縁は結ばれる
「大変申し訳ありませんがそこをなんとか!」
「そう言われてもねぇ…」
茅原言葉、19歳
就活、3 0 連 敗
つい先日初めて就職した会社が入社数日も経たず火事で焼け落ち、倒産を免れるためのリストララッシュに巻き込まれ社会人デビューは1年も経たずに幕を閉じた。
九州からはるばる上京してきたものの、職を失ってしまえば食費も水道光熱費も家賃さえも払えない。
田舎暮らしである実家にも頼れるほどのお金は無い。
ならば次を!と意気込んではみたものの、結果はこのザマ…
(まぁ、今はバイトもしてるし…多少ギリギリだけど食いつなぐ位は…)
と思っていました今日までは
「嘘…でしょ……」
目の前には、炎に焼け焦げ付いた元アルバイト先のパン屋。
「ごめんねぇ言葉ちゃん!実は放火の被害に遭って、犯人は捕まったんだけど店がこの状態でねぇ…店は火災保険で何とかなるんだけど…正直今はバイトを雇う余裕が無くて…!」
真っ白になった頭で大丈夫ですとか一言二言返した気がする。
お先は真っ暗になってしまった。
(今からアルバイトを探す…?でも今すぐにお金が入るわけじゃない…かくなる上は…)
頭に浮かぶのは、下町のネオンライトに照らされるソッチ系の店。
(いや、それは早計か…とにかく、何とかお金を工面しないと…)
アパートへと帰る道すがら、どこかにアルバイトの募集をしている所は無いかと淡い期待を抱き、重い足を前へと向ける。
その時、目に入った。
電柱に貼られた働き手募集の張り紙。
まさか本当に!?という思いを胸に、まさに食い入る様に内容を読んでいく。
「神社の…客寄せ…?」
神社に客寄せなんてあるのだろうか…そりゃあ最近だと御朱印を工夫したりアニメモチーフの絵馬を販売したりと色々あるが…
(追伸…何があっても驚かない方のみ…?…どういう事?)
「…住み込みで日給1万円!!??」
「見えてるな…アイツ」
「あれは見えてるわねぇ。彼女、体質的なものかしら」
「めんどくせぇ事に巻き込まれそうだ。遊樂、塩撒いとけ塩」
「はいはい(春歌は興味無し…か。でもあの子…)」
視線の先には、未だに張り紙を見つめる言葉の姿。
(面白い事になりそうねぇ)
これから起こるであろう出来事に夢想し遊樂は、下舐めずりをした。
(場所は…木霊神社…?そんな所あったかな)
気になって検索を掛けてみるも、一向に見つからない。
(…なんだ…ただのイタズラか…)
こんな状況とはいえ、こんな子供じみたイタズラに引っかかった自分に肩を落として、再び帰路へつく。
と思っていたところ、目の前を急に大きな手が遮ってきた。
「だ〜れだ❤」
自分の知る限りこんな事をしてくる様な親しい友人はここには居ない。つまり…
(不審者…!)
「驚かせちゃったァ?冗談じょうだn…」
フォッ
視界を覆う手が退かされた瞬間に振り向きながらの上段回し蹴りを放つが、涼しい顔をして紙一重で避けられた。
(声からしてそうだったけど、不審者は男!身長は、190無いくらいか…筋肉質って感じはしない…顔は…なんか悔しいけどイケメン…な方…)
冷静に見てもこんな知り合いは居ない。髪色は茶髪っぽくおまけに服装も鶯色の和服、着物かな…?
(っていうか、アレを避けられた…?完全に不意を取ったと思ったのに)
「おっとっと、怖いなぁ…ま、今のはこっちが悪かったか。驚かせてごめんね。別に悪気は…」
追撃の掌打も躱された。
結構自信持ってただけにちょっとだけ凹んだ。
(目が良いのかな…いや打つ前に脱力まで終えられてる。完全に読まれてるんだ)
続く2撃3撃も、容易く避けられる。
(この人…強いな、勝てるビジョンが湧かない)
「何この子、話聞いてくれないんだけど。ちょっとぉ、アタシの声聞こえてる?」
喋り方が完全にオネェさんのそれだった。だが、競技モードの思考では直ぐにそれも振り払われる。
前蹴り、からの着地と同時に軸足入れ替えの後ろ回し蹴り、そのどれもが不審者の男の着物に掠りすらしなかった。
「…なにやってんだこの馬鹿ッ!」
いきなり響いた大声にハッと我を取り戻すと、不審者の男がまた別の男の人に拳骨を食らっていた。
「ちょっとぉ!痛いじゃない!限度ってもんがあるでしょ限度ってもんが!」
いい大人?(それも美男)が蹲り涙目を浮かべているのを見ていると、何かいけない事をしている様な気がしてならなかった。
何となく見てられず、視線を逸らそうとした時、後から来た袴を着た男の人がこちらを見ている事に気付いた。
「悪かったな、うちの馬鹿が」
簡単な謝罪の言葉と会釈をする姿と馬鹿とは何よぉと縋り付く不審者にうるせぇと足蹴にする姿のギャップが何故か面白く、それに気付いたらしい袴姿の人にジッと見られてアワアワと釈明する。
「ご、ごめんなさい!凄く、仲がいいんですね」
精一杯のフォローのつもりだったが、そうでもなかったのかそっぽを向いてコイツはそんなんじゃねぇ、と言われてしまった。
(照れ隠しかな?…それにしても、郊外の住宅街とはいえ袴に着物…良家の人とか?)
