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13.ダブルレン

チャイムがなり古文の時間が終わる。

 授業の間もずっと横のレンが終始ぶつくさ言っていた ──概ね授業が難しいといった類── ので構ってあげてたが、どうやら彼が勉強が苦手だというのは事実なようで、アタシも仲間意識が高まり変なところで一安心していた。


 アタシが隣の子に教えを請うようなことはしないので、隣が勉強できなくても特段問題ないのだが、逆に隣の席の子が出来過ぎると相対的にアタシが悪く見られる為、都合が悪かったのだ。


 確かに授業はかなりのハイペースで課題も沢山出されたのはきついが、それでも横で「うぁああ〜〜」とか言いながら頭を抱える彼ほどは絶望を感じていない、まだ次のテストまで時間があるのでそれまでになんとかする。

 


「マジで意味がわからねえよ、初日から飛ばしてきやがって、おまけに課題の量もやたらと多い!!」


 レンが苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。



「やばいね、どうしよ。やっぱり二年生になると授業の進みも早くなるものなんだね」


 とりあえず古文の教科書は片付けよう。次の授業はなんだったかな…?


「ふあぁ… 木戸の姉ちゃん、本当に容赦ねえな。マジで今年は赤点避けてえところだぜ…」


「レンも赤点ラインなんだ… アタシもかなぁ… 今まで取ったことないけど危うく夏休みが潰されかけた事もあるし…」


 ある一定以上の赤点を出し続けると夏休みに補習が入ってしまうのだ。これは一高校生にとって夏の青春が脅かされる危うい出来事であり、なんとしてでも避けたいところだが…


 ただ、噂で聞いたことある程度だが木戸先生の補習を受けたくてわざと赤点をとる奇特な輩が一定数存在するらしい… アタシには到底理解できない。いくら美人な木戸先生の補修とはいえ夏休みが潰されるのはごめんだ。


「俺もだぜ… 去年はマジで危なかった。お前聞いたことあるかも知れねえけど、木戸の姉ちゃんの夏補修は朝から晩までぶっ続けで一週間行われる程凄惨な内容らしいからな。それだけは絶対に受けたくねえ…」


「聞いたことある。「バビロン補習」でしょ… 考えるだけで背筋が凍るわ…」

 

 その「バビロン補習」のお陰で古典の点数が安定した人も存在するらしいが、アタシらは勉強苦手勢なのでどうしても避けることしか考えない。


 つまりはテストで赤点を取らないようにすること、もっと簡易に言えば今からでも少しづつ勉強をしてテストで事故らないように対策することがなんだかんだで一番だろう。


「はーあ、絶望的すぎるだろ… 」


「そうね… はぁ…」


 二人してブルーになってしまった。


 四月初旬なのにもう次のテストを視野に入れて対策しないといけないなんて、考えるだけで病んでくる。


 あぁ… 神はアタシを見放すのか…



「あぁ、俺カステラ買いに行かねえと… リンも来て良さげなカステラを選ぼうぜ」


  恐らくカステラというのは女の子の恋をもてなす為に用意するお菓子のことだろう。授業の合間に近くのコンビニで買ってくるつもりなのか立ちあがろうとするレン。



「本気で買いに行くつもりだったの!? ま、まぁ… 別にいいけど…」

 

 授業合間の休憩はそこまで長くないので早足になりそうだが、レンが行くというのならついて行こうかな…

 そう思いアタシも立ち上がった。


「お前こそ、何もなしであの子をもてなすつもりだったのか!? 手土産もくれたのにそりゃねえだろ」


 彼の言う恋からもらった手土産というのは親睦会に参加できなかったアタシと蓮にくれたお菓子の詰め合わせのことを言っているのだろう。蓮はかなり喜んでバクバク食べていたのは確かだけど…


「そ、そういうつもりじゃないわよっ!」


 その不自然すぎる接待モードは一体何事かと勘繰ってしまう。どうせやましい事でも考えているのだろうか?


「まぁ、カステラのついでに新しく出たトレカとか、デザートとか漫画とか雑誌とか適当に買ってこうぜ」


 あぁ、そっちが目的だったのね… カステラはアタシに頼んで多分本人は漫画を買うつもりだ。出会ってすぐなのにそこまで読み取れるようになってきてしまった…




「やっほー、二人とも!」


 コンビニへ行こうと少しグダっていた時に教室の向こうから恋の声が聞こえた。いいなぁ、仲良い子が多くて、アタシもあんな風に声をかけることができたらなぁ…


 「二人とも」かぁ、恋と仲の良い二人の女の子グループとかかな…? 少なくともアタシではないだろう。

 

 ふとそんなことが頭によぎりつつ、蓮と一緒にコンビニへ向かおうとした時だった。


「リンと四季君!」


「んあ?」「えっ?」


 なんと… なんと恋がアタシらの方へ寄ってきたのだ。二人ともってアタシ達のことだったの!?


