1.ブルーなプロローグ
春のそよ風がものすごーく暖かく、春眠暁を覚えずとはよく言ったもので… とはいっても今日は始業式兼入学式の日であり… アタシはいつものように惰眠を貪るわけにも行かなかった。
とぼとぼと言う情けない表現が一番似合うだろう。アタシ… 不渡 稟は、いつも通る学校へ続く国道の歩行者ゾーンで空を見上げながら登校していた。
「ハァ… もう二年生かぁ…」
桜も満開であり、春の訪れに小鳥たちが気持ち良さそうに囀っているのが聞こえる。歩道には、おろし立ての制服を着た学生が、仕立て上げのスーツを着た社会人がキラキラした瞳でアタシを追い越していく。
何をそんなに焦ることがあろうか、人生はもっとゆっくりと生きればいいのに… と心の中で思いつつアタシはアタシのペースを守り続けていた。
一人、また一人とアタシを追い越してく。カップル、集団、上司部下… どうして皆こうも群れるのだろうか… 一人で情けなく歩いているのはアタシだけか? っとついには錯覚する程だ。
昨日までは春休みであり、非常にハッピーな気分で浸っていた毎日であったが、昨日の夜から某症候群に侵されたのは勿論、やはり学校が始まると何かとブルーな気分になるものだ。
ただ、予定よりブルーになるタイミングが早かった。こんな朝の通学の段階からここまで心が青色に染まるとは思わなかった。青色と言ってもこんな爽やかな空の青色ではない、もっと燻んで汚い青色だ。染まるというより「塗られた」とか「汚れた」といった表現の方がどちらかというと正しいだろうな…
ブルーになる要因は様々だ… 朝早く起きないといけないところから始まっており、人間関係、勉強等エトセトラ…
ただ、そんなブルーなアタシでも空を見上げていたら、多少は楽になるだろうか… とか根拠のないことを思っていたが、実際はそうでもなかったようだ。
おまけに昨日は遅くまでゲームで遊んでいたこともあり非常に眠い。言うなれば体調はあまりよろしくない。こんなコンディションで学校生活なんて満足に務まらないだろう… ただ、今日は入学式が終われば授業もなく半日で学校が終わるのが唯一の救いと言ったところだ。
アッという間に一年が経ってしまったなあ…
一つため息が漏れてしまった。
期待と不安を寄せ、フレッシュな気分でこの道を歩いたのは今や昔の話だ。ここを通り過ぎるフレッシュマン同様、アタシもあんな時期があったなぁとしみじみ感じるアタシは既におばあちゃん。そうこうしているうちに一年、あれこれしているうちに一年… なんてよく言ったもので、一年前の出来事の殆どが懐かしく感じている今日この頃だ。一年の間、アタシの心はひまわりからぺんぺん草へ変化していき、ここ最近ではついにそんなぺんぺん草すらも生えてきていない。
高校生になるということは、ついつい過度な期待を抱いてしまうものだ… 例えばかっこいい彼氏ができるとか、友達がたくさんできるとか、刺激的な毎日が遅れるとか… 現実そうではないとわかってはいても、環境の変化というものはとにかく期待を膨らませてしまう要因なのだ…
じゃあ、アタシはと言えば、この一年特にこれといって何にもない一年間だった。おい、それだけかよとツッコまれてもそれだけなのだ。どちらかというと友達より趣味を優先してしまった時期があったことから、彼氏はおろか友達すらも十分ままならない状況であったのだ。人間の人生なんてそんなもの、ドラマやアニメみたいにあれこれイベントが発生して楽しい日々が遅れるなんて幻想のまた幻想だ。アタシみたいな平凡な女にふさわしい日々だったな…とここ最近はそれで自分を納得させていたが、逆にそんな自分が虚しく感じてしまう時もあり… 人間って難しい生き物だなぁとつくづく思う。
現実、ラブコメ見たいな充実した毎日が送れるという訳では無いことは、重々承知していたものの、あまりにも花がない毎日だな… と乾いた笑いしか出てこない。ぺんぺん草も生えないのだから花が出てこないのは至極当然な話だけどね。
今更高校デビューとかもきついよなぁ… 髪色を染めるって? 無理無理、管理が面倒臭い! じゃあ、そのショートヘアから黒髪ロングに転身する!? 無理無理、管理が面倒臭い! じゃあ、オシャレに制服を着こなして周りの男子達を魅了する!? 無理無理、管理面の話もあるが、それ以前にアタシはそこまでの魅力はふりまけない。
やってもいない事なのに、自分から可能性を否定する。自分の悪い癖だなと思うが、そうして歩んできた16年と少しなので致し方ない。人を変えるには運命的な出会いやきっかけがないとストレスが溜まるばかりで成功しない。ダイエット等も一緒でしょ?だから皆失敗するんじゃないかな?
