15.コーラ味のパン
城岬高校の食堂はかなり大きく、最近改装されたこともありかなり綺麗だ。
天井は高く、大きな天窓もある学校施設にしてはかなりスタイリッシュなデザインもであり、生徒から人気も高く憩いの場所の一つとなっている。
お昼時真っ只中ということもありかなり混雑していたが、二人向かい合う小さな席が一つ空いていたため、とりあえず席を確保することにする。
「後で来る」とレンから言われたので、何もせずただ座って待ってかれこれ5分ほど経っていた。教室と比べかなり賑やかであり、他の人の声もよく聞こえてくる。あちらの話題は最近のFPSゲームの話であり、向こうの話題は彼氏彼女の恋バナだ、あそこの集団は今後の部活動の方針について語り合うなどあちらこちらでいろんな話が展開されており、アタシの『エアインスペクション』もかなり鍛えられるだろう等と一人でくだらない事を思っていた。
彼からは「先に食っていて良いから」と言われたものの、ここで一人だけ食べるのもなんだか味気ない、せっかくレンと一緒に来たので彼が来るまで一応待っていたのだが…
「ういっす」
ようやくレンが戻ってきたようだ。アタシの向かいの椅子に座りバンッと勢いよくトレイを置く。
彼が持ってきたもの見ればトレイの上に購買で買ってきたであろうおにぎりをはじめ、パン、デザート、挙句の果てにはおやつなどかなりの数の食べ物が山積みになっており、アタシは言葉を失ってしまった…
「ういっす、食うぞ!」
「あ、アンタ… こんなに食べれるの!?」
とてもじゃないが、一人で食べ切れる量ではない。そんな心配に対し彼は「かまわねえかまわねえ、余ったら持ち帰れば良いだろ?」と言いながら呑気に食べ始めた。
とりあえずアタシもそれに続き一個しかない焼きそばパンを食べ始めるけど…
「それに、お前も食えば良いじゃねえか」
レンの言葉に焼きそばパンを食べるアタシの手が止まってしまった。た、確かにアタシも食べれば多少数は減るのかもしれないけど…
「えっ、アタシもいいの?」
「え? お前ダイエット中じゃないんだろ? そんなパン一個じゃ腹減らねえか?」
それはごもっともだけど…
戸惑うアタシに彼は「むしろ食ってもらわんと残るだけだぞ」と付け加えるのでお言葉に甘えておにぎりを一個頂くことに。
「くっそぉ、さっきの鳥マジで許さん。意味が分からねえ、俺の弁当だけ奪いやがって…」
むしゃむしゃと勢いよく食べている様子を見れば半ばやけ食い状態のようだ。だからこんなに買ってきたのか?
「そんなに早く食べると喉に詰まっちゃうよ…」
お腹にも良いことないし、まだ時間はあるのだからゆっくり食べれば良いのに…
アタシは一口お茶を口に含み、パンを齧る。
はじめは先ほどの鳥の件で愚痴ばかりこぼしてたが徐々に「うまい、うまい」といった類の発言に変わっていく。
そんな彼を見ながらアタシはついぼーっとしてしまった。
…去年はここの食堂に来てもずっと一人で食べていたので、こうして目の前に人がいる状態でご飯を食べるのは中々新鮮だな…
あの時は一人でも良かったと思って別に居心地の悪さは感じていなかったけど、こうして二人で一緒に食べるご飯は焼きそばパンといえどとても美味しく感じられた。
正直、レンが食堂に行く時しっかりアタシを誘ってくれたことはとても嬉しかった。あのままアタシが教室に残っても寂しい本当のぼっち飯となってしまっていたのは間違いなかったから…
それに…
「おい、リン。 見てみろ、こんなの売ってたぞ! 気になったから買ってみたんだけど、一緒に分けて食ってみようぜ」
