第9話 vsカトリーヌ
※残酷描写注意※
セイル様が影に沈んですぐ、魔力の流れを感じました。
構える間もなく壁に扉が現れ、勢い良く開いたかと思うと騎士達がなだれ込んできました。
椅子に腰掛けたままの私を取り囲み、いつでも剣が抜けるように構えます。
私は急いで椅子から立ち上がり、地面に跪きました。
私が頭を垂れるのとほとんど同時に、聞き慣れた声が耳に届きました。
「リネット、貴女が魔女だったとはね」
第一王子はもしかしたら来るかもしれないとは思っていましたが、まさかカトリーヌまでが来るなんて。
私は顔を伏せたまま、黙っていました。
「素直に幽閉を受け入れたのも、死ぬはずがないと分かっていたからなのでしょう? 憐れな生贄はどこに隠しましたの?」
生贄?
ああ、カトリーヌはセイル様と私の関係を勘違いしているのですね。
どちらにしても、私はその問いに答えるつもりはありません。
黙ったままの私に苛つくように、カトリーヌは地面をヒールでコツコツと叩きます。
「リネット、黙っていては埒があかぬ。お前は魔女なのか? この塔はこんなに清潔な場所ではなかったはずだ。お前は一体なにをしたのだ」
カトリーヌの後ろから、第一王子の声がします。
王子の方が、カトリーヌよりはまだ話が通じるかもしれません。
私は顔を上げました。
「父が魔術師であることはご存じでしょう。私は父の書物を読み、いくつかの魔術が使えます。そのうちの一つが、洗浄というものなのです。魔術は使えますが、悪しき魔術は使えません。私は父の書斎にあった魔道書しか読んだことがないのです」
「まぁぁ、この期に及んで宰相様に罪をかぶせようとなさるの? 本当に人でなしですわ、さすが魔女! まぁ、あなたの使える魔術などどうでもよいのです、あの生贄の男はどこにいますの!?」
「何をおっしゃっているのか、私には分かりません」
「嘘おっしゃい! 隠そうとしても無駄ですわ、貴方たちも何をボサっとしているの!? 早く塔の中を探すのよ!」
私を取り囲んでいた騎士達が、塔の内部の捜索に動きました。
荷物を運び込んだ後に、地下へ続く扉は念入りに周囲と馴染ませて隠しておいたのですが、一人の騎士が何か違和感を覚えたのか、扉の方へ手を伸ばすのが見えます。
私は思わず立ち上がろうとしてしまい、その瞬間、カトリーヌの足で頭を蹴られました。
突然の衝撃に、バランスを崩して地面に倒れ込みます。
それほど痛みはありませんでしたが、カトリーヌに蹴られたという事実に、私の身体は固まりました。
「カ、カトリーヌ!」
「貴方は黙っていらして!」
さすがに驚いたのか王子がカトリーヌを止めようとしますが、カトリーヌの剣幕に、すぐにその手を引っ込めました。
カトリーヌは倒れる私の顔の前まで歩み寄り、私を見下ろします。
「貴女は黙って私に全てを寄越せばいいのよ!」
カトリーヌの高いヒールが、私の顔に勢いよく向かってきて。
私は目を閉じることもできず、不思議とゆっくりに感じられる時間の中、目の前に迫った靴を履いた足が、膝のところで寸断されて飛んでいくのを見ていました。
「え?」
やけに生々しく目に映るカトリーヌの足の断面。
そこから吹き出した大量の血が私を汚すより早く、私の身体は影から出てきたセイル様の腕の中にしまい込まれていました。
「き、きゃああああああああああ! いたいいたいいたい! 何よ、なんなのよ、ああああああああ!」
「貴様、オレ様のものに随分と手荒な真似をしてくれたな」
「あ、あああ、悪魔! 悪魔あああ! リ、リ、リネット、貴女、私をハメたわね!?」
何を、言っているのでしょう。
私は何もしていませんし、むしろ私を嵌めたのが、カトリーヌなのではありませんか。
私はいまさら痛み出した頭を右手で押さえ、左手でセイル様の腕に掴まりました。
周囲の騎士達が剣を抜き、こちらに向かって牽制するような体勢を取っています。
王子は青い顔で騎士の背後に隠れてしまいました。
私を哀れみの目で連行した女性騎士が、今は怯えた目で私を見つめ、カトリーヌの脚の止血をしています。
どうしてこうなってしまったのでしょう。
私は何を間違えてしまったのでしょう。
正解は分かりませんが、一つだけ、確かなことがあります。
私は、今のこの状況をそれほど悲しんではいません。
人でなし、そうなのかもしれません。
誰に何を言われようと、もう、私の心はただ一人、セイル様を愛しているのです。
私を抱きしめる手に力が入り、セイル様が一歩前に出ました。
カトリーヌが息を飲み、周囲の騎士達に緊張が走ります。
「脚の一本で済むと思うなよ。貴様も、それから貴様も、リネットを害する者にはオレ様が地獄を見せてやる」
騎士の背後から、王子の悲鳴が聞こえます。
カトリーヌも、痛みより恐怖が先んじているように震えています。
私は首を捻り、セイル様にだけ聞こえる声で呟きました。
「セイル様、あんな方々にではなく、私に地獄を見せてくださいませ」
セイル様は一瞬、目を見開き、それから微笑んで私の額に口付けました。
それから王子とカトリーヌに向かって、私と契約をした時のような言葉を呟くと、私を抱えて飛び上がります。
塔の天井にある明かり取りの窓にぶつかると思った瞬間、視界が暗転し、そして私の意識も、途絶えました。