7.今年こそは、きっと…
「…やることないわね」
教壇で木戸先生が口元に手を当てながら眉をひそめている。 LHRが始まってからすぐに教材等を配り終え、普通だったら学級委員を決めるとかそういう流れになりそうだが、もう既に先生が先に決めていたのであっさり終わり、掃除もするかと思ったが、実行されそうになく ──これは恐らく先生が面倒と感じている可能性がある── ついに やることがなくなってしまったのだ。
「絶望的な段取りの悪さだな。 やることねーならはよ帰ろうぜ」
横でレンがさっきからずっとそんなことを言っている。先生には聞こえてないようだけども…
しかし、事実、下校の時間までまた間が空いており、このままどうしようかといった不穏な空気が渦巻き始めた。
アタシも、眠くなってきてしまいひとつ欠伸をこぼしてしまう。
…結局さっきの「アタシと一緒で嬉しい」的な発言もホームルーム中では全く触れられず、むしろ別の話を始めたためアタシもずっと触れないでいた。
触れないでいたものの… やはり気になってしまうものだ。 単純に落ち込み気味のアタシを慰める意味で言ってくれたのかな? それとも本気でそう思って… いやいやレンに限ってありえない。現に今日出会ったばかりだし、そんな少女漫画みたいな展開、あるはずはないよね…
結構ノリで調子良いこと言うタイプみたいだし、アタシも気をつけないとな…
「木戸の姉ちゃん相変わらず段取り悪いな。なんでクラスの取り決めを自分で決めちゃうかなあ、面白くないじゃん。やはりマンションかアパートどっちが良いのかはちゃんと皆で話し合って決めようぜ!」
「何いってるのよアンタは… はなから取り決めごとに参加する気なんかなかったくせによく言うわよ。 うーん、でもアタシもここまでやることないなんて知らなかったよ。 余裕あるスケジュールは大事だけど余裕すぎるのも考え物ね」
他のクラスメイトも徐々に私語を始め、殆ど自由時間と化してしまった。木戸先生は相変わらず教団で唸っておりいいアイデアが思いつく感じでもなさそうだ。
「んだな。 はぁーあ、ダルいで漫画でも読むかァ〜」
レンがそんな事を言いつつ、引き出しから週間連載漫画雑誌を取り出し読み始めた。 あ、いいなあ、その話の続き気になるんだよなあ…
「ふあ~ またヒロインが死んだぞ、見てられないな、この漫画。 いっつもおんなじ展開や」
最初のページを捲った瞬間に渋柿を食べたような顔をする。
「え、マジ? ってかネタバレしないでよ、アタシその話の続き楽しみにしてたのに!」
と話題になるのは、週刊で連載している『ジグソーパズルな君』についてだ。 たびたびヒロインが死ぬのが特徴だが…は
「いや、ネタバレもクソもあるかいな、こんな展開。もう読むだけ時間の無駄だぞ」
しけた表情を浮かべながらそんなことを言ってくる。中々のネタバレだったけど、あの作品のお約束な展開だからちょっとガッカリしてしまった…
「えー でもその本の恋愛展開結構好きなんだけどな…」
それにレンも恋愛漫画読むのね… 地味に読んでいる漫画が被ってびっくりしちゃった。
と、まぁホームルーム中も自由にやらせてもらってるが、あまりにもやることがないため木戸先生がついに「もう、今日は帰りましょ。」と言い始めたので皆帰る準備を始めた。
「あ、もう終わりみたい。 レンも帰るの?」
漫画に集中していたのか時間差で「えっ、もう終わったんかい。」との返ってきた。
「そだよ、みんな帰るみたいだけど…」
アタシも合わせて帰る準備をする。何もなければこのまま直帰ルートだ。
ある人は部活があるのだが… 当然アタシはない。 多分、というか絶対レンもどこかの部活に属してないだろうな…この調子だと。
「ったく、初日から苦しい一日だったぜ」
彼にとって今日のいったいどの時が苦しかったのか聞いてみたいものだ。アンタ今日喋るか漫画読むかしかしていなかったような気がするのだけど…
一方レンは漫画を閉じ、鞄の中にものをしま──わない! えぇ、全部机の上に置きっぱなしにするつもりだ…
「ぜ、全部置いてくの? そういえば、レンの机の上、やたらと賑やかだけど…」
いつの間にか、彼の机の上には漫画雑誌をはじめ多くの私物が散らばっていたのだ。まさか今日こいつが持ってきた鞄の中の殆どが私物だったって言うの?
