14.油揚げ泥棒
午前の授業を終えるチャイムがなり、同時にクラスの皆が立ち上がって大きく散らばった。
今日から一日授業なので、午後の授業へ跨ぐお昼ご飯の時間になったが…
「…レン、大丈夫?」
横の奴が疲れすぎたのか「ウゲェ〜」とか言いながら机に伏していたのでとりあえず声を掛けてやる。
直前の授業は数学であり彼の苦手科目だった。相当パンチを食らったようで暫く沈黙を続ける。
「ハァ〜 マジで全然分からなかった…」
むくりと起き上がり天を仰ぐ。
先の授業は彼にとって死闘のようなものだった。
始まってからすぐにアタシに対して「はぁ? これどういうことだ、教えてくれよ」と請いにきたり…
「んああっ! 絶対分からない! こんなの解けるやつおるんか!」と逆ギレしながら頭を抱えていたりと終始大変そうだった。
レン… アタシも数学は得意じゃないんだ、力になれなくてごめんよ…
心の中で謝りながら彼の復活を待っているが、かなり力を使ったようで復活までに時間がかかりそうだ…
「初日から数学も飛ばしてきたね… アタシももうクタクタだよ。」
アタシも内心かなり冷や汗をかいている。大真面目に春休みの間に少しでも復習をしておけばよかったのではないかと思ってくるレベルだ…
ただ、周りがアタシ達みたいにブルーかと言えば全くそうでもなく、むしろランチタイムなので皆かなりテンションが上がっている様子だ。
「はぁ〜、やってらんねえなぁ… 午前から萎えてしょうがねえぜ。床に金でも落ちてねえかな」
またも意味の分からないことを言い始めるので適当にツッコんでおく。ごく普通の教室の床にお金なんて落ちている訳がない。あったとしても十円玉だろう。
彼の中で心が切り替わったのか、姿勢を元に戻し教材を床に置き始めていた。今気がついたのだが、教室の隅は少し面積があるため既に彼の教材や私物にまみれていた、漫画とかおいてあるし…『ザ・デーモンマン』が窮屈そうだ。
他の人たちが弁当を手にして昼食を取ろうとしている姿を横目で見つつアタシも弁当と称したコンビニの焼きそばパンを取り出す。
周りの女の子皆お持ち寄りの弁当とか持ってくる中でアタシはスマートに焼きそばパンだ!
…なんて何寂しいこと思ってるんだろ、アタシ…
アタシの弁当は普通の弁当もあれば、購買もあれば、食堂もありで全く統一感がないものの、ただ今日は親から「アンタ、ダイエット中だからお昼はこれだけで十分でしょ」と言われて渡されたのがこの焼きそばパンである。
どうして皆アタシをダイエット中にしたがるのだろうか… ただ単に作るのが面倒と言えば良いものを…
恋とかきっと可愛いお弁当なんだろうな… このあたり女子力つけるために自分で弁当でも作ろうかな… すっごく面倒臭いけど、焼きそばパンだけじゃ女子高生の様にもならない。
アタシはそんなことを思いながら焼きそばパンに次いでペットボトルのお茶を机の上に出す。机に置かれた焼きそばパンとお茶のみの絵面はなんともいえずどことなくディストピア感がある。アタシ、これだけで午後耐えられるのだろうか、自信無くなってきたんだけど…
ふと教室を見渡せば、友達と囲んで皆お昼ご飯を食べ始めている。 恋も例のスクールカースト上位陣と一緒にいるし… そりゃそうだよなぁ… こ、これはなかなかぼっちには辛い光景ですな… べ、別に昼ご飯くらい一人で食べれるもんね!
そんな中、横の蓮がふと何かを思い立ったように立ち上がった。ん?レンは購買か食堂に行くのかな?
