2.ガールミーツボーイ?
入学式が予定より早く終わった。つい、校長の長い訓話が始まるかと思いきや、「今日は寒いので挨拶だけにします。おめでとう」とだけ言って手短に終わらせてくれた。確かにアリーナは中々寒くずっといたら耐え難いものだったのかも知れない。
入学してきた一年生の目は皆キラキラしており、アタシも一年前はあんな若い時があったなぁと今は草臥れたベテラン戦士が如く、思考も年老いていた。
さて、そんな期待感はいつまで続くのか大変見ものだ。先輩からのアドバイスを一つ申すとすれば「例えぼっちが好きでもとりあえず4月は人並みに友達付き合いをした方が良い」ぐらいだな。ぼっちから一人になるのは難しくないが、その逆は遥かに難易度を増し時期によっては取り返しのつかない時もある。一人が好きでも4月くらいは交友関係を広げた方が、後になった時の選択の幅に大きな差が出るから。何にしても後悔のないよう自分に対して嘘を付かずに過ごして欲しい…
っと、アタシのアドバイスなんて聞こえもしないのに、何考えているんだろう… っと思ってしまう。それほど過去に執着している証だ。
アタシはアリーナから教室へ帰るついでにトイレを済まし、教室へ戻る。結局入学式直後も誰とも話せていなかった。今日はアタシの席の左隣… 教室窓際の子が来ていないのは残念な事だが、右隣の子なら登校して来ている。だから、勇気を出して右隣の子に話しかけてみよう。何事も自分からだ…
鏡の前で決意を固め、少し笑顔の練習をする。そもそも笑顔を作ること自体慣れていないからかなり不自然だが、それでも不気味までとはいかないだろう。相手も人間だ、明るく接せればしっかりと答えてくれるはず。
廊下は少し寒かった為早歩きで教室に戻り自分の席に着こうとしたが…
「えっ…」
つい、足を止めてしまった。窓際の席に男の子が座っていたのだ。髪型は特に格好つける事のないミドルヘア。席に座っているため正確には分からないが、どちらかというと小柄な男だろう、体格は正直アタシと大差ない、胸元のネクタイは緩んでおりどことなくだらしなさそうな雰囲気だけは読み取れるがそれ以外はいたって普通の男の子だ。そんな彼が窓際の席に腰掛けふわぁっと欠伸をこぼしなら為何食わぬ顔でスマホゲームで遊んでいたのだ。
い、いつの間に来ていたんだ?
アタシが入学式に行く前には居なかったのだから、恐らく入学式の間に登校してきたのだろう。
色々と思いたいところはあるものの、とりあえず自分の席に戻ろう…
そう考え、一歩一歩、恐る恐る自分の席に近づいていく。彼はどうやらゲームに夢中でアタシのことは気づいていない様子だ。
ともすれば… と、とりあえず挨拶しなきゃ。人見知りしてはいけないし、これから当分は隣の席になる関係なのだから。それに何より過去のアタシを乗り越える意味でもこの挨拶一つ、重要な意味を成していた。
あ、あくまで自然だ。自然に装い隣の男に「おはよう、これからよろしくね!」とフレンドリーに声をかけるだけだ。
一瞬の間、脳内で幾度もシミュレーションを行った後、さぁ元気よくいくぞ!っと十二分に心構えもできたその時だった!
向こうの方がアタシに気が付いたのか
「よっす!」
と軽く手を挙げながら挨拶してきた。よ、よっす?
アタシは作戦を一気にぶち壊された為、脳内がフリーズしてしまう。えっ、向こうの挨拶早くない?あ、普通はそんなもんか。
「よ、よっす…?」
反射神経を頼るしかなく、彼と全く同じように軽く右手を肩のあたりまで上げて疑問符付きの挨拶で返してしまった。
もう、これはアタシの脳内シミュレーションに1ミクロンも存在し得ない挨拶パターンであり、「何してるんだろうアタシ、もっと他にやりようはあったじゃないの!」っと脳内司令塔も暴れ倒す勢いで色々暴走してしまっている。
目がぐるぐるとなってしまうアタシと対し彼は更に続ける。
「お、もう帰ってきたのかァ〜、思ったより早く入学式が終わったな~ 入学式はどだった?」
一瞬頭真っ白になるアタシを無視し、彼は一方的に話し始める。 え、え、ちょっとまって!?
