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8/15

8.前日の余韻

 今朝の目覚めはかなり快適だった。 いつもであれば少しでも惰眠を貪りたいと、登校時間15分前迄布団から出ることは無かったが、今日はやけに早く目覚めた上、二度寝する気も起きずゆっくりと朝の支度する程だった。


 あまりにも早い起床に母親からは「ね、熱でもあるんじゃない?学校休んだら?」と言われたが熱もなく、アタシ自身登校時間までここまで余裕を持ったことがなかったので急がない朝が新鮮しすぎて逆に居心地が悪いとすら思えていた。



 こんなことは今までに無かった。全体的に体が軽く感じられ、登校するまでの足並みもかなり軽やか、加えて今日は授業が開始する為、通常であればまず気分が晴れないはずの日なのにも関わらず心の奥底から力が湧いてくる、まるで今まで悪霊に取り憑かれていたかのようだ。


 あまりにも新鮮な気分なのでもしかしたら体のどこかに異変があるのではないかと感じてしまう程。命を削る分パワーが強くなる病気かもしれないと思ったけど流石にアニメの見過ぎかな?


 ち、力がみなぎってくる… これはアタシなのか? アタシは覚醒してしまったのか?

 

 

 いつもより早く学校についた為、何を思ったのかアタシとレンの机を整理した。一体どうしたんだアタシ… やることないからって掃除をするような性格だったか?


 これは絶対におかしい…



 一旦自分の席に座り両手を広げ己を確かめる… どことなく両手は小刻みに震えており、それはまるで闘争を求めているかのようにうずき始める。




 あぁ… 昨日の余韻がまだ覚めないのか…


 間違いない… 確実に昨日のゲーセンだ。 アタシの脳裏に昨日の戦いがフラッシュバックされ、またさらに両手は闘争を求め始めた…

 

 


 


 …昨日は熱かった…


 あの日帰り際に寄ったゲーセンの出来事。昨日、仲良くなったレンという男に誘われて同行したのが事の始まりだった。


 元々、アタシ自身ゲーセンは好きで色々なゲームを遊んでいた時もあったためゲーセンのゲームには慣れていた。

 ただ、彼自身もそこそこ通っていたようで、様々なゲームを一緒に遊んでいた。例えば、音ゲーとかシューティングとか格ゲーとか… まぁ、これはこれで普通に… というかすっごく楽しかったのだけれども…



 お互いに目が留まったあるゲームがアタシを狂わせた。


 クロブである。


 クロブとはタッグチームを組み、2VS2でリアルなロボットを操って戦うゲームのことだ。

 事の始まりは川の流れのようにいたって自然であった。レンが最初に筐体を見つけ「お、クロブやろうや」と言い始めたのでアタシがそれにのっただけのことである。


 アタシは前作の家庭版で遊んでいたこともあり概ね操作は慣れていた。それに加えてアタシの愛機も引き続き参戦していたこともありレンの足を引っ張ることはないかなと思ったことも承諾の要因の一つだ。

 

 家庭版の時はオンラインでそこそこ遊んでいたが、こうしてリアルな人間とタッグを組んで戦うような展開なんて生まれて初めてで筐体にレンと並んで座った時はとても新鮮な気分だったのは今でも覚えている。

 

 そしてアタシとレンがタッグを組み店内バトルをしたのだが…

 


 あ、やばい、またも両手が闘争を求め始めた! 落ち着け、落ち着け… 想像するとすぐに体が熱くなってしまう、気をつけねば…



 一言で言えばそれが滅茶苦茶楽しかったのだ!


 いや、もう言葉にできない感動を覚える程。楽しいとか、悔しいとかそんな次元では落ち着かないレベルの感情だったとあの時を振り返れば思う。


 汗と涙が止まらない、ただお互いに勝ちを求めた壮絶な試合が次々と続いた。


 レンもかなりクロブが上手かったが、それ以上に凄かったのは彼の連携だ。彼はとにかく声を出し、情報を伝えお互いをサポートすることを重視していた。アタシが一瞬迷った時にでも、早く決断が下せるように、相手の立ち回りの特徴を掴み、どのように対策するといった指示等がまるでロボットアニメの登場人物さながらであり、アタシの闘争心を奮い立たせてくる。


 もちろんアタシも聞いてばかりじゃない、レンに対してとにかく声を出しサポート、励まし、ときには自分で落ち着かせるように呟くことも少なく無かった。


 連携が何度も上手くいってはハイタッチをして気力を高めていき、後半ではお互いのボルテージは最高潮までに達していた。


 く、クロブはこんなに血をたぎらせるなんて…!!


