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二人で幸せになるために  作者: 新浜ナナ
第二章
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第28話 落ちる人

 ザクっ!!

「っ()!」


 カッターナイフを向けて無謀にも突っ込んで来たしずかの元カレは、防御した俺の左手を切りつけて来た。


 だが、包丁ではないからかそこまで切れ味が良かったとは言えず、スーツと中のYシャツをぱっくり切る事は出来ても、腕までは深く切れなかった様だ。


 それでも痛いけどな!!



 そこまでの怪我じゃなかったからか、俺も次の瞬間には冷静さを取り戻していて、持っていたトートバッグを下から大きく振り上げて元カレの顔を力いっぱいぶん殴った。



「うわ!!」

 よろめいた瞬間に落としたカッターナイフを足で遠くに払う。


「もう・・・い、っちょ!!」

「う!!」

 もう1発、武器となったカバンで元カレを横から殴った。


 よろめいて膝を着いた所をすかさず上から乗って取り押さえる。


「すみません!どなたか警察呼んで下さい!」


「あ、あ!こ、こちらで連絡します!」

 コンビニの店員が騒ぎを聞きつけてか、外に出て来ていたのだろう。

 慌てて店内に入って行った。


「は!しずか?!」


 元カレに突き飛ばされたのは見た。

 突き飛ばされた方向へ目を向けると、髪が乱れ顔面蒼白で涙をぼろぼろ零すしずかが道路にへたり込んでいた。


「大丈夫?」

「わ、わた・・・亮さんこそ血が・・・」

 そう言うとさらに泣き出してしまった。

 今すぐ抱き締めて安心させてやりたいが、まだ少し抵抗しているので迂闊に力を緩められない。



「あ!お巡りさん!こっちです!」

 コンビニの店員が警察をこちらに手招きしている。



「「あなたは・・・!」」

「どうも、こんばんは。何か起きちゃいました。」


 やって来た警察官二人は、以前事情を伝えた俺の事を覚えていてくれた様だ。


「お怪我されてますね。その男はこちらで拘束致します。」

「うう!!しずか!!」

「おい、お前良い加減にしろよ!」

 警察に身柄を拘束されていると言うのに、まだしずかを呼ぶ。


「奥様も怪我・・・されてますね。」

「え・・・?あ・・・」

「どこ怪我した?!」


 警察の言葉に慌ててしずかに駆け寄ると、彼女の白いスカートに所々赤い汚れが付いていた。


「あ・・・手の平・・・転んだ時、かも・・・」

「痛かったし怖かったよな・・・ちゃんと守ってやれなくてごめん・・・」

「そんな事!!亮さん腕は?痛くないの?」

「あーちょっと痛い。」


 フハっと小さく笑うと、しずかは俺の胸に縋りついて声を抑えて泣きじゃくった。


「・・・もうこれで大丈夫だよ。」


 片手だけでしずかを強く抱きしめるも、俺の中の怒りが段々大きくなって来るのがわかった。





 ********************


『何だって?!俺も行く!』

「いや、お義兄さんはしずかと一緒にいて欲しいんです。充輝(みつき)君や双葉ちゃんと遊びに来て貰えると気も紛れると思うので。」

『そうか・・・それもそうだな。わかった、そうする』




 先日しずかの元カレに刃物で切り付けられた際、俺の被害届と共に再度しずかへのストーカー行為の被害届を警察に提出した。


 俺としてはしずかに二度と被害が及ばない様、示談に応じずそのまま実刑を食らわせてやりたかったが、

「親が犯罪者になったら小さい子供二人はどうなるの?!」

 としずかが泣きながら俺に訴えて来たので相手側の弁護士からの示談の場に応じる事にした。



 示談の場にしずかは同席させない。

 しずかも元カレに会いたくない、と言っているのでそれは良いのだが交渉の当日一人にさせるのが不安だった。


 しずかのご両親へ報告した後、お義兄さんが甥っ子ちゃん達と(うち)にいてくれれば心強いな、と思いそう説明した。


 彼らと一緒に楽しく過ごしていれば示談が行われている時間を気にする事は少ないだろう。






 ********************


「あの・・・怪我をさせてしまって申し訳ありませんでした・・・」


 俺の怪我が治る頃、久しぶりに見た向かいに座る小太りの男は肩を落とし、こちらも見ず謝罪の言葉を述べる。


「謝罪の言葉は聞きますけど、受け取りません。許すつもりもありませんので。」


 そう強めに言うと、ビクっと肩が震えた。


「示談受け入れは難しいでしょうか?」


 依頼人の謝罪の言葉を見守った後、隣の付添人が口を開いた。

 相手側の弁護人だ。


「こちらの示談条件は、傷害罪に加えストーカー行為を踏まえて、示談金と都内からの退去です。」


 相手の弁護人の問いにこちらの弁護人が答える。




「示談金はともかく、都内からの退去は難しいかもしれませんね・・・」

 事前の打ち合わせではそう言われていた。


 あまり要求が強いとこちらが脅迫している事になり兼ねないかもと心配だったが、示談に応じないなら起訴してもらうだけだ。




「私は・・・示談に応じなくても良いと思ってるんです。」

「えっ・・・」


(やっとこっち見たな・・・)


