9.世知辛い世の中
『ねー昨日楽しかったねー』『そうだね! またやろうね!』
食虫植物の一件からほんの一瞬沈黙の間があったので自然と他のクラスメイトの声が耳に入った。
ん? あれ? なんか、皆… 昨日より仲良くなってないか? なんとなしにそんな気がする。昨日はこんなに皆固まって話をしていたなんてことはなかったのに…
ボッチだったアタシは空気の異変を察知するのも得意だ。これは間違いない、アタシのボッチアンテナが間違いないと言っている… これが狂うことはまずない。
『フヒ、お主と趣味が合うなんて!』『私もびっくりだよぉ、趣味が合って嬉しい!』
き、昨日のオタクが普通に女の子と話してる!? お、女に縁がなさそうと勝手にアタシが思っていただけだったようだ。オタクの見た目はお世辞にもそんなに良いとはいえないのに、もう女の子と仲良くしているんだけど… こんなことって…
「ん? どしたリン、そんな世界が明日にも滅亡すると宣告を受けた大統領みたいな顔して」
アタシが少しでも真面目な顔を作るとすぐにアクション映画ごっこしたくなるのは彼の性なのだろうか… それは置いておいて…
「そんな深刻な顔してないわよ! って、ちょっとレン、なんか教室の雰囲気、昨日と違くない? なんか皆仲良いんだけど!?」
それを聞いても「うーん? そっかあ?」とイマイチピンと来ていない様子だ。レンは鈍感そうだからこういうことはあてになりそうに無いわね。
「仲良いことは別に悪いことじゃねーだろ。」
そ、それはレンの言う通りだけども… アタシが問題にしているのはそれじゃない。アタシが取り残されているような気がしてならないのだ。
『やぁ、昨日は参加してもらってありがとね、ああいう空気あんまり好きじゃ無いかなって思ってたけど大丈夫だった?無理させちゃったかな?』
『そんなことないですぞ、ケイゴ殿! お陰様で共通の趣味を持つもの同士同盟を結ぶことができましたぞ!』
『うん、私たち絵が趣味なんだ〜。』
な… 何だと…
クラスの陽キャイケメンと、太ましいオタクが普通に会話している!? こ、こんなことって…
いや、いつかはきっと話すのかも知れないけど、二日目にしてああやって話すなんで、今までのクラスで見たことがない…
こ、これは絶対何かあったに違いない。
「ん? そんなに気になるんだったら『エアインスペクション』発動すればいいじゃねーか」
「そうね… そうするわ… って、なんでアンタがそれ知ってるのよ!!」
ボッチスキル…『エアインスペクション』とは、周りのクラスメイトの会話から一瞬にしてクラスのトレンドを把握する分析スキルの一つだ。レンから言わせてみれば盗み聞きとのこと。
なんでレンが知ってるのよ、口外してないはずなのに…
「リン、今はお前のその力が必要なんだ!! 頼む! 人類の為なんだ!! リン、今こそ発動する時だ!!」
「ふっ、任せてレン、アタシの力が人類のためになるというのなら、例え命も惜しまないわ。」
ごめん、今までずっと、アンタにツッコんでいたけど本当の事を言えばアタシも結構アクション映画好きなんだ。実はこんなふざけた前振りでも乗りたくなる性 なのだ。
さぁ、その力を解き放つ時!! 『エアインスペクション』発動!
耳を澄ませ、目を閉じる。 あぁ、そうか… そういうことだったのか…
「まさか… そんなことがあったなんて…」
演じたリアクションではない、これでも素のリアクションだ。それぐらいアタシにとって驚くべき事実が判明したのだ。
「おう、一体何が分かったんだ?」
尋ねるレンと目を合わせる。 アタシの表情を見て察したのか緩んだ口元が引き締まり彼も真剣な表情へと変化させた。 これは只事ではない… レンは一旦姿勢を正して問い直した。
「聞き方が悪かった。 ありのまま、お前が知った事実を全て話して欲しい」
その声のトーンはあたかも洋画の吹き替え声優のようで、中々器用だな… 元々演劇部か何かだったのかな?