「まじかっ! まだカステラ用意してねえぞ!!」


 慌てふためく蓮に恋は「カステラ?」っと首を傾げ出した。あっ、それはこっちの話。


 

「れ、レン!? どうして…?」

 

 本当にまた来てくれるなんて… 彼女を疑っていたわけではないけど、まさかこんなすぐに現れるとは思ってもいなかった。


「えへへ、だってさっき四季君とあんまり話せなかったから。」


「そ、それだけで!?」

 

 なんという真心が高い子なんだろうか。アレは蓮の不手際だというのに…


「おい、リン、それだけとはなんだそれだけとは。十分こっちに来てくれる理由となるじゃないか… なぁ?」


「うん、さっきは色々あったけど、改めてよろしくねっ! 私、さっき先生から名簿借りてびっくりしちゃった、まさか四季君と同じ名前だなんて!」


 口元に手を当てる恋。 なるほど、先の授業で蓮が当てられることも無かった為、先生から名簿を借りて蓮の名前を調べたのか…

 

 これを聞くや否や、なぜだか首を傾げて唸り出すのは男の方の蓮… あ、あれ? さっき恋の名前教えてあげたじゃない。


「えっ、そうなの!?」


「ちょっと! アンタさっきレンの名前教えてあげたじゃない! もう忘れたの!?」

 

 たまらずツッコんでしまった。いやいやいや、アタシ以上に本人にとって分かりやすい名前だというのに。


「忘れてねえよ! でもリンの情報全く信憑性ねえから疑いすぎて事実では無いと思っていただけだぜ。」


 もっとひどいパターンだった。


「アタシが親切で教えてあげたのに〜!」


 彼は鼻でフンと笑った。ムカつく!


「何が親切だ、本当はダイエット中なのにも関わらず俺に菓子くれなかったくせによく言うぜ!」


「だからアタシはダイエットしていないって!」





 やはり相手にすると疲れる奴だ。 このあたりで放っておこうか…



「…」



 視線を移せば目の前に恋がいた。そうよ、せっかく来てくれたのに失礼しちゃうわ…





 えっ!? レン!?



「あっ…」



「…」



 何かを考えるような素振りでアタシと蓮のやりとりを黙って見ていた… ことにアタシがすっかり頭から抜けていた!!

 

 そうだ、しまった、今は恋が近くにいるじゃん! ついうっかりして蓮にツッコんでしまったけど…


 や、やばいやばい。 絶対変な誤解しているはずだ…


 恐る恐る恋の表情を伺うも、ポカンと口を開けており何も言えない感じであった。


 し、しまったぁ… これ、絶対引いてるよね… ご、誤解なんだ…

 ほんの一瞬の間、レン相手に暴走してしまったことを大きく後悔する。

 

 ほんの一瞬間が空いたが彼女が何かを察したようににやりと口元を上げた。

 


「あれ〜、リンって、四季君と話す時すっごい喋るねぇ〜」


 そのイントネーションから読み取って、完全に揶揄いモードに入っている。詰められたアタシは行き場を失い吃ってしまった。


「あぁ… その… 違くて…」


 目を逸らし、なんとか凌ごうとするが… く、苦しすぎる!


「すげえ喋るだろォ!? 正直俺も困ってるんよ」

 

 横から余計な一言が… どうしてそんな誤解を加速させるようなことを言うのよアンタは!?

 ツッコんでやりたいけど今はそんなことできないっ!


「ヘェ〜、じゃあ私、リンのこと勘違いしていたのかなぁ〜? ねえ、四季君、私と話したリンってもっとこう… 声が小さくてぇ、おどおどっとしていて〜、どことなぁ〜く小動物を勝手にイメージしていたんだけどぉ〜」


 や、やめて〜! 恋の中ではお淑やかなアタシでいたかったのに〜


 頭がパニックになりそうな中で恋が蓮と目線を合わせ一緒にこくりと頷くのが見えた。 

 ちょっと待って、何のアイコンタクト!? 何の合意をお互いにしたの!?



「ん? 誰だそれ? 少なくとも、俺の知ってるリンと違うのだけど?」


「ん〜、やっぱそうだよね、四季君♪」

 

 恋と蓮がまじまじとアタシの顔を見つめてくる。どっちが真のアタシなのか… 二人で答えを出そうとしているようだ。


「しょ、初対面で… 緊張してたからぁ…」

 

 れ、恋と話していた時のアタシは事実緊張していたし、昔から人見知りだったのは本当なんだ。今となってはただの苦しい言い訳に聞こえるのかも知れないけど…  


「あれ? でもさ、四季君とも昨日会ったばかりって言っていたじゃん、二人ともほぼほぼ初対面だよね〜?」

 

 にやにやといじってくる。 絶対にこの状況を楽しんでいるな!


