第35話 他人を想う、という事
「箱崎ちょっと時間もらえるか?」
「はい?なんでしょう。」
課長特権で会議室小へ箱崎を呼びつけた。
「前に忠告してくれた木村さんって子は、ふわっとした感じのボブの髪のコで、左目の下にホクロあるか?」
「はい、ありますね。え、優子何かしました・・・?」
「あー実はなぁ・・・」
昨日しずかにあった出来事を説明した。
「何て事を・・・・・彼女さん火傷は?大丈夫ですか?」
「カフェの店員が注意を向けてて、すぐに対処してくれたから火傷は多分大丈夫。念の為今日病院行く様言ったけど。」
「そうですか・・・良かった・・・・あの、ごめんなさい!!」
「ん?何で箱崎が謝る?」
顔面蒼白で今にも泣きそうな箱崎の表情がとても不思議に思えた。
「だって、私がもっと優子にちゃんと言い聞かせてれば・・・」
「あ~何か思い込み激しそうだったからあまり気にしなくて良いと思うぞ。」
「それでも・・・・」
「お願いがあるんだけど。」
「はい!何でしょう!私に出来る事なら!」
勢いのある応答で面食らってしまったが、これならこちらも頼みやすい。
「その木村さんと箱崎で、3人で会う機会を設けて欲しい。彼女は火傷してないから大事にしないで欲しい、とは言ってるが俺の腹の虫は治まってないんでね。」
「何をするんですか?」
「厳重注意だけだよ。今後俺と彼女に近づかない様にって。二人だけだとまた何かされたら困るから証人兼見張りとしていて欲しい。」
抱き着いて既成事実みたいな事される事も想定している。
第三者がいれば予防線は張れるだろう。
「わかりました。呼び出す時は課長の名前は伏せた方が良いですか?」
「そこは任せる。」
「では終業後に誘う様にしてみます。課長のケータイにご連絡しますね。」
「申し訳ないが、頼む。」
こんな事で部下を使うのも躊躇われるが、背に腹は代えられない。
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うまく誘えた様で『駅近くの新しく出来たカフェで待ってます』と連絡があった。
「いらっしゃいませー!」
既に着席している二人を見つけて席へ歩む。
「あ・・・!」
俺の姿を見るなり目を泳がせ怯えた表情をした彼女を真っすぐ見据える。
「騙す様に呼び出して申し訳なかったけど、何で呼ばれたかわかってるよね?」
「・・・・・」
俯いていて返事がない。
箱崎が見守る中、彼女らの前に座り、スマホを起動させる。
「木村さんだよね?」
「はい・・・」
「昨日君がコーヒーをかけた女性は何とか火傷は免れたけど、肌に赤みが出てしまっている。」
「ご、ご、ごめんなさい・・・」
「正直俺は訴えたいと思っているが、」
「!!」
びくんと肩があがる。何をしたかの自覚はありそうだ。
「彼女が大事にしないで、と言っているので今回は訴えたりしないが、今後彼女や俺の近くに近づいたら容赦しないから。君の所の部署とうちの部署は接点少ないから仕事上関わることもほとんどない。すれ違うくらいは不可抗力だが、俺には必要以上に近づかないでくれ。」
「・・・・・」
「昨日の店の店員が君の顔を覚えていて証人になってくれる。次何かしたら法的手段に出るからそのつもりで。」
「はい、申し訳・・ありませんでした・・・」
ピコン!
録音を終了する音だ。その音に木村さんも目を向けた。
実際使う事にはならないだろうが、彼女の抑止力には充分だろう。
「箱崎付き合わせて悪かったな。」
「いえ、気にしないで下さい。」
「じゃ。」
ドリンクも何も頼まず、俺はその場をすぐ去った。
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「・・・・・」
優子が目に涙をためている。肩を上下し、声も押し殺してどうにか泣くのを耐えている様に見えた。
「いらっしゃいませ~」
店員の声へ目を向けたら慌てた様子の女性客がやってきた。
杏奈だ。
「はぁはぁ、片山課長なんだって?」
「走ってきたの?はい、お水。今回は訴えないけど次何かやったら法的手段出るって。」
ごくごくっ。喉を通る音が聞こえる。
「ふー・・・バカ優子!!」
優子の肩がびくんっと跳ねた
「杏奈声大きい。」
しーっと人差し指を口元にあてた。
「すみません、アイスのカフェラテお願いします。」
私の仕草に構わず離れた所の店員に杏奈は注文をした。
「熱いコーヒーかけるって、何やったかわかってる?暴行罪とか傷害罪だよ?理解してる?!」
たまらず涙を溢れさせ、でも声を抑えて優子が泣き出した。
その様子に杏奈も口調を和らげた。
「・・・・・ねぇ、私達優子の事心配して、ずっと忠告してたんだよ。」
「そうだね。」
私も同意する。
「凛子、片山課長は優子の事ちゃんと知ってた?」
「知らなかった。」
今朝優子の特徴を初めて聞いてきた。本当に知らなかったんだと思う。
「だよね、あんた片山課長に認識すらされてなかったんだよ?それなのに自分の事好きだって言って、『それは違う』って私達が言っても認めなくてさ。」
「告白すれば?て言っても理由付けてして、しなかったね。」
「それって、心のどこかで認識されてないのわかってたんじゃない?だから告白すら出来なかった。」
「・・・・・」
二人で優子を問い詰める様子の中、店員が気まずそうにカフェラテを置いていった。
「せっかく同じ会社にいるのに二の足踏んで・・・そうやっている間にも片山課長の時間は進んでるの。そしてその間にあの彼女に出会ってるんだよ。あんたを好きだって思い込みたい課長が明日も同じ課長とは限らないんだよ?」
顔を上げた優子は何かに気付いた様に涙を止め、私達の話しをきちんと正面を見て聞き出した。
「・・・もっと前に課長に告白してたら何か違ったかな?」
声を震わせながら優子が気持ちを吐露した。
「そんなタラレバわからないよ。ただ少なくともあんたがコーヒーを他人にかけるなんて事はしてなかったと思うよ?」
杏奈がそう言うと今度は声を上げて泣き出した。
「ごめ、ごめんなさい・・・うぅ・・・ひっ・・・」
「・・・今度改めて課長を通じて彼女さんに伝えてもらいな。」
この様子だとさすがに反省してるだろう。
「二人とも・・・あ、ありがとう・・・」
私達はお互い目を見張った。優子がそんな事言うとは思わなかったからだ。
「こんな事して、友達やめられて当たり前なのに、傍にいてくれて、かけつけてくれて、本当にありがとう・・・」
これが言えるならもう大丈夫だと私達は思った。
杏奈ちゃんも凛子ちゃんも正直優子との友人関係を続けるか悩んでいた時期でした。
大学卒業後、特に就職後は友人関係が変わりますからね。
ごめんなさい・ありがとう、がちゃんと言えた優子ちゃんは友達を失わずに済みました。