「…昨日、親睦会があったみたいよ」
「ふーん」
それがどうしたといわんばかりの返事を返し『ザ・デーモンマン』の方向を向いて「お前頑張れよー、頼むぞ、期待してるからな」と声をかけ始めた。
あれ、全然関心なさそう…
「ちょっと、昨日クラス内で親睦会があったみたいなんだけど、レン知ってたの!?」
「知らねえぞ、今俺も初めて知ったところ。なんだ、そんな真剣な表情で言うもんだからてっきり郊外にドラゴンが出没したかと思ったぜ」
どうしてそう脳内がいつもファンタジーなのよアンタは!
エイリアンといいドラゴンと彼の期待している出来事は当面起こりそうになさそうだ。
そんな感じで全く興味ありませんよとレンは呑気にそんなことを言っているけど、アタシにとっては由々しき事態であった。
そんな… アタシが昨日ゲーセン行っている間に親睦会が行われていただなんて… 確かに昨日、LHRが早く終わったからすぐ帰れると思って、レンと一緒に一番先に校舎を出た記憶がある。
…し、しまった… 帰るの早すぎた…
事の過ちにアタシは初めて気がつき、頭を抱えてしまう。 ま、まさかあれから皆残って親睦会をやっていただなんて…!!
「レン! もう一度聞くわ、親睦会の件、全然知らなかったの!?」
「知るわけないでしょーが! どうした、急に」
「あ、アタシ達がゲーセンに行っている間にここでクラスの親睦会が開かれていたみたいなんだよ! あ、アンタは何も思わないの!?』
徐々に息を荒くするアタシに「落ち着けや」と一言添えてきた。
「何も珍しい話じゃねえだろ。クラスが変わって最初の日なんだから、親睦会でもするでしょーに」
珍しいとかそういう話じゃない!! アンタ、やはり事の重大さを認識していないわね。
「アタシ達、すっぽかしたのよ! クラスの親睦会に!」
「そりゃ、俺たちゲーセン行ってたからな」
そりゃそうだと言ったテンポだ。
だめだ、レンはあまり親睦会の意味を重要視していないみたい… というよりそもそも親睦会に興味がなかったのかもしれない…
けれど、アタシは激しく後悔する。
クラス替え直後の親睦会、これが今後の学校生活で大きく左右することをアタシは知っているからだ。新しい友達と出会うため、初対面同士の人間がお互いを知る最高の機会であり、誰とでも話せるチャンスでもあったのにぃ。
今年は親睦会があったら絶対参加すると心に決めていたけれど、まさか初日に開催されるなんて思いもよらなかった。
あぁ… なんということだ… これは完全にスタートをしくじってしまったのではないか…?