声をかけられ「はっ」となる。
彼が見せてくるのはかなりイラストが凝った袋で包装されている… どうやらコーラ味の菓子パンのようだ。アタシも初めてみる謎の味だ。
「何それ… 美味しいの?」
思わず顔が引き攣ってしまう。パンとコーラの組み合わせなんて今まで聞いたことがない。
「わかんねえから一個買ってみたんじゃねえか、たくさん買って不味かったら元も子もねーからな!」
なるほど、アタシと試食するためにわざわざ買ってきたのか…
レンは勢いよく袋を開けて、デザートについていたプラスチックナイフを取り出し真っ二つにパンを分けた。丸型のパンが綺麗な半月形となる。
「ほらよ、こっちの半分やるぜ」
そう言われたアタシは恐る恐るコーラパンを手にとって食べてみる。
うーん…
味は… コーラといえばコーラだけど、なんだか甘すぎて…
「…あんまり美味しくないわね」「──そうだな。一個どころか半分で十分だな」
なんとも言えない味が舌に残ってしまいアタシは緑茶を飲むことに。
…でも、このノリは楽しかった。友達とご飯を食べるってこういうことがあっても良いよね。
アタシも、こうして食堂に集まる人たちのように友達と話しながら一緒にランチが出来ている… ただ、それだけでアタシの心は満足感で一杯だ。一緒にゲーセン、一緒にランチ、一緒に下校… もうアタシの夢の大半が叶っているような気もしてきた。これも全てレンのお陰であると… こればかりは認めざるを得ない。
なんだろう… レンといる時間が普通に楽しいな。
「ん? 俺の顔に何かついてるのか?」
「傷… ほっぺに傷がついてるわよ。さっきの鳶で引っ掻かれたんじゃない?」
「うっへ、マジかよ!あー、マジでさっきの鳥許さん!次見つけたらただじゃおかねえ…!」
傷とは言っても、ちょっとした引っ掻き傷で別に血は出ていない程度だ。 ただ、あいつの顔を眺めていたことが恥ずかしくて適当に誤魔化しただけである。
そんなアタシは焼きそばパンを食べ終えおにぎりへ手を伸ばす。やはり思った通り焼きそばパンだけじゃアタシのお腹は満たすことができなかった、食べ盛りだからね。
これにはレンに感謝だ。
「いただくわよ」
「うっす、焼きそばパンだけじゃ足りねえだろ」
ご明察! なんてね!
「あ、レン君大丈夫だった?」
うん? ここで聞き覚えのある声がする… 恐らくレン君というのは目の前でおにぎりを夢中で食べている彼のことを指しているのかと思われる。
「れ、レン!?」「よっす!」
アタシもおにぎりを食べていた為、近くに来るまで全然気が付かなかったけど、まさかの悠木恋さんが目の前に立っていたのだ。本日3回目。相変わらずポニーテールが美しい!
そんなことはどうでも良いとして、どうしてここに!? っと聞く前にこちらの蓮がすぐさま近くにあった椅子をアタシ達の机の近くに持ってきて恋の座る席を作ってくれた。これはナイスプレイ!
「あ、ありがとうレン君。あと、さっき鳥に襲われてパン取られちゃったみたいだけど…」
おどおどしながらとりあえず腰掛ける恋。あれ? さっきまで皆とご飯食べていたんじゃ…? 抜け出してきたのか、それとももう食べ終えたのかどちらかだと思うけど…
いずれにしても、いずれにしても…??
えっ、ちょっと待って、彼女が来てくれたのはとても嬉しいんだけど、ますますアタシの理解が追いつかなくなってしまった。
恋がわざわざこちらに来た理由って… こっちの蓮を気にかける為? そんなまさか…
いくら恋が良い人とは言えそこまでしてくれるなんて…
だとしても… あまりにも脈絡が無さすぎないか?
