤしている。
「いい加減、魅了を使いすぎて倒れるのなんとかした方がいいぜ」
「仕方ないだろう、情報を引き出すには一番手っ取り早い」
「その顔うまく利用したらいいのにねぇ」
レオという人物は軽薄な上に口が悪い。
「そういえば、お前は気付いたか?」
「ん? 何を?」
「あの子に魅了が効かなかった」
「へぇ~、ん? え? ってか魅了使ったのか?」
「いや気絶して起きて初めて目が合ったから……」
「うわ、お前まだ寝起きに魅了暴発させる癖直ってないの!? さんざんメイドに襲われかけたり、目が合ったカラスがいろんな光り物盗んで求愛してきたりして大変だったのに!」
「カラスは忘れろ。普通に寝て起きるときは大丈夫だ。ただ、気絶したり、させられたりした時はどうしても暴発する」
「んで、さっきの子はその暴発を受けても大丈夫だったと」
「あぁ、完全に目が合った」
ステラの目の色を男子生徒は思い出しているようだ。
「レオ、彼女について調べてくれ」
「えぇー、窓からスカート翻しながら落ちてくる女の子を?」
「パンツ見たのか?」
「しっかり! 色は白!」
レオはパチンとウィンクする。悔しいほどウィンクが様になる男だ。
「じゃあ彼女について調べろよ」
「なんで!?」
「魅了が効かない女性は初めてだ」
「えぇー、そんな理由でラブを始めるとか女の子にとっては迷惑だと思うからやめなよ」
「ラブを始めるつもりなんてないが」
「ぜぇったい、始まる。大体『おもしれー女』から恋愛が始まる確率、高位貴族ほど高いから! 嘘じゃないから!」
倉庫の前で言い争う二人。レオだけが鼻息が荒い。
「俺は実際の数字を見ないと信じない主義だ。それに『おもしれー女』なんて思ってない」
「あの子、こんなとこで昼飯食べてるなんてきっと友達いないしさ、いじめられてるかもしれないしさ、性格に難アリかもしれないしさ、やばい趣味持ってるかもしれないしさ。お家もやばいかもしれないしさ」
「別にどこで昼飯食べてようと関係ないだろ」
「いや、そこ気にした方がいいよ!? そういう子ってさ、王子とお近づきになんてごめんだと思うからさ! あんた近付いたらぜぇったい顔顰めて嫌がられるよ?」
「身分は隠してるが」
「いや、学園では身分で男爵令息って嘘ついてるだけじゃん! 腐っても逆立ちしても気絶しても王子なんだから、やめなって」
「とにかく調べろ。じゃあ授業に戻るか。少し遅刻だな」
「うえー、知らね~。もう俺知らね~」
レオは頭を抱えて背の高い体をくの字に曲げている。
「一緒に閉じ込められたんだから多少は縁があると思わないか」
「きもっ! 何それ。その王子様思考やめなって! 彼女は最初っからこの倉庫にいて巻き添え食っただけ! オーケー? 誰が好き好んで魅了持ちの第三王子と縁が欲しいの!?」
「それはいつも俺のセリフだろ」
「なんか頭おかしくなってるから俺が言ったの! 頭打った? おかしくなった?」
「別におかしくない」
「医者呼ぼ! 医者! 衛生兵~!」
「なんか寒気が……」
ステラはその頃、寒気がしていた。
魅了持ちの第三王子に気に入られたなんて、しかも自分に魅了耐性があるなんて、彼女は知る由もなかった。