第7話 その頃、王城にて
その頃、カトリーヌ・ホロウリーは王城にいた。
手に入れた第一王子と共に、囚人たちの様子を監視するための詰所へ訪れていた。
「本当に確認するのか?」
「えぇ、当然ではありませんか。彼女が幽閉の身になったのは私たちが原因なのですよ。責任を持って最期まで見届けるのが筋ではありませんか」
「おお、さすがはカトリーヌ!」
もちろん、カトリーヌはそのような理由から詰所へ来たわけではない。
リネットの無様な姿を、ただ見たかっただけである。
あの女の醜悪な死に様をこの目で確認できたなら、それはどれほどの興奮をもたらしてくれることだろう。
一ヶ月やそこらではまだ死んではいないかもしれない。
しかし、ほとんど食べられたものではないパンをいくつか与えただけなのだ、飢餓に苦しむ姿を見られるだけでも構わない。
大勢の前でカトリーヌを使えない人間だと罵倒したあの女から、何もかもを奪ってやらなければ気が済まないのだ。
リネットはカトリーヌを罵倒したことなどなかったが、それは問題ではない。
カトリーヌがどう受け取ったか。それだけだ。
他の侍女も働く中で、自分だけに細かな注意を何度も何度も繰り返されたこと。
リネットにとっては当然のことであり、リネットの元で働いていれば自ずと理解できる主人の潔癖さも、カトリーヌには理解できない。
全て、自分への嫌がらせだと受け取った。
そして、カトリーヌの思考はリネットから何もかもを奪い取るというところへ着地する。
手始めに婚約者を奪った。
リネットは王子と全く触れ合おうとしていなかったため、カトリーヌが素肌を晒して誘惑すればすぐに落とせた。
リネットへの悪評を広めてやろうとすれば、それも簡単だった。
王子はカトリーヌの言うことをほとんど丸ごと鵜呑みにしたし、それを妹、すなわち王女にこぼしていたからだ。
自分の婚約者はこんなにもひどい女なのだと、王子としては愚痴を聞いてもらっている感覚だったのだろう。
だが王女はその情報を自分のお茶会で話題に出した。
カトリーヌはそこまで計算深くはなかったが、結果としてリネットの悪評は瞬く間に貴族女性の間に広まっていったのである。
カトリーヌは自分を溺愛している父にも協力を仰いでいた。
ホロウリー男爵は、ビングリー公爵の地盤を少しでも揺るがせるのならと喜んで娘に協力した。
そうして作り上げた小さな冤罪を、あの日リネットに大量にまとめて突き付けたのだった。
処刑にならなかったのは残念だが、それでも罪人の塔への幽閉である。
むしろ、一瞬で死んでしまう処刑より素晴らしい罰であるとカトリーヌは思った。
婚約者を奪われ、家族からも見放され、貴族たちの侮蔑の視線に晒されて、塔で一人死んでいくのだ。
カトリーヌは気分が高揚しているのを悟られぬよう、冷静な声色で兵士に命じた。
兵士は王子の方を向き、王子が頷いたのを確認してから、罪人の塔に施された遠見の術式を起動させる。
衰弱したリネットが映るはずの石板には、優雅なティータイムを送る男女が映し出されたのだった。
「は? ど、どういうことですの? 何か間違った場所を映しているのではなくて?」
「い、いえ、塔の内部です、間違いありません」
「おかしいではありませんの! 粗末なベッドがあるだけと聞いていましたけれど、何です、あの大きく綺麗なベッドは! しかもあの塔には管理人しか入れないのではないのですか!? あ、あ、あの男は何者ですか!」
「分かりません!」
「あ、あ、リ、リネット……!」
王子の情けない声がしてカトリーヌが石板に視線を戻すと、リネットと男が口付けているのが見えた。
二階全体を映しているために大きく映っているわけでもなく、鮮明に見えるわけでもない。
それなのに、リネットの唇を味わっているその男が、とてつもなく美しいことだけははっきりと分かった。
その美丈夫はあろうことか、《《カトリーヌに向かって手を振った》》のだ。
あれが、欲しい。
カトリーヌの中で、王子の価値が一瞬にして砕け散った。
もともとリネットの婚約者だから奪っただけであり、カトリーヌの好みとはかけ離れているのだ。
そんなどうでもいい男をカトリーヌに押し付け、自分は新しい美丈夫と二人だけの世界?
そんなこと、許されるわけがない。
カトリーヌの思考は、またしても自分を中心に書き換わっていく。
次の瞬間には、カトリーヌのやることは決まっていた。
「リ、リネットは魔女ですわ……! 邪法を使って塔の護りを破ったのよ! あの男は悪しき魔力の供給源にされているに違いありませんわ!」
「魔女だと!? はやく討伐隊を差し向けねば!」
「さきほどあの男性はこちらに救いを求めているようでもありました……私、あの方を助けてさしあげたいわ」
「カトリーヌ……君は聖女なのか……?」
「いやですわ、お恥ずかしい。……王子、私たちも参りましょう」
「え? 兵士たちに任せておけばよいのではないか?」
「いいえ、相手は魔女です。王族の使う光の魔術でなければ歯が立たない可能性が高いですわ。貴方が行くのなら、私も参ります」
「カトリーヌ……!」
そうしてカトリーヌは準備を整え、王子と騎士たちを引き連れて塔へと向かうのだった。