ただ蓮は何もなかったかのように「そうだぞ、マジでふざけてるだろォ?」と同調を斡旋しているけど…
恋はトレイに置いてある大量の食べ物や彼の様子で色々と察したのか「ほっ」と一息肩を落とした。
恋には色々気になることはあるけど、野暮なことは聞くのはよさそうだ… 別に歓迎していない訳ではないし言及するのは控えよう…
「まさか今のタイミングで来るとは思わなかったけど… ほら、ちゃんとあるぜ」
っと、彼が恋の目の前に三切れほどに小分けされたカステラを置く。購買から買ってきたもののようだ…
「えっ、いいの?」
「ん? カステラ好きじゃなかったのか?」
蓮の質問に彼女は首を横に振った。
「好きだけど… これ、レン君やリンのものでしょ? 私がもらっちゃってもいいの?」
「大丈夫だよ。アタシ達もこれだけの量食べれないし、他もパンとかおにぎりとか、おやつとかあるから食べなよ」
それを聞くと彼女は「ありがとう、二人とも」とお礼を述べ、カステラの袋を開け始めた。開けるとすぐに甘い卵の匂いがして、とても美味しそうだ。
「わざわざ来てくれてすまねえなあ、こんなもんしかねえけど、適当に食ってってくれや」
彼女の好きそうな甘いお菓子を目の前に固め始める。
…こちらの蓮は特に何も思っていないのか、あくまで彼女をもてなすようだ。
「ありがとう。あ、これ三切れあるから、レン君とリンにもあげる!」
と渡された一切れのカステラ。アタシは一言お礼を言って口へ運ぶ… 甘すぎず、風味がしっかりしたカステラだ。
向かいに座るレンも「サンキュ」と言いながら美味しそうに食べている。
やはり違和感を覚えるのはアタシだけだろうか… 美味しそうにカステラを頬張る恋… それはすごく可愛くてずっと見ていたいものだけど…
気にしすぎるアタシがおかしいのかな…
「おいしいよ、レン君。本当にありがとう!」
その輝く笑顔に蓮は黙って親指を立てた。こんな可愛い子に喜んでもらえたのなら本望だな。
「まあ、俺達は昨日親睦会来れなかったというのもあるし、このあたりでプチ親睦会と行こうぜ」
調子に乗ってそんなことを言い出す。
「えっ… レン君ってその為にわざわざカステラとかおやつを用意してくれたの…?」
ちょ、そこでアタシを見つめてこない! 本人は絶対そんな気無くて、たまたまたくさんお菓子を買った時に偶然にも恋が現れただなんてそんなこと言えるはずないでしょ…
そこは愛想笑いで誤魔化しておいた。
『あれ〜? レンじゃん!』
「ん?」「あっ…」
近くからチャラそうな男の声がしたので二人が反応する。 そうか…同じ名前だからそうなるよね。
アタシも顔をあげてみれば茶色に染まった… いかにもアタシと人種が違いそうな髪型をしている男が立っていた。ネクタイの色を見ると同級生のようだが…
「は、ハルキ君!?」
どちらのレンを指していたのかすぐ分かった。女の方の恋の知り合いのようだ。
やはり彼女レベルとなるとこうもリアルが充実した感が漂う人間との交友関係も広いと伺える。
「レンはここにいて〜、あれ? ケイゴ… アイツはどこいんの?」
恋に距離を縮めながらそんなことを質問するハルキ氏。アタシは今日初めて会ったので誰だかよく分からない。
「えっ? け、ケイゴ…!?」
あからさまに驚きを見せる恋。その様子を見ながらハルキ氏は「あれ? アイツといつもいるんじゃないの?」と詰問を続ける。
アタシは関わらないようにとできるだけ影を潜めようか… 触らぬ神に祟りなしだ。
戸惑う恋を助けたい気持ちもあるが、アタシが知っている人間ではないし顔を突っ込んでも意味無いだろう…
「おーう、アイツなら4組の教室で飯食ってるぞ!」
恋が回答に難義している中、代わりに男の蓮が返した…
あ、アイツ… 大丈夫なのか!? こういうのは何もせず黙っているのが一番なのに…
しかもアンタとシナジーが悪そうなチャラ男だぞ…
「お、そ、そうか…」
まさかの蓮の回答に「誰だこいつ?」と言いたげな表情を見せた。分かりやすいな…
しかしながらそんな変な対応をするから不穏な空気になっていくのが肌感で分かった。
「ってか、レン、今日遊ばね? またケイゴ達とカラオケ行きたいんだけどさ! またレンの歌声聞きてえなあ〜」
マジか、ここで誘うかハルキ氏。完全にアタシらは空気だな。別に自ら空気となる必要もなかったか…
「え!? え〜っと、そのぉ…」
目を泳がせる恋。ここは恋しか話せる人がいないから黙って見守るしかないけど… なんでこんなに言葉を詰まらせているんだろうか?
