6.テンションだって上がります!
結局あれから一悶着ありアタシは勝手に彼のことをレンと呼ぶことにした。そしてどうも寒いらしくレンから暖房つけるように指示されたので、やむなく、やむな〜くアタシはそれに従うことに…
人をいいようにコキ使って! 後で覚えてなさいっ!
ただ、暖房をつけようとしたが、周りで談笑している男子生徒が暑そうに上着を脱いでいたのを見て何もせず引き返すことにする。ここで変なことをして彼らの琴線に触れたところで空気が悪くなってはいけないと思い… とどのつまりこれはアタシの良心だ。
──決して面倒臭いとかじゃないぞ。
「ふぃ〜、これでようやく暖かくなるぜ。こうも寒くっちゃどうしようもねえな」
戻ってくるアタシに対してわざとらしくブルブルと震える演出を見せてくるレン。地味にうまくて感心してしまう。
「今つけたら向こうの男子達が怒ると思って何もしてないわよ。ほら、暑そうにしてるじゃん」
「ハァ!?」っとすぐに素っ頓狂な声が返ってきた。
「な、何もしてきてねえのかよっ… お、俺が凍え死んでもええっていうんか…」
顔を真っ青にしながら声を震わせる。
何アホなことを、流してやる。さんざんアタシをおちょくった罰よ。
「アンタの所は寒いかもしれないけど、クラスメイトで上着を脱いでいる人も多いし適温じゃないの? 別にアタシも特段寒いとは思ってないけど〜?」
「マジかよっ!! はぁーあ、あの筋肉バカ共と不渡稟め、やったら新陳代謝だけはいいのか知らねえけど、汗っかきは女にもてねーぞ畜生。」
「よくもまあ、筋肉バカとアタシをひっくるめてくれたわね!!」
しれっとアタシが含まれていたけど、アタシは聞き逃さないからねっ!
また彼のいう筋肉バカという存在はあまりクラスで見かけないが、暑がりな男は皆筋肉バカになるようだ。
「あー、すまねえ。不渡稟と筋肉バカ共の間違いだった。この辺りは訂正してやらないとな」
くっ… 煽りだけは一丁前なんだから!
「でも、そんな筋肉バカ共も女の子と楽しそうに話してるわよ」
アタシがわざと嫌味ったらしく伝えるとレンは「はぁ? そんなことあるのかよ!」と割と真面目な驚きを見せる。
ここでコイツは刺さるのか… っとどうも彼のダメージポイントが掴めないなぁ…
「てか、アタシはスマート家電じゃないんだから、雑用を依頼しない!」
「まったく、しかたねーなー。なんだよ、なんで汗っかきの方が女にモテるんだよ、意味わからねえ…」
アタシが注意してようやく懲りたのか、ブツクサ言いながらジャケットを脱ぎ鞄からカーディガンを出して羽織り始めた。
──持っていたんかい!
「スマート家電は反論しねえのに、よく言うぜ。はぁ、でも俺がずっと生徒会にスマート家電設備にしろって意見出しているのに奴ら全然俺の話聞かねえんだぜ!? どう思うよリン? アイツら頭がピーマンか何か出来ているとしか思えんのだけど」
「現実的に無理ってことでしょ諦めなさい」
全校でもトップクラスの頭脳が集まるとされる生徒会に対してピーマン呼ばわりとは中々大した人物である。生徒会も大変だろうな、こんな厄介者の意見まで目を通さないといけないなんて… 少なくともアタシには絶対に無理。
時計を見ればもうすぐ次の授業 ──というか、ホームルームだけど── が近づいてくるのに気がつく。
「えーっと 次は何だっけ? 帰宅?」
彼が気がついたようにカバンに荷物をしまい始める。 帰宅意識高すぎるでしょこの人…
「違うわよ、たぶん教科書配ったり、クラスで取り決めをしたりするんじゃないの?」
「取り決め!? 俺らで何か決めることとかあるんか!? あ…あるか… ヨーグルトとチーズ、どっちが美味いか決めねえといけねえしな! これはいけねえ、俺としたことが。絶対ヨーグルトに旗があがるように今のうちに賄賂とかしねえと負けちまうぞリン!」
「なんでアタシら全員が話し合ってチーズかヨーグルトが美味しいか決めないといけないのよっ!! 違うわよ、例えばクラスの委員長とか、今後のクラスの方針とかあるじゃない?」
チーズかヨーグルト、どちらが美味いか話し合うホームルームを想像すると中々シュールだ。ほんの一ミリくらいは興味があるが、絶対そんなことは起きないだろう。それを決めたところで今後生活に何の意味があるというのだ。
彼は「なんだー」といかにもタルそうな声を上げ、とりあえず荷物をしまうのは諦めた様子だ。
「マジかよ… はーあ、なかなか気分が盛り上がるスケジューリングとは言いませんな。参考書を配って何の意味があるんだよ… 教諭共は頭湧いてるのか?」
絶望的な表情を浮かべながらスマホをいじりだす。 いや、アンタは今日遅れて登校したのだからもう少し我慢するべきじゃないか?
