第34話 デンパコ
(この前も優しかったな♡)
片山課長に体を気遣ってもらってから数日経った。
彼の優しい対応を反芻しつつ、うきうきしながらカフェテリアに向かう。
カフェテリアに入ったら、片山課長と凛子が楽しそうに話しているのが視界に入った。
(凛子、何私の片山課長に近づいてるのよ!)
だけど、すぐにチャンスだと思った。友達が彼と話してる。話しの輪に入れば良い。
「・・・・・嬉しそうですね~課長。」
「あんまりニヤニヤするな。」
「いや~、片山課長にこんな一面があったなんて驚きです。」
「ごちそうさまでした!お先にな~」
凛子のすぐ傍まで来たのに片山課長が席を立ってしまった。
「あ!優子。惜しかったね、もう少し早ければ課長と一緒に食べれたのに。」
「・・・何話してたの?楽しそうだったけど。」
「今日急にデートになったんだって。食事してたらお誘いがあって。彼女から急な誘いが来るなんて珍しいって、ずっとニヤニヤしてたの。それを見て私もニヤニヤしてたんだ~」
「・・・・・」
「あれ・・・?優子まだ諦めてなかったの?憧れだけにしときなよ。優子の入る隙ないって。」
「うるさい!」
思いのほか大きい声が出てしまい周りの注目を集めてしまった。
「あ、ごめん・・・あっちで食べる。」
友人に怒鳴ってしまった気まずさと、注目を浴びてしまった事への恥ずかしさから逃げる様にその場から去った。
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(片山課長、何度も私の事助けてくれたのに!!)
(モデルが好きって聞いてたから、私じゃ無理かと思って半分諦めてたのに、この前のあの女!)
(私の方が絶対かわいい!!)
むしゃくしゃして、終業後買い物をしようと駅近くのカフェを通りがかった所で見覚えのある女性が目に入った。
(あ!あの女・・・・片山課長出がけに呼び止められるの見たな。まだ来ないんだわ。ふーん・・・)
(追い払ってやる!!)
「こんばんは。」
カフェ内に入り窓際にいる、片山課長と以前一緒にいた女の近くに行き声を掛けた。
が、その女は全然振り向いてくれなかった。
自分に言われてるとは思ってもいない様だった。
(面識がないから当たり前だったわ・・・)
もう少し近くへ寄り声をかける。
「こんばんは。」
やっと私の方へ向いた女は一瞬私と目を合わせた後、辺りを見回す。
自分に声を掛けられているのか不思議に思っているみたいだった。
「こんばんは・・・私ですか?」
「はい、片山課長の彼女さんですよね?」
「・・・・どちら様ですか?」
きょとんとしていた顔が一気に訝し気な顔になった。
(当たり前な態度だと思うけど、腹立つわ・・・!)
「片山課長の部下です。」
(本当は他部署だけど)
「あ、そうなんですね。えっと・・・私に何か御用ですか?」
「片山課長なら来ませんよ。」
「え?」
「片山課長、あなたに愛想尽かしたって、以前から私に漏らしてたんです。待ち合わせ場所にも行きたくないなって。」
「・・・・・」
(ふふ、困った顔してる。)
(え~・・・何だろこのコ。さっき亮さんから『ごめん部長に捕まった!カフェとかにいて!』て連絡来たばかりなんだけど・・・・・すぐわかる嘘つくなんて、亮さんが好きなのかな?多分そうなんだろうけど、関わりたくないわー)
「あ、そうなんですね。わざわざご連絡ありがとうございます。」
(撤退!撤退に限る!)