「え? 明日も学校あるんじゃないの?」
もう触れたら日が暮れそうなのでここはスルーしておく。別にお世辞にもアタシの机の中も綺麗とはいえないし、彼の机なんだからとやかく言わないけど… 木戸先生にバレたら多分怒られるんじゃないかな…
「なんでもないわ。レンは部活とかあるの?」「ないぞ」
まぁ、分かってはいたけど一応確認の為… 案の定即答。
「あ、ごめん、リン… 俺間に合っているぞ… そもそも俺運動音痴だし、マネジやっても皆を疲弊させるだけだし、歌も上手く──」「部活動の勧誘じゃないわよ!! アタシもレンと同じ無所属だから」
それを聞くと安心したようで「なんだー、驚かせがって。」っと安堵の息を吐き出した。部活動が嫌なのはアタシも同じだ、ここは同じ志を持つ同士と考えよう。
「無所属ってなんだよ、選挙の新人みたいに表現しくさって、ただの帰宅部だろうに! 調子乗ってんじゃねえぞ!」
「そう言うアンタも帰宅部でしょ! ただ帰宅部だと響きが良くないでしょ、そう言う面も考えてアタシは言葉を選んでいるの。同じ意味を持つ言葉でも表現や響きで印象は大きく変わってくるものよ。決して調子に乗っている訳じゃないんだか──」「んじゃとっとと帰るぞ」
アタシの話を最後まで聞かず、レンは一言そう言いながら足早々と教室を出ていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ〜」
早くない!?
彼がいなければアタシは一人な為、教室にいても仕方ないので咄嗟にレンを追いかけ早歩きで教室を出た。すぐに彼に追いつき足並みを揃えて彼の横を歩くことに。
「はぁ、ようやく追いついた…」
肩を並べる。
あ… そういえば彼と立ち並ぶことがなかったからあんまり気づいていなかったけど、あまりレンと身長差ないのね、彼小柄だから… 思ったより顔が近かったことに新鮮味を感じた。 男の子と話す時って大体見上げることが多いからかな…
そこまで男と話したことないけどさ。
「おぉ、廊下誰もいないなぁ。俺たちが一番早く学校を脱出できるぞ!」
彼の言う通り、通る廊下に全く人はいなかった。恐らくまだ授業中であろう、その為アタシ達が一番早く学校を出るようだ。
そのまま下駄箱で靴を履き替え外に出る。
…アタシって、何してるんだろう。勢いに任せて自然についてきてしまったけどもう今日の学校は終わったのだから彼についていく必要もなかったんじゃ…? 彼もアタシがついて来ることなんて予想していなかっただろうし、もしかしたら迷惑かも… どこかで挨拶して離れた方がいいのかな…
昇降口の広場、レンがアタシを待ってくれているのでとりあえず向かうけど…この辺りでバイバイした方が良いのかもしれない…
「あの──」「おぉ〜 すっげえ綺麗だなぁ〜」
アタシの言葉が遮られた。綺麗…?
「見てみろよ! すげえ綺麗じゃね?」
「えっ…」
レンの言葉に誘われアタシは目を見開いた。
…桜?
いつも通う、学校前の桜道… 吹き渡る風に任され桜の花びらが壮大に舞っており、アタシもその絵にも言われぬ美しさに息を呑むしかなかった…
朝は人だかりだった校庭も今はレンと二人… いつも見慣れた桜並木が今日は異世界のようにも感じられた。
「き… 綺麗…」
ただただ心を奪われる。一枚一枚の花びらが吹雪のように舞い散り、桃色の世界を創り出していた。
「だろ?」
隣でレンが微笑む。
そう…朝も一人でアタシもこの道を通っていたんだ。
あの時はものすごく憂鬱な気分だった… きっと今日も上手くいかない、アタシに友達はできないのかもしれない… ただただ不安で心が一杯だった。
だけど…
「おーおー、今日は絶好調だな!」
きっと、帰りも一人ぼっちで帰るんじゃないかとてっきり思ってた。
少なくとも、一緒に桜を見るなんてことは考えもしなかった…
けれど… 今は… 一人じゃない。
たった一日で、アタシの今までが覆りそうになっているのだ…
「ん? どうした? 下なんか向いて、ちゃんと見ておかないと桜が全部散っちまうぞ!」
きっとアタシはこの景色を一生忘れないだろう。 彼と共に見たこの景色を。
「そんな一日で全部散るわけないでしょ!」
きっとアタシは満面の笑みだろう。
彼もそんなアタシを察したのか、にやりと自信ありげな表情を作った。それを見たアタシも何故だか心が通じているような気がしてならなかった。
そして、アタシにはもう一つ。 やっておきたかったことがある。
「ねえ、レン…」
アタシはレンに一歩近づく。彼もアタシに一歩近づき「どしたん?」と興味深そうに聞き返してきた。
ずっと一人だった時の儚い夢であり、そしてこれは過去のアタシと完全な決別を意味するものであった。
アタシからこう言ったのを誘うのは初めてだ。 普通なら断られるのが怖くて誘わなかっただろう、けれどなぜだかアタシは絶対彼なら断らないと心の奥底から自信があった。
「こんなに桜が綺麗なんだから、一緒に写真撮らない?」
思い出を形にする。 今朝、学校の皆がやっていたことだけど、アタシは一度もやったことがなかった。なんだかんだで提案するのは物凄く緊張する… けれど、きっと大丈夫だ!
