線香花火が落ちるとき
テーマは『月』
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最後に打ち上げられた三尺玉が、盛大に花火大会の終わりを告げた。
8時45分。河川敷の野球グラウンドに場所取りに来たのが6時。哲也が着てくれたのが7時で、サクラとホヅミは花火が始まる直前に合流した。8時過ぎに渉とリンが遅れてきて、買い出しやらなにやらを済ませて全員がブルーシートに集まった時には既に八時半を回っていた。
ゴワゴワした焼きソバを平らげ、チョコバナナを頬張り、かき氷を掻き込む。
「頭痛い!」
こめかみを押さえる僕を見てみんな笑ったが、次の瞬間には3尺玉が上がっていた。
花火が終わっても出店は続いていて、一度も食べたことがないというサクラの言葉を聞いていた僕は、自分が食べたいからと言って全員分のりんご飴を買った。
白地に淡いピンクの浴衣を着たサクラに、真っ赤なりんご飴がよく映えた。月光に照らされた青白い肌。薄い唇に触れるりんご飴の赤が艶やかに見えた。
「りんご飴って、中はホントのりんごなのな」
と哲也は当たり前のことを言う。サクラとホヅミは後ろで話しながら僕と哲也に着いてくる。それは渉とリンも同じだった。
「これ、いつまでたってもなくならないんだけど」
とリンが言う。男性陣は早々に噛み砕いて食べきっていたが、舐め通そうとする女性3人は、いつまでも減らないりんご飴に悪戦苦闘していた。
リンは、あげる、といって渉の口にりんご飴を押し込む。自転車を手押しして歩いていた渉は抵抗できずに不満げな声をあげたが、すぐにボリボリ音を立て始めた。
「サクラもホヅミもあげちゃいなよ」
というリンの言葉に、僕はドキリとしてしまう。平静を装いながら僕はサクラの方を振り向く。
「ごめん、いい?」
彼女は戸惑いながらも、持て余していたりんご飴を僕の方へ差し出してきた。やはり自転車を押していた僕は、ドキドキしながら口を開ける。照りのある飴が恐る恐る口に入れられる。僕は必死に、なんてことはないという顔をした。
どこまでも物足りない感のある夜だった。早々に終わってしまった花火大会の後、僕らはなるべくゆっくり歩いて時間を潰した。うだるような暑さの昼間から、夕方にかけて徐々に気温は落ち着き、九時を過ぎるとひんやりとした夜気が心地よいほどになっていた。まだ帰る気には到底なれなかった。
「花火買おうよ」
田舎の暗闇にぽっかりと浮かび上がるコンビニの明かりを見つけた時、僕は自然とそういっていた。
「いいねいいね」
ホヅミは案外乗り気で答える。
「でも、どこでやるの? 公園とか? 今日はきっと警察、巡回してるよ?」
「大丈夫だよ。見つかったら逃げればいいじゃん」
現実的なリンの一言を、哲也が笑い飛ばす。
「小学校とか、どう?」
そう切り出したのは、サクラだった。
ほとんど有り金をはたいて、僕らはたくさんの花火を買った。
自転車を10分も漕げばつく母校は、卒業して3年、通り過ぎることはあっても中に入ることなど一度もなかった。
正門は硬く閉ざされていたが、哲也がフェンスをよじ登って入り、中から鍵を開けた。
「なつかしい!」
サクラは無邪気な声を上げる。僕はりんご飴の串を噛みながらぼんやりと校庭を眺めた。
しばらく校庭の遊具で遊んだ後、僕らは花火のパッケージを開けた。ライターは渉が持っていた。
「俺はこの一本を最後に禁煙する!」とタバコを掲げる渉に
「お前いまいくつだと思ってんだよ」とツッコミを入れる。
そう言っている間に、哲也が最初の花火に火をつけた。
「きれい!」
花火は勢いよく火花を飛ばし、赤、青、黄色と様々な色に変化していく。
哲也が手にした花火の火が消えると、辺りは急に静寂を取り戻し、僕は急かされるように次の花火を取った。
そこから静寂を吹き飛ばすように、次から次へといろいろな花火を点けた。火が消えてはいけないような気がして、花火を火種にして次の花火を点けていった。
辺り一面が煙に包まれ、独特の芳ばしい香りが漂っていた。哲也はパッケージにあるロケット花火を集めている。
―――その時だった。
正門にパトランプを点けた車が止まった。
「やばい、逃げろ!」
即座に哲也が声を上げる。僕は動転しながらも、弾かれたように車と逆方向に走りだす。
すぐに車から警官が降りてきて、こちらに向かってくるのが見えた。遠い所で、待ちなさい、という声が聞こえてくるが、僕らは一目散に走って、あらかじめ置いておいた自転車に乗り、学校を後にする。
「ホヅミは俺が送る。お前はサクラを頼むぞ」
急に頼もしくなった哲也は全員に指示を出す。
「じゃ、また明日。絶対に捕まるなよ」
そういって、颯爽と闇夜に消える。
「早く乗って!」
サクラの手を引いて後ろに座らせ、僕は自転車のペダルを思い切り漕ぎ出した。
首尾よく警察の手を逃れた僕とサクラは、公民館の端にある死角に身を潜めていた。実際サクラを家まで送ることも出来たのだが、精根尽き果てるまで漕ぎとおして上がった息を整えるためにも、公民館はうってつけの場所に思えた。
「大丈夫?」
僕は肩で息をしながらそう聞く。
「怖かった?」
サクラは黙ってうなずく。必死で気付かなかったが、彼女はずっと僕のシャツの袖を握り締めて離そうとしない。きっと無意識なのだろう。
二人が余り話をしなくなったのは、いつからだろう。ぼんやりとそう考える。幼い頃はいつも一緒にいて、心細い時は決まって僕のシャツの袖を掴んで話さなかったサクラが、いつの日から少しずつ遠ざかっていってしまったのだろう。
「昔はよくこうしてたよね」
僕は思い切って、シャツを握る手を取り、両手で優しく包んであげる。サクラは一瞬うろたえたが、すぐに穏やかに頷いた。
「線香花火」
二人が石段に座り、しばらくすると、なんともなしにサクラがそう呟いた。
「何?」
「線香花火、したい」
子供みたいな口ぶりでいうサクラは、軽く跳ねる調子で自転車の籠にある花火を手に取る。
「ここなら見つからないかな」
僕はジーンズのポケットからライターを取り出してみせる。サクラは数本の束から一本を器用に抜いて、僕の隣に腰掛ける。
「中学生でライター持ってるなんて、不良だよ?」
と笑いながら、線香花火をライターの火に近づける。パチパチと微かな音をさせ、花火は静かに燃えだす。月明かりで透き通るような肌が、花火の明かりで一気に生気を取り戻し、ハリのある瑞々しい色に変わる。サクラは、両膝の上に顎を乗せ、微笑みながら小さな炎を見つめていた。僕は照らされたサクラの横顔をじっと見つめていた。目が離せなかった。
ジジ、という鈍い音と共に、線香花火の最後の赤い玉が落ちた。ふとその最後の明かりを目で追った。落ちた赤い玉は見る見る色を失っていく。
と思っているうちに、自分が口づけしていることに気付く。サクラの唇は冷たく、心地よかった。
そっと離れたサクラは僕に微笑んだ。月明かりが彼女の肌をいっそう白く染め、眩しげに細められた瞳が煌めいて、綺麗だった。
この作品は、読書の時間というサイトに投稿したものです。
今月も投稿バトルに参加しておりますので、最新作もチェックしていただけるとありがたいです。