だ、黙るのが一番ダメだ! アタシは寝ぼけた脳を無理矢理叩き起こす。
「あ~ うん、普通だったよ」
これしか返せなかった。
「まぁ、そんなもんだろうなぁ。異常な入学式もあっちゃ困る話だし、あぁでも可愛い新入生とかいたんだろうなぁ〜」
え、まって。滅茶苦茶喋るんだけどこの子。しかも声はしゃがれていてかなり早口でそれなりに集中していないと聞き取れない。
「ほんで、校長なんか言ってた? 」
「あいさつしか…言ってなかった」
だめだ、完全に押されてしまっている。まるで英語のリスニングが如く言葉の雨霰に聞こえてくる為今の状況じゃ聞き取りに精一杯だ。
「まじか、そんなこともあるんだな、ってかアリーナ寒かったでしょ、よくやるぜあんな極寒の中で…ご苦労なこった。こんな寒い中で晒された新入生も流石に可哀想だわなぁ。いいかげん高性能の暖房をつけろと生徒会にずっと意見を通しているけど全然俺の意見聞かねーし、ふざけてんのかと思うわー。案の定、極寒の中での入学式だったし、これを反省して明日からアリーナに充実した暖房器具を設置してくれって感じだよなぁ〜、んでもって──」
凄い喋る。とにかく凄い喋る。まるで独演会のようにベラベラベラベラと…
というか、なんだこの人! 初対面の人にすっごい馴れ馴れしく話す。まるでアタシが旧知の友人か何かと勘違いされているが如く話出す。ただコミュ障のアタシには救いかもしれないけど、アタシが地蔵と化してしまった。ただ、それもいけないという気持ちが昂りアタシは彼の会話を妨げるような形で声を上げた。
「て、ていうか、君、入学式来てなかったよね!? い、いつの間に来ていたの?」
かみかみだ、もう心中パニクっているのがわかってしまう。
アタシの言葉を聞いた彼は会話を妨げられた不快感は一切表さず、「あー」と声を漏らした。
「さっき来たんよ。 いやね、寝坊したワケじゃなくてさ、朝は起きてたけどゲームが終わらなくて… いやぁ、俺だって校長の訓話聞きたかったぜ、参加できなくて非常に残念かなと思ってたけど… 手放せない時だってあるじゃん。まぁ、でも今日は挨拶だけで終わったみてーだし参加する価値無かったようだな」
入学式の参加価値を校長の話で評価するのかこの人は…
もう、何の話かと言ってしまえばそれまでなのだが、実はこのやりとりでアタシは日本語が通じる相手だと物凄い安心してしまっていた。
そういえば、相手の勢いがあり過ぎて未だにこの人の名前すら分からないんだけど…とにかく、名前を聞かないと。
「はぁ~あ、まあ取りあえず自分の席すわったらどーだ? そんなとこ突っ立てても邪魔になるだけじゃね?」
「あ…」
相手に促され自分の席に座る。だめだ、完全に今の状況は相手の方が上手だ。
どうしよう、何か話さないと… せっかく話しかけてくれたのだから…
コミュ障特有の話題探りで悩みながら横の彼を見れば仕切りにキョロキョロとあたりを見回していた。
「はーあ、今日クラス発表があったばかりなのに、もう仲良しグループができてらぁ、コミュ力お化けはすごいですなー」
アタシに話かけているのだろうか? よくわからないが「そうですね…」と何故か敬語で返してしまった。
だ、だめだ! せっかく相手が話しかけてくれているのに! 仕切り直して「だよねー アタシも真似できないな!」と明るく返さない—
「あ〜あ、今日は授業もないのに皆よく学校に来るもんだぜ。俺は真面目だから休んだりしないけど、来てびっくりしたぞ、過半数は休んでるんじゃないかって思ってたからなぁ〜」
ダメだ、追いつかない!! アタシが考えている間に話出す。ゲームとかで言えば自分のターンに行動する相手モンスターみたいなもので一切のタイミングをこちらへ譲ってくれないようだ。
ただなぜか心の隅に「そんな休むわけないでしょ!」っとツッコンでしまうアタシはいたが、それ以外は存在していなかった。初対面でそんな野暮な発言は流石に控えないと…
とりあえず無難な選択で申し訳ないけど黙るわけにはいかないから「そうだね」と同意はしないと… って、これに同意すると入学式の日はクラスの過半数が休んでもおかしくない日という訳のわからない理論に同意してしまうことになる! レ、レイセイになれアタシ!!
「はーい、皆さん。 ホームルーム始めますよ」
言葉の選択に迷っていたその時、タイミング良く担任の先生が合図をしながら教室に入ってきた。
これには救われた… と思う自分と、何やってるんだアタシ… と思う2パターンの自分に分岐してしまった。
ひ、ひとまず取り乱れた心を落ち着かせよう。 深く深呼吸をし、呼吸を整える。
さっきは、相手の先制が早かった為動揺してしまった。だけど、相手がそういう人物と分かればアタシもそれに合わせるだけだ。落ち着け、アタシ… 次はしっかりとやっていこう。
このLHRの時間は、崩れた自分の体制を整える神が与えたわずかな時間だ。LHRが終えた後はしっかりと話していけばいい、今は平常心に戻る貴重な時間だ…
とか考えていた自分は非常に甘かった。
校長の話:稟の通う城岬高校の校長は話が長いことで有名。 今年度の入学式は寒いので挨拶のみに終わらせ生徒から盛大な拍手に見舞われた。