そして結果は…
アタシが言い切る間も無く答えが返ってきた。
「おお、ええやんええやん、撮ろうぜ撮ろうぜ!!」
そしてアタシとレンは、様々なアングルで桜を背景に写真を撮った。予想外だったことといえばアタシは一枚で終わらせようとしらけど彼が「もっといろんなポーズで写真を撮ろうぜ」とか言い始めてたくさん撮ってしまったことだ。
皆にとってはごく当たり前の事かもしれない… けれど、写真を撮っている間は写りとか関係無しに物凄く楽しかった。
そして撮影も終えた頃、少しづつではあるが、校舎から生徒が帰り始めているのが見えてくる。本当、タイミングが良かったんだな…
「ういっす、たくさん写真を撮ったしこれからゲーセンでもいくかリン! どうせこの後も暇だろ?」
「げ、ゲーセン?」
突然の彼の提案だ。どうせという件は少し気になるものの、全く間違えではないので反論せず「まぁ、一応暇だけど…」と渋々答えてみせる。
マジか… ゲーセン誘ってくれるの!?
回答は渋々だけど、内心凄く嬉しく感じていた。
「おぉ、じゃあ行こうぜ行こうぜ!」
レンは何事も唐突なことが多いような気がする。けれど、アタシはかなりゲーセン好きな為彼の提案には大歓迎だ。
それに… 学校の帰り道で友達と遊ぶなんて今までしたことなかったし、二重の意味で嬉しさで心が満たされる。
「うん! 行こう!」
アタシの答えを受けるとレンは歯を見せた。今朝の麻雀のリベンジでもするつもりなのだろうか、まだ現地にもついていないのにアタシの鼓動が早くなってしまう。
「んじゃ、とっとと行こうぜ!」
彼の合図に合わせ、学校を出ようとするも急に「おっと。」と何かを思い出したように立ち止まった。
「どうしたの? 忘れ物?」
少し顔を覗き込み様子を伺うと、彼はさっとスマホを取り出した。
「いや、ちげえ… そうそう、連絡先交換しようや。」
「連絡先…?」
彼が自分のスマホの画面を見せてきた。
人気SNS「WINE」の交換のことだとアタシは理解する。
あ、そうだ… なんだかんだでレンと連絡先を交換していなかったのだ。別に忘れていた訳ではないが声をかけるタイミングがなかなか無かった。
そしてふとこんなことが思い浮かぶ…
…アタシの学校生活の初日、こんなにうまくいって良かったのだろうか?
形はどうあれ、話せる人ができ、一緒に写真を撮り帰りに一緒に遊びに行く。お互いを名前で呼び合う形となり、連絡先まで交換する。
これ… 明らかに充実していないか? 文面から読み取ればそうだよね… 過去のアタシなら絶対に縁のない生活だったはずだ。
ここまでくると怖いくらいになるけれど、アタシはついにニヤケが止まらず笑ってしまった。
「ふへへ… ワインでしょ? いいよぉ…」
「な、なんだ急ににやにやして… 不気味だぞ…」
若干引き気味なレンをよそにワインを通し連絡先を交換する。 ピロンという軽快な音がなりお互いは画面を確認し画面を閉じた。
初めての… 友達のラインかもしれない…
改めてアタシのワイン友達は家族ぐらいであり、クラスのグループワインすら所属していなかった程なのだ。
またも耐えきれず自然と笑みが溢れ始める。もうだめだ、にやけが止まらない。
「ふへへ… ありがと、レン」
本当にありがとう…
心からの感謝だけど、彼には響いていないのかも知れない。それでもかまわない。
今日はまだ、初日であり、これから2年生生活がどのようになるのか全く分からない。場合によってはレンとの関係も短期的な繋がりになってしまうかもしれない…
でも、アンタは気づいていないかもだけど、アタシはレンのおかげでこの一日… たった一日で大きく変わった。変わらせてくれた。
できればこれからもずっと、ずっと仲良くしていきたいな…
少なくともアタシはそう思っている。
「おいおいおい、なんでそんなににやけてんだよ。流石に気色悪すぎるだろォ…」
「なんでもない、早くゲーセンいこ!」
あの時は帰りもこの道を一人で歩くものだと、そう思っていたけれど…
二人で歩く帰り道… こんなにも足が軽く感じられたことは今までに無かった。
本当にありがとう… レン。
WINE:グラスホッパーネットワークヅが開発した世界的人気のSNSアプリ。 無料通話他、ビデオ会議機能、多種なスタンプ、ワインで決済する、WINE PAYなど機能は豊富。1年ほど前WINE PAY事業において個人情報流出問題があり一時期世間を騒がせた。