その女は棒読みの様な言葉を言い、席を立ちどこかへ行こうとし始めた。
「ちょっと!信じてないでしょ!」
大してショックな顔をしていないから信じてない事がすぐわかった。この場から女がどこかへ行こうとするから慌てて、引き留める。
「知らない人からそう言われて逆に信じられると思いますか?」
「!」
「あの、申し訳ないんですど、失礼しますね。」
(怖い怖い。亮さん好きになるコって怖いよ。あの人今まで良く無事だったな。)
「ま、待ちなさいよ!」
自分の嘘を言い当てられた事に恥ずかしくなり、思わず手元のコーヒーカップを女に向かって投げた。
ぎょっとした顔をして女は避けたが、至近距離だった為避けきれず左腕にコーヒーがかかってしまった。
「あっつ!」
「お客様!!」
「!!!」
(わ、私・・・今、何を・・・!)
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夜のカフェで店内がまばらと言う事もあり、大声を出す見知らぬ彼女に店員が注意を向け始めていたのは、彼女の背越しの視界で察していた。
なので、私にコーヒーを投げつけた瞬間もばっちり目撃していていた。
「お客様大丈夫ですか?!すぐ氷お持ちしますね。」
慌てて私に店員さんが駆け寄ってくれた。
「あ、ありがとうございます。大丈夫です。」
「しずか!?」
運良く、見知らぬコーヒーちゃんにとっては多分運悪くだろう、亮さんがちょうど到着した。
店内の異様な様子に気付いた彼が勢い良くこちらへ近寄って来た。
「しずかどうした?!」
「えっとお・・・」
コーヒーを投げられたと言えば良いのだけど、彼が大激怒しそうなので迷っていた。
そう思っていたら私と汚れた袖を交互に見ていた彼の視線がコーヒーちゃんに向けられた。
「あれ?君・・・確か同じ社の人だよね?・・・・・君が彼女に何かしたの?」
睨みつけられた目の前のコーヒーちゃんはさっきまでの態度を一変させとてもおどおどしていた。
「だ、だって!片山課長は私の事が好きなのに!何よ、急に現れて!!」
「は?!俺君の事知らないんだけど。」
一層睨みつけたので、コーヒーちゃんは今にも泣きそうになっている。
「亮さん、顔怖い、怯えてるから。」
「彼女にコーヒーかけられたんだろ!?」
氷とタオルを持ってきてくれた店員さんが脇で頷いていた。
「うん、そうなんだけどね。」
周りが怒っていたら自分は冷静になるものだ。
「えっと、名前知らないけど・・・あなたは亮さんが好きなんだよね?でもごめんね、この人渡せないの。」
亮さんが驚いてこっちへ向いているのが視界に入る。
「察するに以前から亮さんの事好きみたいだったけど・・・・それなら早めに行動起こさないと。若いから実感ないと思うけど、自分も相手も、何があるかわからないんだよ。明日も会えるとは限らないの。気持ちは言わないと伝わらないんだから次好きな人出来たら後悔しない様に動いてね。」
コーヒーちゃんは何の事だかわからないと言う顔をしている。
まあ、いきなり説教されたらそうなるのはわかる。
「しずか、立派な意見だけど甘い。火傷してたらどうするんだ。」
「それはこの後の彼女の行動次第だよ。」
「わ、私・・・ご、ご・・・」
それしか言わず、威勢が良かった彼女は顔面蒼白で逃げていった。
「おい!!」
「追わなくて良いから。同じ会社なんでしょ?」
「多分。でも、俺あの子知らないんだよ。」
「そうなんだ。」
それなのに、『自分を好きなのに』、と言うのだからとても思い込みの激しいコなんだろう。
「あの、お客様コーヒーかかったお洋服洗いますか?」
こちらを見守っていた店員さんがおずおずと、私の茶色に染まったトレーナーを見ていた。
ニットだったら水分弾いて熱さも軽減出来ただろうな、と呑気に思ってしまった。
「ああ!!ごめんなさい!お騒がせして。少しだけ洗わせて頂けますか?」
氷を当ててくれていたおかげで傷み等を感じない為、私も少し悠長になってしまった。