「そう毎日気分が盛り上がるスケジュールが組まれていると思ったら大間違いよ。」
授業がないだけマシではないかと思ってしまう。
「本当にいるよ… ウチのクラスに…あの二人が…」「まさか、こんなことって…」「綺麗…」
アタシとレンとの会話の合間、無意識に耳に入ってきた他のクラスメイトの会話。
先程からずっとレンとの話に夢中になっていて気が付かなかったが、このクラス… 先程からなんだかざわついている様子が伺える。
「うぉお!絶対このクラス当たりだぞ! 4組でよかったぁ!」「マジかマジか、あの二人と同じクラスだなんて夢見たい!」「いやぁ、俺死んでも良いかも」
教室端の男子共が異常に鼻息を荒くしている。教室外からも多くの人が何かを覗くように集まってきており、一体何が起きているのかアタシも気になってしまった。
「んあ〜」「ちょ、ちょっと黙って!」
彼を黙らせ、アタシは耳を澄ます。
ぼっちスキル、「エアインスペクション」発動。 説明しよう、「エアインスペクション」とは教室内の会話から瞬時に空気を読み取り、周りが一体何について盛り上がっているかを察知する能力である!
「何お前はクラスの会話を盗み聞きしてるんだ? 気になったなら直接聞けば良いじゃねーか」
「な、なんだアタシのやっていることがバレたのよ! うるさいわね!」
盗み聞きなんて人聞の悪い。というか、アンタは気にならないの? この異様なざわめきを!
…あんまり興味なさそうか。
「マジか…」
自然と声がでてしまった… このクラスの異様な雰囲気、その要因が判明しアタシも言葉を失うしかなかった。
な、なんで今まで気が付かなかったのだろう… レンと話していたから!? いやいや、それでもこの自分の鈍感さは流石に自身でも引いてしまう程だ…
まさか… こんなことって…
こんなの盛り上がるに決まってるじゃない…
このアタシですらも鼓動が早くなる。
「うおーい、一人で楽しんでねえで俺にも教えろやーい!」
「あ、アンタ、知っててそれ言ってるでしょ!?」
野次を飛ばすレンについ勢い良く噛みついてしまった。流石に少し驚いたのかレンは「なんだよ急に…」と眉を顰めた。いや、彼なら絶対知らない訳がない…
むしろ今まで知らなかったアタシがおかしい程だ。
「い、意味がわからねえぞリン… 一体、どうなってやがるんだ…!! 俺にも教えろ!! 何が起きてるんだ!!」
アタシの両肩を持ちゆさゆさと揺らしてくる。目、目が回る〜!