…とまあ、夜ふかしでボーっとしてる回らない頭の中、アタシは色々と思考巡らしていたが、ついに学校が見えてきた。
既に多くの新入生が集まっており、桜の前で写真を撮ったり、中学から一緒に上がってきたのか、お互いの制服を写真で撮り合ったりとまぁ、幸せそうなこと。 一年前のアタシだったら、「そんなパチパチ写真撮って何が楽しいんだか?現代人はすーぐ写真を撮ってネットに上げたがる。」とか斜に構えていたが、今となれば正直羨ましい他ない。大事な思い出を写真で収める、貴重な青春のひと時を友人と分かち合う、これがどれほど大事なことかそれまで分からなかったアタシが一番馬鹿だったのだ。
盛り上がりを見せる学生を横にアタシは、新しいクラスが掲示されている貼り紙を見るべく、昇降口へ向かう。
これまた先程よりも大人数の生徒が群を成しており、人混みをかき分けかき分け、張り紙が見える位置まで前進する。クラス発表というのは学校行事の中でも指折りの盛り上がるイベントだなと心底思う時だ。
「やった、カナと一緒だよ!」「やったね、またマナカと一緒だ!」「わー」「きゃー」
アタシの横で抱き合う女性二人の勢いに負け、つい距離をとってしまった。皆クラス発表に一喜一憂しており非常に楽しそうだ。去年のアタシなら「クラス発表なんかで大袈裟だな」とか思ってたかもしれないが、これまたいいなぁ…と思ってしまう。 仮にアタシにクラス発表でああやって抱き合って喜べる友達がいただろうか?一つ一つの出来事で共感できる友達がどれ程大切か… それまで分からなかったアタシは本当に馬鹿だった。
ただ、淡い期待… 前のクラスの知り合いが一人でもいたらと思ってしまう。一人でもいたらぼっちは辛うじて避けられる、2年生開始の滑り出しを大きく挫く可能性がグッと減るからだ。
学校に着き、アタシは新しいクラスの張り紙が掲示されている昇降口へ向かう。 前のクラスの知り合いが一人でもいたらいいなぁ、とか淡い期待を寄せながら張り紙で自分の名前を探す。
「あった… けど…」
わりとすぐに見つかった。 2年4組のようだが… また更に目を凝らし、同じクラスの名前を全員確認する。
…知っている人誰もいないなぁ…
やはり運命というものはそう簡単にはいかないものだ。自分の知り合いは誰一人としていなかった。アタシの通う城岬高校は都内屈指のマンモス校であり、一学年15クラスという数もあってか、前のクラスの人が一人もかぶらないといったことは珍しくも無いだろう…
さらにブルー度が増す。去年のクラスメイトは見事に別のクラスに持ってかれてしまったようで、深いため息が漏れてしまう。2年生が知り合いなしでスタートを切るという現実が迫っていることもあったが、もっと他のクラスの子と仲良くなっていたり、部活動とかやっていたら多少違っていたのかも知れないと後悔する方が強かった。
ただ、部活動に関して言えばあまりにもダルすぎるため、ここで後悔した所でも多分部活やらないが…
本当に、一人は寂しいとここ最近思うことが多くなった。
以前のアタシはぼっち最強!趣味優先!友達よりも趣味!リア充?何それとかイキって、ただそのようなぼっち主義のアタシでも彼氏や友達ができたりと充実した学校生活が全て…とはいかなくても部分的には送れるだろうっと甘く考えていた時があった。
だが、現実は違った。本当に自分から動いたり話しかけないとできないものだと知った時には時既に遅し、周りは皆仲良くなってしまった為、日に日にアタシの居心地が悪くなってしまったのだ。
本当に変えられる人なら、ここで言い訳せず、自分から動いていったかも知れないが、アタシには既存で形成された人間関係に割り込む勇気が足りず、何かと言い訳ばかりして自分を胡魔化し、正当化し、そんなこんなの一年が過ぎてしまった。
…ちょっと寂しいな、アタシの人生…
友達がいない=寂しいという定式を作り上げる訳ではない、一人の人が寂しいと決めるつける訳でもないし、もとよりアタシは変な人間関係に齷齪するより一人でいた方が楽しいと感じるぼっち肯定派だ。現にそれまでは一人でいた方気楽だったことの方が多かった。
ただ、1年を振り返り、アタシは感じてしまったのだ。心から自分の趣味や悩みを話せる相手がいないこと、周りに存在する友人集団やカップルに対し斜に構えた見方をしてしまった自分の惨めさ、日々何らかでも充実した人間にとって本当にアタシは眼中にないと言う事等… 挙げればキリがない。
ただ、一番辛かった事が自分という人間が本当に人として魅力のない人間だという現実を目の当たりにしたことだった。
春休みのある日、自分の中で知った時には自然と涙が溢れてしまった。
アタシも本当はみんなと一緒に談笑し、共感を得ていきたい一人の女なんだ。変に持ったプライドが邪魔し貴重な高校生活の一年を無駄にしてしまったことはもう取り返しのつかない事と割り切り、残された2年間は自分なりに頑張ってみようと決意したあの夜を思い出す。
…やってダメだったら諦める。でもやらずして諦めたくない。友達を作って卒業したい!