「もちろんです。あと、ご主人様?ですか?あの不躾ではございますが、我々数名、先程の方のお顔覚えてますので何かありましたらご協力致しますので。」
うーん、暗に訴えるなら証言しますよ、って所かな?派手に動いちゃったもんね、彼女。
あと、ご主人て。結婚してないんですけど・・・
「あ・・・・ありがとうございます。もしそうなったらぜひお力を貸して下さい。」
亮さんは先程までの気迫を無くし、店員さん達にお礼を言った。
店員さんのご厚意で洋服のシミを洗い流させてもらった。
すぐに氷で冷やしたからか痛みはない。少し赤くなっている様だけど、今時点では火傷になっているかわからない。
とりあえず、お店の連絡先と対応して下さった方のお名前を伺ってカフェをあとにした。
「食事どころじゃなくなったな・・・」
「そうだねぇ。」
「何を呑気に・・・」
亮さんが眉を寄せて溜息まじりに吐いた。
「亮さん今日泊めて?」
「それはもちろん。服は?どうする?ギリギリお店開いてるかな?何か買うか?」
21時前なのでお店は開いているだろうが、何だか疲れてしまって服を選ぶ気になれない。
「亮さんの服を貸してよ。」
「えっ・・・俺は良いけどおっきくないか?」
「いーの、いーの。ダボっとしたパーカーとかかわいいじゃん。」
「うん・・・まぁかわいいな。よし!近いけどタクシー拾って帰ろう。」
何か想像して納得したっぽい。絶対彼が支払う気がするので気が逸れて良かった。
「うん、ゴハンは残念だけどコンビニ寄って何か買お?」
「せっかくしずかが平日誘ってくれたのに・・・・」
「また誘うよ。」
「約束な?」
「はいはい。」
相槌を打ちながら、目の前に止まったタクシーに乗り込んだ。
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亮さんの家で改めて服を脱いで再度冷やした。
やっぱり少し赤くなってたけど、シャワーを浴びる時しみなかったので恐らく大丈夫だろう。
ただ、亮さんはご立腹だ。
「もーまだ怒ってるの?」
二人でベッドへ入り向かい合う。
「怒るに決まってるだろ。大事に至らなかったから良かったけど。」
「ほんとにさっきのコ知らないの?」
「知らない・・・・あ!待てよ・・・」
「思い出した?」
私ではなく、1点を見つめて何かを思い出した様な表情をしている彼の髪を軽く撫でた。
「そう言えば俺の近くで良く躓いて書類ぶちまけるコがいたな、多分彼女だ。」
「なんて古典的な・・・亮さんの気を引きたかったんだねぇ。」
「そうなの?!」
「そうだよ。」
痛い思いまでしたのに、亮さんに認識されてないなんてやり方間違ってるよ!と言ってあげたい。
「ここしばらくなかったのに、そういえばまたつい最近転んでたな。」
「ふーん?」
「・・・・・あ!!」
「わ、びっくりした。」
急に大きな声を出すからびっくりしてしまった。
「あ、ごめん。部下のさ、女の子が忠告してくれてたんだよ。人事部の木村って子に気を付けて下さいって。もしかしたらそのコかも。」
「どういう事?」
話しが全く見えなくて首を傾げてしまった。
「カフェでじゃんけんしてるの見られてたらしくて。」
「さっきのコに?部下の女の子に?」
「両方。部下のコはさ、あ、ごめん、じゃんけんしていた経緯説明しちゃったんだけど。しずかの事素敵な彼女ですね、って言ってくれて、」
「はあ・・・?」
じゃんけんで?意味がわからない。
「その時のやり取りで俺たちに付け入る隙がないからその木村って子に諦めろって言ったのに、様子がおかしかったから気を付けて下さいって言われてたんだよね。」
「そうなんだ。」
「明日部下のコに聞いてみるわ。」
「大事にしないでね・・・」
「俺としては納得いってないんだからな。ってしずか?」
良くわからない話しを聞いていたら眠気が限界だった。
「おやすみ・・・」
おでこにキスをされた気がする。幸せな気持ちで寝入った。
校長先生の話しとか眠くなりますよね