 だけど、一試合ごとにこなしていく中でどんどん相手が強くなっていき ──恐らく、噂を聞きつけ猛者が募ってきた──、試合ごとに過酷さは増すばかりとなる。特に後半は負けることも多々ありついには同じ相手に三連敗を喫すこともあった。


 だが、そこで諦めないのが四季 蓮という男。心が折れかけたアタシに対し幾多の激励の言葉をかけてきてくれたのだ。

 アタシはくだらない根性論や精神論、体育会系なノリは大の苦手なのだが、熱血ものは大好物であり、恐らくレンもそういうノリが好きなんだろう、その辺りもかなり相性も良かった。



『馬鹿野郎!! 俺たちは負けるためにゲーセン来たんじゃねえっ!! 諦めるな、しっかりしろ! 絶対勝つぞ!!』


『絶対悲観するな!! 迷いは過ちを生み出す!!』


『お前何のために今まで家で訓練してきた!! 思い出せ!! 勝つためだろォ! みんなが遊んでいる間にお前はたった一人で必死に訓練していたこと、俺は知ってるぞ!! だから自分を信じろ! 絶対自分を裏切るんじゃねえっ!! お前がお前を信じなくて、俺は誰を信じろって言うんだ!!』


 ゲーセンで心が折れかけた時に言ってくれた彼の言葉を思い返す。


 あぁ、やばい… 熱すぎる…

 

 そして最後にアタシたちは僅差で勝利をおさめることができた。あの時アタシが諦めていたら… 絶対に勝てなかった。


 ──諦めないって本当に大事だったんだね、レン…!!


 そうだ、だから今日のアタシは昨日と違い一歩成長しているので、普段と違っていたのだろう、そう信じよう。




 どうしよう、またやりたいという気持ちしか湧かない。アイツ今日も誘ってくれるかな…



 早くアイツが来ないかなーっとソワソワしてしまう。 次も足をひっぱらないようにクロブ全国ランカーの立ち回り動画でも見ようかな…


 あぁ、でもそんなの見たら絶対クロブやりたくなっちゃう。抑えなきゃ抑えなきゃ…


 アタシの禁断症状が相次ぐ為とりあえず猫の動画を見て気分フラットにすることに努める。


 アイツが教室に入ってきて早々に「今日もゲーセンいこ!」なんて言ってしまう恐れもあるからだ。流石に彼にとって二日連続はきついだろう、昨日かなり体力使ったようだし。



 暫くしたらドアからレンの姿が見えてくる。そのミドルヘアに若干寝癖が残っているものの今日はなんとか朝の時間に間に合ったようだ。 



「よっす!」


 窓際の席に座りながらその特徴的なハスキーボイスで挨拶してきた。とりあえずアタシも「よっす〜」と彼に合わせよう。

 

「いやー、昨日は熱かったですな~」


 彼の眼差しには若干の炎が燃え残っており、昨日の興奮から冷めていないようだ。あの熱は一日そこら寝ただけじゃ流石に冷めないよ。


「うん、マジでやばかったよね!」


 語彙力を失うほどだ。やばいものはやばい。それ以外にどう例えろというのだろうか?

 ただ、ここでクロブの話題を持ち出してもお互い心に火がついてしまうと察したのか、レンは席につきながらとりあえずペットボトルのお茶を飲んでいた。



「ん?」


 何か違和感に気がついたようだ。


「あれ? 机の上の物が無くなっているんだけど…」


 どこだどこだと大袈裟に机の周辺を探し始める。


「無くなってないわよ、アタシが暇だったから整理してあげたのよ」


 事情を説明すると「マジか」と一言。


「一体どういう気の使いようだァ〜? そんなことしても金は出ねえぞ〜」


「金の為にやったわけじゃないわよ! アンタの机の上が汚すぎたのよ!! 隣にいるアタシでも恥ずかしく思えちゃうんだから…」

 