ちょ、ちょっと待って、そんな急に未確認生物に突然襲われた映画の主人公みたいな迫真な表情で言われても困る。 流石にそこまでじゃないし、アタシは寸劇を始めた訳でもない。勘違いしてはいけない。
とりあえずレンを静止し、アタシは一呼吸置いて話し始めた。
「まさか、あの二人がこのクラスに在籍していたなんて… アタシは思いも寄らなかったわ。アンタは当然知っていたでしょ?」
「おぉ? 歯に衣着せぬ発言だな随分と。二人…?」
更に疑問符を浮かべるレン。
「あの 蒼葉 未鈴と 売木 涼楓の二人よ!」
「はぁ?」
え… ピンと来ていない…? そんな馬鹿な…
「あ、アンタそれマジで言ってるの?」
目を疑い一旦距離を置く… ちょ、ちょっと待って、こんなことってあるの。
「は?リン… お前何言ってるんだ…だからもう少し詳しく教え──」「だからアクション映画ごっこはやめい!!」
またも肩を掴んでこようとしてくるのでパリィしてやる。
ちょっと、アタシが真面目な表情を浮かべるとすぐのってしまうようだ。
「えー、エイリアンが現れたんじゃねえの?」「んな訳ないでしょうが!!」
なんでエイリアンの個体名が日本人名になってるのよ!!それになんでアンタはエイリアンの登場じゃないと分かってそんなに落ち込むのよ!! アンタの基準が全く分からないわ!!
「んだ、つまらんなー」
「えぇ、アンタ、あの二人のことを知らないの?」
蒼葉未鈴に売木涼楓、この学校では知らぬ物はいない、有名人だと思っていたのに…
それも男のアンタがピンとこないなんて… 空いた口が塞がらないのだけど。
「うーん、名前を聞いたことがあるくらい? ていうか、なんでそんなに一人で騒いでるんだ?そいつらプレデターより強いのか?」
「騒ぐに決まってるわよ、城岬高校屈指の美少女二人よ、そりゃこんなに騒ぐって!」
プレデターの件は無視だ、この現代日本は強さが全てではない。可愛くて容姿端麗な人が強いのさ!
「は? そいつらどこにいるんだ?」
教室の中にいると思うが、どうやら人が溢れていて本人達が見えない。
「ちょっと移動しないと見れないかな… まぁ、LHRが始まったら人も捌けると思うし、その時に見れば良いんじゃ──」「うーん、ちょっと待ってろ、最近あんまり使ってねえから、拭いてやらないと」
いつの間にかレンがどこからともなく双眼鏡を取り出しメンテナンスを始めていた。これ… ツッコんでやらないと流石に可哀想かな。わざわざ小道具用意しているし…
「そんな遠くにいる訳ないでしょーが! 教室の中よ、双眼鏡なんてオーバースペックよ、せいぜいメガネにしなさい!」
「俺の視力を舐めるな。裸眼で2はあるぞ」
今はそういう話をしていないって! しかもそんなキリッとした表情しないで。かっこよくないから。
「んまあ、よくよく考えなくても可愛い子がいたらそりゃ皆テンションが上がるわなぁ〜、かくいう俺自身も──」「あー、今見える!! 今見えるよレン!!」
邪魔だった生徒が少し動いたためちらっと見えた為、アタシが興奮して手を叩きながら彼のお喋りを制止する。彼も「おぉ」っと声を上げ、アタシの指差す方向へ視線を向けた。
あぁ… 見えた。 まさかこのクラスに所属していたとは。
さらっとしら黒髪を肩まで伸ばし、その端正な顔立ちは見るものを魅了してやまない。ブレザーに強調された大きな二つの膨らみに、キュッと引き締まったウエスト、スカートからすらーっと伸びる長い脚が特徴でその声は名前の通り鈴の音のように心地よい… 蒼葉 未鈴がアタシの視界の中に入ってくる。奥で男子たちに声をかけられているようでその絶大な人気は相変わらずのようだ。
「や、やば… 」
眩しい… クラクラしそう… 美少女パワーは女のアタシでも効果抜群だった。
「お〜」
隣で感嘆する声が聞こえる。 流石の彼も言葉を失ってしまったか。
「や、やばくない!? アタシあんな近い距離で蒼葉さん見たの初めてなんだけど!」
レンの両手をアタシの両手で包み込み今の尊い感情を共有する。彼もきっと分かってくれるはずだ、この尊い感情を!
