観察:スライムの基礎生態
手早く冒険者ギルドの登録を終えて、この世界での自由を手に入れた私は真っ先にとある場所へ向かっていた。
残念ながら街の外のフィールドではない。
早くそちらを確認したい気持ちはあるのだけれど、それよりも先にやるべきことがあるのだ。
「ここが資料庫……」
巨大な冒険者ギルドは一階のカウンター、二階の応接室、そして今まさに私が立っている三階の資料庫までが現状で入室を許可されている範囲である。
ここには周辺地域に関する情報がそれなりに集められているのだ。
無論それはモンスターに関する情報も例外ではない。
とはいえ、ここにあるのはあくまでも討伐任務のための資料であり、姿かたちや警戒する点などが書かれているくらいのものであるとは受付さんの談である。
もっと詳しい情報は街中にある図書館の使用が認められればそちらで確認することもできるかもしれないけれど、あいにく今はなにやら作業をしており新規の使用届は発行できないらしい。
ようは未実装である……
というわけでまずはこの資料庫で一番近いエリアの情報を集めることにしたのだ。
まったくのゼロから観察するよりも、いくらかの情報を得ておいた方が調べやすいのは言うまでもないだろう。
もっとも、ここに書かれている情報がすべて正しいとは限らないので注意する必要はあるけれど。
「自分で本を探すのも楽しいとこですけど、こうやってお手軽に調べたいものが調べられるのはいいわよね」
本棚の前に立つと自動で検索システムが起動し、必要な情報が書かれた資料を表示してくれるのだ。
センテルス周辺の初心者向けモンスター情報なんていう曖昧なワードでも賢いAIが判断して持ってきてくれる。
「北の平原にスライムとウルフとホーンラビが生息している、ふむふむ……」
全体の概要を見ると、初心者用として提示されたのはセンテルスの街より北側にある平原だった。
もはや私にとってはある種で因縁のスライム、まんま狼のようなウルフ、角の生えたウサギであるホーンラビの三種が主な生息モンスターらしい。
他にも別のモンスターがいることもあるようだけど、初心者はこの三種以外は逃げておけってことのようだ。
「さて、この三つの中からならもちろんあれからよね」
無論、最初の観察対象として私が決めたのは言うまでもなくスライムである。
資料からスライムに関わる部分を展開して表示する。
≫スライム:
≫平原に生息する初心者向けの低級モンスター。
≫水色で半透明の球体をしておりその内部にコアが存在している。
≫攻撃方法は球体の体から繰り出される体当たりと、球体から伸ばされる触手のようなものによる攻撃である。
≫なお、打撃攻撃に対しては軽い耐性をもつが問題なく初心者の打撃攻撃でも倒せる範囲である。
≫注意点:
≫コア部が弱点でありそこを狙えば大きなダメージを与えられるものの、破損の少ないコアは買い取りを行っているので注意されたし。
≫魔法が非常に効果的ダメージを与えられるものの、入手できる素材が変質する恐れがあるため注意されたし。
≫コアが赤い個体は敵対性が高いので注意されたし。
≫その他、通常の個体と明らかな違いがみられる個体については初心者では対処できないので速やかに退避すること。
「なるほど……」
基本は球体ということでかわいい方がベースのようだけれども、完全にそっちに振ってるわけでもなく触手なんかも使ってくるってことのようだ。
これらの情報から今、頭に入れておくべきことはそう多くないだろう。
一つは離れていても攻撃する手段が備わっていること。
職種のスピードがどの程度かは置いておいてリーチがある攻撃ができるということだ。
もう一つはコアが赤かったり、通常とは違う個体には近づかないこと。
いずれはそれらの調査も行う必要はあるかもしれないけれど、まずは通常の交代を調べるのが先である。
「それじゃあ行きますか」
そんなこんなで観察対象についての基礎知識を得たならば、次はお楽しみの現地調査である。
センテルスの北門を抜けると、説明がなされていたように平原が広がっていた。
広い平原にはそれなりの感覚で木々が生えておりモンスターが点在する以外はのどかな光景である。
この北門から続く平原にはそれなりの大きさの街道が走っており、ある程度の管理が行われているために強いモンスターは住み着いていない。
弱いモンスターがいるのは、初心者に対する訓練的な意味合いが強い……という設定のようだ。
街道を走る旅人たちでも簡単に対処ができる程度なのである。
人が少なそうな平原でも端の方に生える木に登り、辺りを見渡す。
初期資金の大半を費やして冒険者ギルドから購入した双眼鏡のお陰で、少しばかり離れていてもしっかりと観察することができるのだ。