 今日はたまたま気分が晴れていたので片付けたが次回はもう二度とないだろうな… 


 



「はーあ、早くも授業開始か… だるいなあ~。」


 一呼吸おいて彼が発するが、その声は本当にダルそうだ。 

 これを察するにレンもアタシと同じくあんまり勉強が好きではないような気がする。



「まぁ、だるいのは確かね」


 とりあえず同意しておこう。本当は前述の通りそこそこテンションは高くコンディション良好なのだが、アタシはこのタイミングでそのような事を言うキャラでもないし… 事実授業はなかなかだるい。


 やはり二年生になると勉強も厳しくなっていくのだろうか? そう考えると嫌になってくるところである。それに今日は体育があるんだよな… 担当誰だっけ? 嫌だなぁ…

 

 ハァ〜 っと二人してため息。


 「あ、そうだ!」「ん?どした?」


 ため息後暫しの沈黙を経た後、レンが思いついたように鞄の中から何かを取り出し始めた。

 

 あれ? 昨日教材全部机の中に置きっぱなしにしていたのに、何か学校に持ち込むものなんてあるのだろうか…? 


 不自然に思ったアタシはひとまず黙って彼の動向を伺うと、彼のペットボトル2本分くらいの大きさの箱が出てきた…


「そうそう、昨日こいつが届いたんだ…」


「え… 何それ…?」

 

 届いた? 何のことだろうか…?

 アタシも気になったので立ち上がり中身を確認してみることに…


 勢いよく段ボールを開け、中から出て来たのは…



「植木鉢?」


 箱の中から植木鉢… という程立派な物でなく、プラスチック製の丸型プランターみたいな物だった。明らかに植物を育てる専用の物だと思うけど…


 …よくみれば何か生えてるんだけど!!


「喜べリン!昨日注文した対コバエリーサルウエポンがもう届いたぞ!! これで俺と虫の戦いに終止符が打たれるぜ!」

 

 彼の言うことがイマイチ理解できず、再度鉢の中身を確認してみる。

 これは…食虫植物、ハエトリグサだ。


「あっ…」


 そういえば昨日、彼とアタシが窓側に寄ってくる虫を退治していた時のことを思い出す。あの時彼は食虫植物を置けば虫との悩みも解決するみたいなこと言ってたけど…


「えっ、あれ、本当に注文していたの!?」


 てっきり冗談かと思ってたのに! まさか本当にネットショップ、ジャングリーで本物の食虫植物を仕入れてくるとは…!

 

「当たり前だ! 俺は買ったんだから、お前しっかり世話しろよ」


 植物を覆うビニールを剥がしながらレンが無責任にもそんなことを言ってくる。そういえば昨日もアタシが肥料と水やりをやる係を勝手に任されたんだっけ! 


「な、なんでアタシが! ていうかハエトリグサ一つで虫対策ができると思って—」「あー、そういえばこいつに名前つけてやらねえとなっ!」


 ま、全くアタシの話を聞いていない。 このままではアタシ一人であの植物の面倒をみることになってしまうというのに〜〜 

 

 腑に落ちないアタシに向かいレンは黙って何かを渡してきた。植物用のネームプレートである。


「あ、アタシに名前をつけろっていうの? この植物に…」


「そうだぞ〜、いい名前期待しているぞ。しっかり心を込めて命名しろよ!」


 いつの間にかアタシが名付け親になってしまったので、諦めてネームペンを取り出し名前を考えることに…


「おい、どうせなら可愛い名前にしろよ! そのあたりのセンスは任せるから、今後愛情が込めやすい名前にしろよ!」


 そんな指示出すなら自分で考えればいいのに… あぁ、でもセンスなさそうだからアタシに託したのかな? なんとなくそんな気がする。


「いやよ、どうせならかっこいい名前にしたいわ!」


「そう言うならとびきりカッコいい名前をつけろよ、今後お前が育てて俺が鑑賞する大事な植物だからな!」

 

 なにおう! アンタは鑑賞役なんだから黙ってなさいっ! 