「あなたが私と妻にした事は、私は許せません。でも、妻が、あなたが犯罪者になったら母親のいない小さな子供二人はどうなるのか、と泣きながら聞いてくるんです。示談金と都内からの退去は厳しいかもしれませんが、子供達のこれからも含め良く考えて下さい。」



 しずかから、元カレの実家は地元でそこそこ大きな農家を営んでいると聞いた。

 都内から群馬に戻っても食うには困らないのでは、と勝手に思っている。

 これまた勝手な考えだが、祖父母がいれば父親が働いている間面倒を見てもらう事だって可能だろう。




「香川さん、被害者様からも示談を受け入れたら勤め先には連絡しない、と言ってくれてますし、かなりの好条件かと思いますよ・・・都内からの退去、出来ますね?」

「・・・」


 何を迷う事があるんだろうか。

 こちらの条件を吞まなかったら刑務所行きだ。小さい子供二人は祖父母に引き取られなかったら施設に入る事になってしまうだろう。

 大した年数は入らないだろうが、社会復帰は当然厳しい事になる筈なのに。


「つ・・・」

「「「?」」」

「妻が・・・」


「家を出て行った妻がもしかしたら帰って来るかもと思うと・・・」

「・・・お気持ちはわかりますが、もう数か月戻られてないんですよね?それに刑務所に入ってしまったら結局連絡は難しくなるんですよ?」

「うう・・・」


 しずかに横恋慕させてたくせに今さら何言い出すんだろう。


「家で待っていたい程の奥様ならその労力を私の妻にぶつけるんじゃなくて、奥様を探す方に充てるべきでしたね。」

「探したんだよ!!」

「香川さん!」


 俺の言葉に強く反発した元カレが立ち上がったのを隣の弁護士が制した。


「警察にも届けたんだ。何かあったのかも、と。でも・・・でも、置手紙があっては探せないって・・・俺は・・・俺は・・・子供二人はどうするんだ・・・」

 そう言って顔を両手で覆うと声を上げて泣き始めた。


 正直男の本気泣きなんて見たくない。

 妻が出て行ったのだって、こいつにもきっと原因はあった筈だ。

 たまたま再会したしずかは本当に何にも関係無いんだ。あんな怖い思いまでさせて・・・!



「今回は答えが出なさそうですね。では1週間後に返答下さい。1週間後に決定していない場合は、依頼者の意向もありますので起訴に移る可能性がある事、覚えておいて頂ければと思います。」


 見守っていた俺の弁護士は冷静にそう伝えると、退室しようと俺に目配せをした。


「・・・きます。」

「はい?」

「都内から出て行きます!」

「香川さん、きちんと考えての答えですか?」


 やけくそになったかの様な答えは、元カレの弁護士もそう聞こえた様で改めて答えの確認を取った。


「考えました。泣いてしまって・・・取り乱してしまって申し訳ありません。」


 さっきまでおどおどしていた男は今度は真っ直ぐ俺を見て来る。


「帰って来るかわからない妻より、子供達が何より優先である事をわかっては、わかってはいたんです。でもどこか受け入れられない自分がいて・・・」

「香川さん・・・」

「あの、しずか、いや、しずかさんに怖い思いをさせて申し訳なかったと伝えてもらえますか?」


 この真剣な表情は反省したと判断して良いのだろうか。


「それくらいなら・・・」

「子育てに疲れ始めた頃、しずかさんと再会して笑顔を見てほっとしたんです。付き合っていた時優しかった彼女ならって、浅はかにも思ってしまって。」

「浅はかというか、頭が悪いですよ。私が夫だと、自己紹介した上であなたは付きまとったんですからね。しかも、あなたとしずかが別れた原因はあなたの浮気ですよ。しずかが優しいとか、何言ってるんですか。」

「そう、ですよね・・・本当に申し訳ございませんでした・・・」

「・・・条件を呑んでくれるなら示談は受け入れます。行きましょう。」

「では、後日諸々書類送りますので宜しくお願い致します。失礼致します。」

「示談受け入れありがとうございました・・・」


 弁護人と共に深々と頭を下げる元カレを横目で見たあと、今度こそ俺達はその場を去った。





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