双眼鏡で辺りを見渡せば、わざわざ探すまでもなく三種のモンスターを見つけることができた。
資料庫に記載のあったスライム、ウルフ、ホーンラビである。
ウルフとホーンラビも初心者向け動物型ということで興味はあるけれど、まずは何をさておきでスライムである。
記載のあったように流動的な球体をしていて、高さは周りとの比較からすると大体直径三十センチといったところだろうか。
注意事項にあった敵対性の高いという赤いコアを持つ個体もこのあたりでは全体の二割程度といったところのようだ。
コアは中心付近でゆらゆらと動いている球体で、外側を構成しているのが流動体なためコアの位置も固定というわけではなく内部を動いているようだ。
初心者には弱点のコアを正確に狙うのは厳しそうに見えるがそこはシステム補正で案外当たるのだろうか……
もう一つの弱点である魔法を使うと素材が変質し、買い取りしてもらえないこともあるためスライムというモンスターは案外いやらしいモンスターなのかもしれない。
倒しやすいとおいしいはまた別ということだ。
ヘルプナビゲーションにセットしてもらったスキルは気配や音を隠すもの、遠見などの観察に置いて有用性が高いものが多く、現にこうして木に登って観察していても気づかれている様子はない。
ちなみに遠見のスキルがあれば双眼鏡は入らないように思えたけれど、レベルが低いためか長時間の維持ができなかったのである……
ともあれ、いよいよ観察作業の始まりだ。
まずは楽に長時間とどまれる安定性を考えて太い枝に腰を掛ける。
左手にはギルドで購入した双眼鏡。
右手には記録用のペンを握る。
羽ペンを模したこのペンはVR機器に標準装備されているノートに使用できるペンである。
ゲーム内のものではないものの、ある程度の標準デバイスは使用を許可されているのだ。
ただし、ゲーム内に干渉することはできないけれど。
ペンは他のプレイヤーの視界に映ることは無く、手から離せば消えてしまう。
実物のペンではなく、書くという意思が反映された結果のツールに過ぎないのである。
そんなペンを使ってノートに思いついたことや観察して得られる情報を書き留めていくのだ。
そんなこんなで観察を続けること二時間ほどが経過したけれど、その間の彼らは平和そのものであった。
まずは通常の個体をと思い、コアが緑の個体を中心に観察を続けていたが、やることと言えば草を食み、川に水浴びに行ったくらいのものである。
とはいえ、刺激的ではないこれらの行動からも情報を得ることは可能なのだ。
例えば、草食であることや、水分補給を必要とすることである。
これが動物のモデルがいるようなモンスターの場合ではなんとなくの予想をつけることもできるが、スライムのようなどう見てもモンスターみたいなものの場合、それらの情報は予測もできないことなのである。
ゆるゆると移動しながら草を食べ、川でゴロゴロと転がるようにようにする仕草はどことなく愛らしいものである。
近場にいた数匹のスライムを観察してもそのどれもが似たような生活を送っているようである。
彼らは基本的に単独で行動しているけれど、同種のスライムに対して攻撃性があるわけではなく川でばったりした際などには挨拶なのか互いにすり寄っている姿が見られた。
むにむにとしばし触れ合いそのうちにまた互いに別の場所に向かっていくのを見届ける。
だが、例外というものは存在するらしい。
やはり彼らの中でも赤いコアを持つ個体は何らかの意味が込められているようだ。
赤いコアの個体に一定以上近づいた他のスライムが、避けるようにして離れるのである。
これは赤同士でも同じらしく、互いに離れるような行動を行っていた。
赤いコアについてはまた別に観察が必要である。
そんなこんなでノートに書いた情報をまとめているとガサゴソと音が聞こえた。
わざわざ端の方にもプレイヤーが来たようである。
無論、私のようなプレイヤーもいるのだからそういうプレイヤーがいることもおかしくはないだろう。
杖を持った少女が一人、スライムを見つめていた。
つまり、そういうことなのだろう。
もう少しばかり観察していたいところではあったけれど、この世界は私一人のものではないのでおとなしく見守ることとする。
さすがにフリーのモブと戦おうとしてる人に対して、今観察してるからダメとは言えないし言うつもりもない……
一応自分の楽しみ方が一般的ではないことはこれでもわきまえているつもりなのだ。
「さて、どうなるかな」
なんとなくの方向性を見てもらいたかったので2話同時投稿となりました。
よろしければ、今後もよろしくお願い致します。