「あぁ、畜生。昨日は寒かったのに今日はやけに暑いな…」
ブレザーを脱ぎ、シャツを腕まくりしながらそんなことを言っていた。確かに今朝は若干冷えていたものの、お昼にかけてかなり暑くなっていた。
蓮の席は窓際なのでダイレクトに日光が直撃するからなおさら暑く感じるのだろう。
アタシも彼に合わせて上に羽織っていたブレザーを脱いだ。あぁ、涼しい空気が身体中に澄み渡ってくる。
「ねー、ちょっと暑いよね」
「ちょっとどころじゃねえ、俺をするめにするつもりか…」
ガチャガチャと不慣れな手つきで窓を開け、換気を始めた。
開けてすぐにす〜〜っと涼しい風が入ってきて非常に心地良い気分になる。まるでピクニックに来てるみたいだ。
ここはレンの行動に賞賛したいところだ。 おかげでアタシのぼっち飯は陽気なピクニックへと変化したのだから。
窓を開けた本人も随分気持ちよさそうに窓際で仰ぎながら「FOO! 涼しいぜぇ〜!」とか言ってるし… あ、けどかなり気持ちよさそうでアタシもクラスメイトの目が無ければやっていたかも…
「おいおい、昼飯だというのに、焼きそばパンかよ…つまんねえなァ」
爽快感MAXの蓮を無視してアタシが焼きそばパンを食べようとしたら横から野次が入ってきた。
「つ、つまらないって何よ! 面白いパンでもあるわけ?」
アタシが反論すると向こうが「ちげーよ。」と言いながらゴソゴソと自分の弁当を取り出して見せてきた。
「俺とかぶるじゃねえかよっ!!」
目の前にアタシと同じメーカーの焼きそばパンを掲げられアタシは身を乗り出して確認する。
あぁ、それはまさしくアタシの焼きそばパンと全く同じ──って!
「な、なんでアンタと同じ弁当なのよ!」
「知らねえよ! お前こそなんで俺と同じ焼きそばパン買ってるんだよォ!」
アタシが言い始めて何なんだけど、焼きそばパンのみを弁当と言い張る二人になんだか悲しくなってしまった。弁当って普通こんなのじゃないはずなのに…
「あ、アタシが聞きたいわよ! なんで二人してお揃いのパンを食べないといけないのよ!」
「お前もそう思うだろ!? どう考えても不自然だろォ! 同じ教室で横並んだ二人が同じ焼きそばパン食べるって、側から見ればハンガーストライキの亜種か何かとさえ思われる事案だぞっ!」
全くもって同意ね! 完全に絵面がおかしいわよ!
蓮は舌打ちをしており、どうにも不満そうだ。無視だ無視…
「んだよ、お前のも食おうと思ってたのに、同じパンじゃ意味がねえじゃねえか…」
小声でそんなことを言うが、アタシはびっくりしてまたも焼きそばパンを食べ損ねる。
な、なんだって…!?
「アタシの弁当を食べようとしていたの!?」
恐ろしい計画を立てていたものだ。違う弁当であれば彼に食べられ、同じ弁当であれば文句を言われ、アタシのお昼がこうも脅かされていただなんて思ってもみなかった。
今朝のお菓子の件といい中々食い意地と図太さを兼ね備えた存在であると再認識する。
「んなこと一言も言ってねえよ。それで、デザートは買ってきたのか?」
鼻を鳴らしながらそんなことを主張してくる。
な… あくまでシラを切るつもりなのか…!? しかもデザートまで所望してきて… 図々しい。
「いーや、絶対聞こえた! あとデザートなんてあるわけないでしょ、仮にあったとしてもアンタに取られるのがオチなんだから教えないけど!」
ついついお互いのヒートが上がってしまい大きな声を出してしまったので、周りが何事だと変な注目が集まってしまった。
あ、やばい… アタシは一旦身を屈めることに。
我を取り戻し通常のトーンで蓮に話しかけた。
「ちょっと、レンが大きな声を出すから皆が見てるじゃない。恥ずかしいったらありゃしない」
焼きそばパン片手に討論ってそりゃ何事だって思われるわよ。
「はーあ、俺はお前にすげえ期待していたのに… がっかりだぜ。きっと俺と違う味のものを持ってきてくれるだろうと思ってたのによ」
口を尖らせて愚痴ってくる。なんでアタシががっかりされないといけないのよ。
なんでそんな不満そうな顔するのよ! そんなにアタシの弁当が食べたかったわけ!?
