縁印(えにしじるし)
あんたの印になるもんを、1つわっちの身体に刻み込んでちょうだいな。
わっちは、その印だけを守りにこの先も生きていけるってもんや。
あんたが来ない日々だって、あんたがここにあるって、ここに息づいているって思えるってもん、わっちに与えておくんなんせぇ。
よしとくれよ、金子や、飾り物が欲しいって言ってるわけやない。
そんなもんは、お大尽方がわっちに貢いでくださる。履いて捨ててもいいくらい、わっちは持ってる。
ねぇ、わかってるだろうわっちの欲しいものは、あんた御心なんえ。
あんたのほんまもんの心が欲しいんえ。
こないなとこでは、ほんもんの恋なぞできひんくらい、わっちはよう知っとります。
それでも、わっちはあんさんにだけは、ほんもんの想いを抱いてしもたんえ。
みっともなく、気を遣ってしまうのはほんまにあんただけなんえ。
ほら、今宵もわっちにあんさんを刻んどくれ。
わっちの身体の奥深っくまで、あんたで埋め尽くしておくれ。
もう、この入り口はあんたを待ちわびてしとどに濡れてますんや。
ほら、わっちの口を吸っとくれ、わっちの胸のふくらみを掴んどくれ。
ここも、ここも、ここも、痕を残しておくんなまし。
全てがあんたで染まってしまうくらいに。
ある小説を読んでいて、遊郭の中での恋について考えていたら、こういうものが思い浮かんだので、文章にしてみました。
遊郭内では、本物の恋などしてはいけなかったでしょうけど、そこにいるのは、一人の人間。きっと、お金があるなしに関わらず、本当に恋をした男性がいたのかもしれません。
少し切ない遊女の心情になって読んでいただけたら幸いです。