「そうだなぁ──」「あー、売木さんも見えるよ!!」
今度は蒼葉さんの近くで談笑する売木さんが見えたので、体の向きを変える。
茶色かかった髪色だが恐らく天然だろう、ショートヘアが恐ろしい程似合う綺麗な小顔、そしてどことなく活発さを秘めた眼差しで今日もみんなを元気付ける、白岬のアイドル、売木涼楓だ。
美しいという表現が合う蒼葉さんに対して、売木さんは可愛さや愛嬌といったところだ。
売木さんはとにかく運動も勉強もできる為、その可愛さと無敵っぷりは誰もが追いつけない程で学園チート呼ぶ人もいるくらいだ。
「やばい… 本物の売木さんだ…」
感情が抑えきれない、はぁ… 心が癒される!
「売木…?どこかで聞いたような──」「そりゃここの学校に通っていれば一度は絶対耳にするはずよ!」
はう… 売木さんもこんなに間近に見えるなんて夢のようだ。
そんな二人がまさか同じクラスだなんて… 我ながらテンションMAXになってしまった。
可愛いものを見たら元気が出る、アイドルに出逢ったら嬉しくなる、当然のことで当然の反応をしたまでよ。今朝のブルーもこれで吹き飛んだぐらいね。
「…お前随分と喋るなあ、絶対興奮すると自分を見失うタイプだろ…」
「本人には迷惑かかっていないからいいの」
一旦落ち着こう。彼から教わった深呼吸を実践し気持ちを整える。
「でもやっぱりアンタも気になっちゃうでしょ、あんな可愛い顔が好きそうだし」
アタシが揶揄ってみせると「そりゃそうだ」とすぐに返事が返ってきた。なんだ、もう少したじろいでもよかったのに、つまらない。
「そりゃ、可愛い子だもんで気になるぞ。あの二人か彼氏とかいるんかな? リンどうよ?」
なんでアタシに聞くのよ、それは本人に聞きなさいよ。
「ふ、二人とも居ないみたい。これも結構有名な話よ、当たり前だけど凄いコクられているらしいけど、どこもうまくいってないみたい」
それこそサッカー部のエースや超イケメンな先輩方でもダメだったと聞くに、恐らく二人は彼氏を作る気が全くないのだろう。それでも懲りずに男子共は集まってくるのだが。
「マジか〜 難攻不落とはこのことだなぁ〜」
さも人ごとのように発言するレンなので、彼は恐らく急に告ったりはしないだろう。あっ、でも結構能天気だしもしかしたらするかも…
「しっかしなあ、あんな可愛い子がいたらそらみんなハッピーだわなぁ」
彼の言うことは全くもって同意だ。二人とも普通にいい人だし…
でも、アタシみたいな凡人が仲良くなれるチャンスはないだろうな…
別に比べている訳じゃないけど、同じ女として全然レベルが違うと改めて感じる。片や文武両道の二名に対しもう片方がゲームが好きなただの一般人なのだから、才能の差というのは本当にあるものだと現実を思い知る。
けど、だからと言ってアタシは見ているだけで満足なのでこれ以上は求めないけど、同じクラスになったんだ、ちょっとだけでもいいから話してみたいな。
「そうね、アタシが来たって喜ぶ人なんかいないのにね…」
つい声に出てしまい後悔する。アタシなんて比べられる対象じゃ全くないのにね、嫌になっちゃう。
でも現実そうなんだ、アタシには魅力が無い、人間として惹かれる「モノ」が無いんだ。そんな人が来たって誰も喜ばないのは当然のこと。
だからそれを自覚して行動しないといけない、春休みにそう誓ったじゃないっ。
それに… レンみたいな仲の良い子が出来たと言うのに、ネガティブになってはだめだ!
顔を上げて愛想笑いで誤魔化そうとし彼の方を向いたが、目に映ったレンの表情は真剣そのものだった。
「いや、俺はリンと一緒のクラスで嬉しいぞ」
「えっ?」
このタイミングでチャイムがなりロングホームルームが始まった。
スマート家電:声に反応し電気をつけたり、音楽を流したりするAIが搭載されている家電のこと。城岬高校にはそんな立派なものは常設されていないため人間をスマート家電として使うことが多い。