うるさいもんで無視してご飯を食べちゃおう… 心に決め、アタシが焼きそばパンを食べようとしたまたその時…
空からけたたましい鳥獣の鳴き声が聞こえてきた。
「何の音…?」「んあ?」
アタシとレンが音の要因を探るべく窓から空を眺めた。どうも外に大きな鳥がいるようだ。茶色で大きく翼を広げながら校庭の上空に弧を描くように飛んでいた。
ここらではあんまり見ない鳥のため、珍しいな〜とか思いながら少しだけ観察していた。
この街にもあんな大きな鳥がいるのか…
「うるせえぞ! 飯の時間ぐらい静かにしろ!」
鳥に向かってそんなことを言い放つレン。まぁ、通じないだろうけど、アンタがそれを言うのかと思う所がある。
ただ、まるで彼に言い返すかのように鳥も鳴き始めるので、そのやり取りを見てちょっと面白いと感じてしまった。
まぁ、お昼ご飯に鳥を見ながらと言うのも乙なもので…
レンもため息混じりに焼きそばパンの袋を開けて食べようとしていたその瞬間だった。
またも大きな鳴き声が一つ、教室内に響き渡った…が
「!!! ハァ!?」
事態を察知し、レンは驚愕した。 アタシも目を疑ってしまうような光景だった。
なんと甲高い鳴き声をあげなから空を泳いでいた大型の鳥はレンめがけて突っ込んできたのだ!!
「うおおお!! マジかよ!!」
物凄い勢いで襲い掛かろうとする鳥に驚き慌てて逃げようとするレンだが、その鳥の速さは凄まじくとても間に合うものではなかった。
な、なんという速さ! あのままじゃ…
凄まじいスピードで開いた窓から教室へ侵入しレンに対して強襲を仕掛ける。で、でかい… あんな鳥ってでかいものなのか…
大きく開いた翼でレンの顔をすっぽり覆ってしまい、アタシも何が起きているのか追い付かなくなってしまう。
「レン!!」
あまりに唐突、一瞬な出来事にアタシも声を上げることしかできなかった。
「うおおお!! な、なんだコイツ!!」
振り払おうとするレンだが、鳥も激しく抵抗を見せあっという間にあの大きな鳥… 恐らく鳶が、レンのパンをさらって、また窓から空へ逃げていってしまったのだ。
あまりの出来事に教室はざわつき始める。
「レン、大丈夫!?」
とりあえず近寄り彼に怪我がないか確認する。どうやら大きく引っ掻かれた形跡はなさそうだが…
「おい!! ふざけるな! 俺のパンが盗まれたぞ!!」
息を荒げ立ち上がり「どこいったあの鳥!?」と窓際からレンが身を乗り出し始めた。
アタシは正直、あの一瞬のうちに何が起きたのかあまり理解できなかったが、レンの主張にようやく頭が追いついてくる。と、鳥にパンを盗まれちゃったの…??
「おいマジかよ… こんなことってあるんか…」
見上げても先ほどの鳶は姿を現さず、諦めたのかレンが乾いた声で笑いはじめた。
「うっそでしょ… 信じられない…」
皮肉にも人の弁当を取ろうとしていたレンの弁当が逆に取られてしまったようだ。とはいえ流石に可哀想だと思ってしまう。
不幸にも窓を開けなればこんな事は起きなかったのに… 暑さで換気をしてしまっただけに… こればかりは運のない男だなぁと同情してしまった。
「リ… リン… お、俺… 今日の昼飯が無くなっちまったんだけど…」
目で訴えてくる。まって、アタシもこれには全く想定していなかったからツッコめないのだけど…
そんな悲哀に満ちた目をしないでっ! 助けなかったわけじゃない、助けられなかったのよっ! アンタのお昼が消えてしまったのは本当に悔やむべき話だと思うけど、衝撃的すぎて全く言葉が見つからないのよ!
「…」
彼は黙って深く俯いており、アタシも黙ることしかできなかった。
暫くして彼の方から口を開いた。
「はーあ… リン、食堂行くぞ…」
「う、うん…」
至極真っ当な選択だろう。焼きそばパンから購買へ切り替えたようだ。
レンに従い、アタシはパンとお茶を持って食堂に向かうべく階段を降りた。
ハンガーストライキの亜種:集団で同じ一つの食べ物を食べ続けながら座り込みを行う行為を表す。ただでさえ好きな食べ物でも毎日食べ続ければ飽きるものだし、嫌いな食べ物であるなら更なる苦痛が伴うこともあるため、一見楽そうに見えてかなり過酷な社会運動。また栄養面も懸念される為、それなりに覚悟が無い人間は実行しない方が良いだろう。
生徒会などに対して「スマート家電を設置してほしい」「アリーナに高性能暖房を設置してほしい」等、己の意見を通したい時などあれば上記のような社会運動に加担するのも手段の一つである。