「ふん、任せなさい! かっこいい名前には自信があるんだから!!」

 

 瞬時に名前の候補がいくつが浮かんだが、その中で一つに絞り切れた為アタシはネームペンのキャップを外しプレートに名前を書き殴った。









「…マジかよ」


「何? アタシのセンスに文句ある訳!? 凄くかっこいいでしょ!?」

 

「…」

 

 なによその顔、アタシが名付けるように指示したのはアンタなんだからね。

 

「かっこいいでしょ?」


「…おう」

 

 レンは植物のプレートを眺めながらまたも黙ってしまう。アタシは会心の出来だと思っているけど、彼はそうでもないようだ。 

 

「はぁ…」


 まさに残念と言った彼の溜息。 本当に残念い思った人の溜息ってあんなに深いのか…

 

 知ってたわよ! アタシ自身こういうセンスが全くないってこと! でも頼んだのはアンタだからね。



「… マジかよ」


 また聞こえた! 明らかに失望してるじゃんその声は…



「なによ? 言いたいことがあるなら言えばいいじゃない。アタシ… 自分のセンスがないことは自覚しているから…」



「じゃあ、言うけど… お前、いくら何でも植物に『ザ・デーモンマン』はねえだろ!!」


 そう言いながらレンが立ち上がりビシィっと音が出てくる程勢いよく鉢の方向を指差してくる。指先にはハエトリグサをバックに『ザ・デーモンマン』と書かれたネームプレートが凛々しく輝いていた。



「どこが悪いのよ!! 男の子ってこう言う感じの名前好きじゃないの!?」


「頼んだ俺がここまで言うのは些か気が進まねえが言わせてもらうぞ! 色々掘り返したい部分もあるが、まず一番になんで植物なのに『マン』つけるんだよ! これは絶対おかしい! センスとか以前の問題としか思えんのだけど!!」


「あ、アンタにセンスだけは問われたくないわ! お互いそこは似たようなものでしょ!?」


 アタシが言い返しても彼は一切怯まず続ける。

 

 

「だとしてもだ!! お前が強そうな植物として育ってくれと願掛けて『デーモン』と名付けるのは俺もわかる! 全く理解できねえわけじゃねえ! だけどだ、天地がひっくり返っても植物に『マン』つけねえ自信だけはある! そもそも人じゃねえだろ、植物だろ!」


 うぐぐ… 確かに彼は正論を言っているのかもしれない。でも、アタシだって、それなりに考えてつけた名前なのだからさすがにここまで言われると癪に触る。


「だってだってだって! 『ザ・デーモン』だと何だか響きが悪いじゃん! その後に続く何かといえばそれしか思い浮かばなかったんだって!」


 アタシが必死に言い訳をすると彼もアタシの真摯な対応を認めたのか「はぁ…マジかよ。」と言いながら席に座り黙って『ザ・デーモンマン』を見つめた。



 アタシとレンの視線の先にある『ザ・デーモンマン』は健気に育っておりどことなく「ボクの為に争わないで!」と言っているようにも見えた。 レンもそう感じたようで、これ以上アタシを言及することはせず、ティッシュで軽く汚れたネームプレートを拭き始める。



「こんだけ強そうな名前を授かったんだ、活躍してくれねえと困るぞ、『ザ・デーモンマン』」

 

 レンが植物に言い聞かせた。 当然植物である『ザ・デーモンマン』は返事をしないが、アタシの心の中では「任せて! 来た虫全部皆殺しにしてやる!」と答えているようにも見えた。 やんちゃなやつめ。



「とは言ってもさ、 案外育てたら愛着湧くかもよ…『ザ・デーモンマン』に…」

 

 よくよくみると可愛い顔をしているようにも見える。そう、ザ・デーモンマン、貴方はどの虫にも負けない強い食虫植物になるのよ…!


 プレートの汚れを落とし鉢に挿しながらレンは力無い声を出した。


「…そう言うんだったらぜってえ枯らすなよ…」


EGAゲームシティ:リンとレンが遊んだゲーセン。 区内屈指の大きさを誇るゲーセンであり、様々なゲームの猛者たちが集う。 3階構成であり、1階はUFOキャッチャー、2階はアーケード、3階は音ゲー、メダルゲーで構成される。 3年程前ボヤ騒ぎがあり、リンはその時レースゲーム『ワンワンミッドナイト4』を遊んでいたため逃げ遅れた過去がある。


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