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第1話 婚約破棄

 目の前に浮かぶのは、黒い翼を背に持った美しい男性でした。

 悪魔は私に手を差し伸べます。



「オレ様はセイル。オレ様に何でも願うがいい」


「……結構です」


「なに?」



 私は悪魔を召喚(しょうかん)したかったわけではないのです。

 ただ、これから住む場所を綺麗にしたかっただけなのです。

 どうしてこのようなことになってしまったのでしょう。


 少しの現実逃避を含め、私は数日前の出来事を思い返していました。





「そなたがここまでの危険人物であったとは思わなかったぞリネット・ビングリー! 婚約は当然解消だ、取り押さえろ!」



 婚約者である第一王子の突然の宣言に、私は目を丸くしました。

 どうしてそんなことになるのでしょうと思っていますと、王子の陰に隠れるようにしてこちらを(うかが)う二つの瞳と視線がぶつかります。

 小動物のようにつぶらなその瞳は、私と目が合った瞬間ニヤリと半月を描いていました。


 ああ、貴女がやったのですね、カトリーヌ。


 そう理解した時にはすでに、私の身体は城の騎士たちによって取り押さえられていました。

 他者の手が自分に触れています。

 それだけで鳥肌が立ち、私は身動きが取れなくなりました。

 一応は公爵令嬢である私の身分に配慮してか、私に触れる騎士達も一定以上の身分にある者たちであるようでした。 

 ただ、そんな配慮は私にとって何の意味もありません。

 その中には、仲が良いと思っていた女性騎士の姿もありました。

 私が彼女を見つめると、兜の下で顔を歪ませたように見えます。

 彼女も、私を憎からず思ってくれていたのでしょうか。


 王子の目は、もう私を見ていないというのに。


 騎士達に引き連れられて王城から去る私を、周囲の貴族達が物珍しげに見ています。

 数人の口からは、私が悪い令嬢なのだという言葉が聞こえてきます。

 悪い噂も流されていたのでしょうか。

 随分と準備のいいことです。

 誰も王子の陰にいる彼女を責めることはありません。

 悪いのは私だと、瞬く間に広まったようでした。





 カトリーヌは男爵令嬢で、私の家に行儀見習いとして出入りしていました。

 私が登城する際も同行させていたのですが、いつの間にか王子と想いを通じ合わせていたようです。

 姿が見えないことが多いのだと他の侍女が言っていたのを放置したのがよくありませんでした。

 王子を自分のものにするためだけに私をここまで(おとし)めなくてもいいだろうと思いますが、おそらく私に対して怒りを溜め込んでいたのでしょう。


 私は人並みはずれた綺麗好きです。

 普段から手袋をはめ、可能な限り素肌を布で覆っています。

 少しの(ほこり)も耐え難く、私の部屋の掃除はそれはもう念入りに行っておりました。

 主人である私が自ら掃除するわけにもいきませんので、必然的にカトリーヌも掃除をすることになるのですが、それがまた雑なことこの上ないのです。

 逐一指示を出していましたが、その度に生返事。

 背後から睨んでいることを、他の侍女から教えられることも一度や二度では済みませんでした。


 そんなカトリーヌでしたから、王子を手に入れるついでに私を破滅させてやろうと考えたのでしょう。





 数日後、私は罪人と同じ一枚布のワンピースに身を包み、教会で神父様の前に(ひざまず)いていました。

 捕らえられてからの牢屋生活で、私の精神は限界を迎えつつあります。

 全身を清めたくて堪りません。

 身を包むワンピースも、叩けば埃が立ちそうです。

 油断すると嫌悪感のあまり吐いてしまいそうなくらい気分が悪いのですが、さすがにそこまでの失態を(さら)すわけにはいきません。


 神父様の口から、私がやったとされる罪状がつらつらと読み上げられます。

 しかし、どれもこれも私には覚えのないものばかりですから、その文言はひとかけらも私の心に残りませんでした。

 ただ、それほど大きな罪状はなかったように思いましたので、(ちり)も積もればというやつなのでしょう。

 私は、王都の最北部にある塔へ幽閉されることになりました。

 小さな罪の積み重ねでは、私を処刑するには弱かったようですよ、カトリーヌ。


 父と母は、私を助けようとは思わなかったようでした。

 もともと、両親の愛情は兄に注がれていましたし、当然のことと言えます。

 父の後を継ぐ、兄さえいればいいのでしょう。

 私が王妃になれば、それはそれで利用したでしょうが、父の将来設計の中でさほど重要でなかったに違いありません。

 父は、女を信用しておりませんし。


 王子から婚約破棄を突き付けられてすぐ、私はビングリー家ではなくなっておりました。

 家族の情よりも、家柄を優先する。

 さすがですわ、お父様。

 いえ、家族の情すら初めからなかったのかもしれませんけれど。


 そこまでされれば、私が何を言ったところでどうにもならないのは明白です。

 ですので私は、精一杯いつも通りに振る舞いました。

 広がりもしないスカートを小さく(つま)み、(うやうや)しく頭を下げます。



「ごきげんよう、皆様。そして、さようなら」


「連れて行け!」



 父も、母も、兄も、誰一人、私を見ておりませんでした。

 なんて潔いのでしょう。

 涙も出ませんわ。 


 それから手枷(てかせ)足枷(あしかせ)(はめ)められて、私は車輪の付いた(おり)のようなものに乗せられました。

 見せしめのために街を練り歩きでもするのかと思いましたが、ご丁寧に檻の外側には幕が降ろされ、運ばれていく私の姿は誰の目にも触れませんでした。



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