これがアタシの本音だ。
学校は勉強する場であり、友達を作る場ではない… 過去のアタシなら言っただろう。だが、本当のアタシはその勉強ですら人にいえる実績ではない。結局その場凌ぎでぐだぐだ言い訳を頭の中で張り巡らし、一人で完結させる小さい人間なのだ。
変に派手な高校デビューはいらない、できる範囲で、ただ今の自分と接してくれる人を探す…
だからこそ、2年生は…
大きく息を吸い込み、校舎に入る。2年になり始めて入る校舎だ。この学校はかなり広いから一年通っても縁のない建物は入らないから、少しだけ新鮮な気分に浸れる。だからどうという話ではないが… 気持ちが空回りしないよう、歩く度に自分を落ち着かせる。
扉を開き教室の中に入ると殆どのクラスメイトが揃っており、既に何人かのグループが固まって楽しそうに会話しているのが目に入った。
「あ、9組の…」「うん、よろしくね!」
そんなグループも初対面な人同志で形成されている所もあるようだ。ここでアタシを知る人は誰もいない… そう思うと心細さもあったが、裏を返せば心機一転できる大きなチャンスだ。
とりあえず、今は焦らず自分の席に着こうと、黒板に張り出されら図から生徒番号を探し自分の席を確認する。窓際から一つ席を跨いだ一番後ろの席だ。 よし、安心して昼寝ができるポジションだな! なーんて、小さな幸せを噛みしめる。
椅子に座り荷物をおろすとすぐ横から調子の良い会話が聞こえてきた。
「ケイゴ!今年もよろしくね」「あぁ、こちらこそな… ってなんでそんなに他人行儀なんだ?」
ケラケラと笑う男女が挨拶をしている。
一人は高身長で髪型はさっぱりしたスポーツ系、顔は俗に言われるイケメンな男の子だ。そしてもう一人の女の子はポニーテール姿で、かなり顔立ちが可愛く、早速次元の違う人種だと察してしまった。ああいうのが恐らくスクールカースト上位に占める存在であろう。
ああいうのに無謀に突っ込むのがアタシの「行動」ではない。できる範囲で無理なく継続する。継続性が重要だ。確かにあのグループに所属したら友達はできるかも知れないが、現実所属できる訳ないし、身の丈に会っていない。
とりあえず、他の人か誰かに挨拶しないと… 誰でもいい、きっかけが大事だ。そう思い教室の中を見渡すが、やはり中々チャンスが見えてこない。
荷物を整頓し、とりあえず息を整える。スタートダッシュが大事だということは分かってはいるものの… やはり慣れない事をするには大変労力がいる。 あぁ、どうして昨日夜更かししてしまったんだ… とここにきて昨日の後悔もしてしまった。
そんなさまざまな感情が入り混じり…
しばらくすると、時間になりクラスメイトは着席をし、非常勤講師が入学式の説明を始めてしまった。
非常勤講師の話は全くと言っていいほど頭に入らなかった。今日、これからどうしていこうかということで頭が一杯だからだ。まずは顔と名前を覚えてもらうことが重要… って不動産の営業担当か!
あぁ、いざこうなると本当に頭が真っ白になる。これもアタシの悪い癖だ…
頭を抱え、そっと側に顔を向けた時、アタシ初めてある事に気がついた。
隣の席の子が まだ来てない…
あたりを見渡せば皆来ているのに… もう時間なのに… 遅刻か?
思いもよらぬ出来事… というか、今まで頭が真っ白に気がついてなかっただけだったのだ。そうだ、まず何よりも席が隣の人と仲良くなるのが一番だ。例えアタシと合う、合わないあるにしろ、隣の席の人とは今後しばらくは側にいることが多いのである程度話せる間柄になった方がかなり気が楽になる。話しかける口実としても十分すぎる。友達作り大作戦(仮称)においてこの意の一番、基礎中の基礎を危うく見逃しそうになっていたのだ。
アタシは誰も着席していない… アタシの隣である窓側の一番後ろの席を見つめる。
虚空しかなく、机の上から朝の日差しが反射されておりとても眩しい。
どんな人が座る予定だったのだろうか…
ただ、勝手に想像は膨らむ。 もしかしたら凄い美男子で、ハーフの子かも! 美少女でもいいなー なんて。 だいたいそんな想像は現実という名の壁に打ち壊されて終わるのだが、想像して楽しむ分には無料なのだから許して欲しい。
ただ、時間が経とうとも、一向にアタシの席の隣に人は来ず、ついに入学式の時間となってしまった。
先生に案内され会場に向かう。
結局来てなかったな… 大丈夫なんだろうか?
不渡 稟 16歳 身長160cm 体重51㎏ ヘアースタイルは管理が楽ちんなショートヘア。 一度も部活に所属したことがない生粋の帰宅部。学業も運動も並レベルの平凡な高校生。趣味はゲームであり休日の殆どをゲームして過ごしている。
最近、戦略型FPS、IRIDESCENT QUARTER SERGE (虹4と略される)にハマってしまい、夜更かししてしまうことが多くなってしまった。