「ち… 違… レンが…」


「ん? 私が?」


 ふるふると首を横に振る。 男の方の蓮について言及しようとしていたけど思うように言葉が出ない。


「ん? 俺とリンなんて昨日会ったばかりだぞ。 何なら今日までで一日しか経ってないのだけど…」

 

 な、なんでアンタはそうもアタシを追い込むようなことを言うのよ!


「ねぇ、リン、私も四季君見たいに接して欲しいなぁ〜、なんて、ダメかな?」


 にへっといたずらっ子のような笑みを見せる。 そ、そんな、恋に対してなんて絶対に無理だ! あの対応は蓮にだからできたのであって…


「そ… その…」

 

 どうしよう、どうしよう。 もうアタシ… 逃げられないの?



「なぁ〜んて! ちょっと面白かったから揶揄っちゃった。ごめんね」

 

 そう言いながら笑顔でアタシを解放してくれた恋。

 ただ、ほんの一瞬だけ、残念そうな顔を浮かべたのをアタシはしっかりと見ていた。


「はぁ〜、ご、ごめん… そういうわけじゃ無いんだ。 アタシ…」



「えへへ〜、大丈夫だよリン。だって四季君話しやすいもんねっ!」


 そ、それもそうだけど、貴方の位が高いのも要因だよ…

 

「お前、俺に対して猫かぶってたのかっ! もっとお淑やかにしろよ!」


 ──ア、アンタは黙ってなさい! 



「まあ、慣れとかあるもんね! でも、私はリンが気を使わずに気楽に接して欲しいなって気持ちがあるかな」


 流石の彼女もアタシの境遇を察してくれているようだ、アタシは恋みたいに初対面の人間と急に仲良くなれるようなコミュニケーション能力を身につけているわけではない…


 彼女は「あと…」と続けた。



「私も君のことレン君って呼んでいいかな!?」


 っと恋の視線の先には四季蓮。彼は即座に「おーう」と調子の良い返事をした。


「レン君、よろしくね〜!」


「うっす、間違ってもレンコンって言い間違えるなよ!」

 

 パチンと二人がハイタッチ。 早速意気投合してしまい仲良くなったようだ。

 恐るべき、カースト上位のコミュ力…



「んじゃあ、三人でカステラでも買いに行くか!」

 

 蓮の発言に恋が「かすてら…?」と何事かといったような顔を浮かべながら呟く。

 えっ、本人来てもまだカステラ買おうとしていたの!?

 あっ、こいつはどちらかと言うとその他目当てだったから関係ないのか…


「おーう、本当ならレンがくる間に用意しようと思った茶菓子だ。 あとその他に漫画とか雑誌とかコンビニで買いに行く予定だぜ」


 この言葉に恋が「そうだったの〜!」と目を輝かせた。 ん?


「行こう行こう! 私カステラ大好きなんだ、レン君良く分かったね!」


 なんと手を合わせ彼女は大喜びだ。 あ、あんなに喜んでいるなんて… お世辞じゃなくて本当にカステラ好きなのか…?


「ちょ、二人とも…?」


 アタシが声を掛けるものの二人はカステラに夢中になってしまい殆ど聞こえていないようだ。

 

 なんだかんだでもうすぐ次の授業が始まってしまう時間なのに… 今からコンビニなんて行っていたら絶対に間に合わない時間だ!



「ほら、リンもコンビニ行くぞ!」「リンもカステラ買いに行こうよ!」


 二人してアタシを誘ってくる… ちょっと待って…


 完全にノリノリだ… 確かにカステラは美味しいけど…


 アタシは黙って息を吸い込んだ…




「もう買ってくる時間なんてないわよ!! 今から行っても次の授業に遅刻するなんて目に見えているんだから!!」




 言い切った。 恋がいるけど…


「おっ…」


 っといつも言い慣れているはずの奴がこことばかりに両手を上げて、驚いたと言わんばかりに目を見開いた。


「リン…」


 なぜだかぱっと花開くような笑顔の彼女…


 そして何かを感じたのがレン二人が見つめ合い… またも頷いた。


「イエーイ!」「ウエーイ!」


 パチンと元気よくダブルレンがハイタッチ… 何なんだこれ… アタシはどう反応せよと…?  

 

バビロン補習:レンの担任である木戸教諭が夏季及び、冬季休暇にて開催する補習のこと。一定数の赤点を出してしまった学力を補うべく開催される補習講義であるが、朝は8時から夜は20時までぶっ通しの授業を一週間程連続して行われる為その拘束時間の長さから上記のように呼ばれることとなった。

 過酷な補習は時として生徒を疲弊させてしまうため、多くの生徒からは避けられているが稀に異常な性癖を持った生徒が彼女の補習を受ける為わざと赤点を取るような事案も多発している。

 


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