よく良く考えれば、周りには民家しか無いとはいえこんな町中で着物に袴姿というのも妙なものだ。
しかも、これだけの距離に近付かれるまで気付かなかった。
「そ、それじゃあ私はこれで」
変な感が働いた私は、その場を離れることを急いだ。
何故かは分からないが、この2人とは妙な縁がある気がする。
「興味ねぇの?…その張り紙」
袴姿の男の人にそう呼び止められた。
興味が無いと言えば嘘になる。だが…
「すみません、おば…祖母との約束で神職には関わるなって言われてて…」
おばあちゃんっ子だった私は、子供の頃から口を酸っぱくしてよく言われていた。
「良いかい言葉。間違っても、神様に近い仕事には関わるんじゃないよ」
孫に甘かったおばあちゃんだったが、その事だけはよく念を押されたので今でも覚えている。
「なんだそれ。…でもあんた、そんなもん引連れてちゃまともな職なんて見つかんねぇだろ」
え?
袴姿の男の人は、私ではなく私のちょっと左上…何も無い虚空を見つめていた。
(どこを見てるんだろ…)
「ま、良いや。遊樂が迷惑掛けた詫びも兼ねて今回だけは無料で祓ってやる。着いてきなよ」
そう一言言うと、踵を返し歩き出していく。
「ちょ、ちょっと!行くってどこに!?」
慌てて追いかけようとした瞬間、身体に縛られたかのような拘束感が襲い、途端に動けなくなり声すらも出すことが出来なくなった。
「そりゃあ……!ちっ、めんどくせぇな。自我あるタイプか。やっぱこうなるんじゃねぇか、遊樂!」
袴の裾から、数珠と御札を取り出し袴姿の男、春歌が呼び掛ける。
「はいはい、分かってるわよ」
やれやれと頭を押え、鶯色の着物の不審者、遊樂が前へと1歩出る。
「あくまで仮祓いだ。大人しくさせりゃあ良い…やり過ぎるなよ」
「全く、無茶を言ってくれるわねぇ…あの程度の厄、レアでも結構火加減難しいのよ」
遊樂が右手を言葉、その身体に蛇のように巻き付いている厄に向かい伸ばす。
「【焔華】」
パチンッと指を鳴らすと、一瞬だけ蛇のような厄が青みがかった焔に包まれ、焔が消えるとそこには少し全身に焦げ目の付いた厄が残された。
「上出来だ!」
「木霊の主が告げる!彼の者纏いて地に帰り、その魂を禊いたまえ、急急如律令!」
手元の五枚の御札を厄へと飛ばし、破邪の法で九時を切る。
五枚の札はそれぞれ厄の頭上、左右、そして左右の斜め下に陣取り、厄を結界へと閉じこめた。
「よし、こんなもんか」
最後に手印を結ぶと、結界はそのまま収縮していき、やがて言葉に巻きついていた大蛇の様だった厄は、小さく本来の蛇と同様な大きさにまで縮んだ。
「って、やべっ!」
厄が小さくなったということは、厄が巻き付き意識を失っていた言葉もそのまま解放されるという訳で、意識の無いままの言葉はそのまま地面へと倒れ込むように…
「全く、そういう所がモテないのよ、あんたは」
硬いコンクリに激突することはなく、遊樂にやんわりと受け止められた。
「うっせぇ!ほんのちょっとだけ気が付くのが遅れただけだ!」
「まぁいい、そいつはお前がそのまま背負っていけ。祓うのはまず着いてからだ」
そう言うと春歌は、先ほどと同じく様に自身が先に立ち歩き始めた。
(やっぱり、面白い事になってきたわね)
遊樂は少し微笑むと、春歌の後に続いて歩み始めた。