あれ? この子仲良いんじゃないの?
「おぉ、カラオケめっちゃ楽しそうじゃん!」
っと割り込むのは目の前の蓮。アンタは絶対黙ったほうがいいと思うのよ。
「おぉ… ていうか──」「ほらよ!」
ハルキ氏が恐らく「お前誰だよ!」って言おうとしたのだろう、ただそのタイミングで蓮がハルキ氏におにぎりを一個強引に渡したのだ。
そのあまりの唐突な行動にアタシと恋は驚くも声に出さない。当たり前であるがハルキ氏も「何だよ…」と腑に落ちないと言った表情だ。
だが、蓮はハルキ氏の顔を真っ直ぐ見つめる。かなり真剣な表情だ。
「いつも応援してるぜ、もうすぐ大会なんだろ? 練習終わりに腹が減るだろうし、俺からのささやかな気持ちだ」
「!!」
おにぎりを見つめ、ハルキ氏の顔は緩んだ顔から徐々に真剣さを帯びていく。
アタシは何を言ってるかさっぱり分からないが、彼の心には響いてしまったようだ。
「お、おう。悪いな、頂いちゃって…」
「いいってことよ。その代わりみっちり練習して絶対次の大会勝てよ! お前は白岬の代表なんだ、必ず優勝杯を持ち帰って来いよ!」
なんだか熱いスポーツ漫画がいいそうなセリフだな…
「…」
蓮の言葉を聞きハルキ氏の顔が少しだけ縦に動いた。
「わ、わりぃレン、今日は多分居残りだろうからまた今度誘うわ〜」
そう言い残しハルキ氏はそそくさと食堂を後にする。ただ、帰り際に「大会、もうちょっと先なんだけどな〜」と小声で呟くのが聞こえたけど… 彼が何かを感じたのだろう、その目はかなり据わっておりまるで何かを決意したかのような顔つきだった。
まるで嵐が過ぎ去ったかのような気持ちだ。関わってなくてもああいうタイプの調子の良い男は見ているだけで疲れてくるなぁ…
アタシは一息ついてお茶を流しこむ。思った以上に口が乾いていた。きっと緊張してしまったのであろう、自分のコミュ力改善までも道のりは遠そうだな…
結果蓮のお陰でハルキ氏は離れたけど、アタシ一人だったら完全に恋便りだった。ただ、そんな恋の表情はかなり暗く神妙な雰囲気だ。
数秒の沈黙が続いたので、アタシは雰囲気を切り替える為に、適当に次の授業の話題を出そうかなと思っていた時だった。
「… ごめん、レン君」
それは彼女に似合わない小さな声だった。
プチ親睦会:規模を縮小した親睦会のこと。通常の親睦会は大人数で実行される為、多人数が苦手な人とっては己の立場が危うくなる行事であるが、規模を縮小して実行をすればそのような問題も解決される。ただ結局は縮小したのはあくまで規模のみであり、好きな子との距離は縮小しない。
また文化の違いによっては「合コン」「オフ会」とも表現される。