げ周りを見ればかなり仲良くなっている様子であり、皮肉にもアタシ達不参加の親睦会は大成功に終わった様子である。
「こ… こんなことって…」
あまりにも残酷だ。どうしてアタシはこうも抜けているのだろう…
「おいおい、なんだ? 親睦会に参加できなかったことがそんなに惜しいのか? 良いじゃねえか、ゲーセン楽しかっただろ!?」
彼なりの慰めのつもりだろうか。
「確かに、ゲーセンはむっちゃくちゃ楽しかった! それは否定しないわ。でも、それとこれとは全くの別問題よ」
ゲーセンに行って全く後悔はしていない。 何が後悔って親睦会を不参加となってしまったことだ。言うなればゲーセンは別のタイミングでも行けたはずなのに…
ただ、一つだけ懸念事項が残っている。 アタシとレンは誘われていないということだ。
とは言っても不自然な事実がいくつかある。あのオタク集団も参加したところを見ると、分け隔てなく参加を募っていたはずだ。 アタシ達をはぶいたということは流石にないのか? アタシはともかくとして、レンまではぶく意味がわからない。
…悔しいけど、レンが親睦会の件を知らないという事実ははぶいたとかそういったことではないだろうという推測の抑えとなってしまった。
「なんだリン、親睦会をすっぽかしたぐらいでぐだぐだすんなって」
「レンはいいかも知れないけど、アタシにとっては死活問題よ。もう一度言うけどゲーセンは悪くなかったわ。過去最高の楽しさを誇り今でもアタシの脳裏に焼き付いて離れない、アタシの人生の中でもトップ3の粋に入る出来事とすらも思ってる程よ」
「そんなに満足してるなら──」「けれどね!!」
彼が言いたげだったが、一旦黙らせる。
「やはり、親睦会ってこれからの人間関係にそこそこ響くじゃない。現に見てよ、昨日より男女が一緒に話している割合が多くなってるじゃない! 男女の仲が良くなるって相当よ!? そんなお互いの親密度が大いにアップする学園イベントの一つをすっぽかしたアタシの心を察してよ!」
手を広げ訴える。
まぁ、レンには到底わからないことなのかも知れない。
「何だか訳分からねえけど、現に俺も知らなかったんだからこればかりはどうしようもねーだろ。後悔するのはこの辺りにして切り替えるのも重要よ」
まぁ、既に過ぎてしまったものをいつまでもくどくど言っていても仕方ないのは一理あるし、レンの言う事も正しい。
更に彼は「それに…」と続けた。
「お前、親睦会で皆と話せるのか? ぜってえ無理だろ。俺と初めて話した時ですらバカみたいに緊張してて泣きそうになってたじゃねえか。そんな辛そうな思いをたくさん味わうような親睦会で到底活躍できると俺は思えんのだけど…」
「…!!」
グサァっと胸の奥深く突き刺さってしまった。時に正論は人を傷つけるものだ。
そ、そうだ… アタシ、初対面の人と話すのが苦手… いや、でもレンで結構慣れたからいけるかも?いや、甘く考え過ぎかな、今のアタシはレンだから接することができているというのも一理あるし… えっ、ちょっと待って、そう考えたらやっぱり親睦会の不参加は正解だったの? いや、そんなことさすがにないわ…
「なんというか、変に恥かくくらいなら、ゲーセン行ってた方は絶対有意義だと思うぞ。」
うぅ… もうアタシは耐えられない… そう、レンの言う通り… かもしれない。
確かにちょっと調子に乗り過ぎていたのかも… 親睦会と聞いてつい自分が活躍する姿を思い描いてしまったが、逆に誰とも話せずただただ辛い思いをしていたのかもしれない。
そう考えると、話せる人と一緒に遊んだゲーセンの方が選択としてはよかった… のかな?
うぅ… 世知辛いよぅ…
思わず机に項垂れそうになるが、なんとか耐え凌いでいた。
「はぁ… 人生辛いな」「何言ってるんだお前」
結構真面目に呟いたのに秒でツッコまれてしまうアタシの人生って…
完全に満身創痍となってしまい力尽き果てそうになる。
その時、鼻をくすぐるいい匂いがしてきた… ほんのりと甘い、花の匂い? 恐らく女性用香水か制汗剤の匂いか何かだ…
心地よい匂いに目が覚めたと思いきや視界一杯にポニーテール姿の女の子が写っており、いつの間にか目の前に立っていたことに気がつく。
「おっはよー!」
その爽やかな挨拶と目の前に立つ女の子の姿に圧倒されにアタシの鼓動がまたも早くなるのを感じだ。 えっ、アタシに向かって… だよね… こんな可愛い女の子が…?? アタシに??
脳内がいつもファンタジー:漫画や映画の影響を受け過ぎて現実でもそうあると思ってしまう事、あるいはそう求めてしまうこと。レンやリンのすむ日本ではもちろんドラゴン等の敵は登場はしない。けれど実質権限者、黒幕、登記されていない役員、株を保有していない会長、相談役など目に見にくい敵は多い。