第33話 予兆
「はぁ・・・」
「うっとおしいよ、大きなため息ついて。」
「ちょっとひどくない?こういう時は『どうしたの?』って優しく聞いてくれるものでしょう?」
「どうせ片山課長の事なんでしょ?」
土曜の昼下がり、新丸ビル内のスターバックスに、大学時代の友人3人でお茶している。
「ああ、同じビルで時々見かける爽やか系イケメンね。」
そう言うのは同じビルではあるが会社が違う杏奈。彼女は意見をはっきりと言う物怖じしない性格だ。見た目も私達2人より少し大人っぽい。
「そう!片山課長が最近ますますイケメンになってどうしよう・・・」
はぁ、と先程から溜息を付くのは、うっとりとした表情の優子。ふわふわしたボブで見た目もおっとりしている事からまさに『ゆるふわ』
可愛らしい見た目な為、大学時代割とモテていたが、すぐ別れていた。杏奈と私は何となく原因を知っている。
優子は以前から私の部署の上司、片山課長に片思いしている。
悪い子ではないのだが、思い込みが激しい時が大学の時から多々あった。
優子と私は、部署は違うけれど、偶然同じ会社に就職した。杏奈も同じビルなので、何となく友人関係が今も続いていた。
「う~ん、確かに最近変わった感じするかもね。」
優子の言葉を受けて最近の課長を思い浮かべる。毎日顔を合わせるので、何が変わったと問われれば具体的には答えられないが、以前より何だろ、柔らかくなった?
「あれ、凛子もその片山課長の事好きだっけ?」
そう杏奈が言った途端優子が私を睨む。
「恋愛感情は無いよ!仕事の出来る人だろうな、とは思うけど、同僚の男子達からモデル系の彼女とっかえひっかえしてるって聞いた事あって、真偽はともかく何となく苦手意識?」
「あー、見た目爽やかだけど腹黒そうよね~。」
杏奈が冷やかすと優子はそんな事ないもん、とこの前あんな事やこんな事があったと話し出した。
私達は始まったと、適当に相槌を打っていた。
「気になるなら告白したら良いのに。」
何度かそう言った事があるが、
「片山課長が言うのを待ってるの。」
と毎回言う。
何でも『片山課長は自分の事が好きだ』と思っていて、告白は男性が言うのを待ってあげないと、と謎の上から目線である。
友人として、「違うと思う」、と言っても聞き耳を持ってくれない。
恋は盲目って言うよねぇ。
「あ、噂をすれば、じゃん。」
杏奈が指さした方向に片山課長がいた。
しかも女性連れだ。
「誰あれ!!」
「知るか、彼女とかでしょ。」
片山課長に興味のない杏奈が突き放す様に言う。
どうやらここに来店する様だ。
「きれいな人には見えるけどモデルではなさそうね。ていうかおっぱいでかくない?」
ビル内だからか、開けているコートの間から見える胸が中々のボリュームに見えた。
きれいな人ではあるが芸能人程ではなく、背も小さくてモデルとは思えない。
「ほんとだ~。聞いてた話しと違うなぁ。」
「ただのデブじゃない!!」
「「優子・・・」」
二人合わせて優子を諫める。
「ぽっちゃりめだけどデブって程じゃなくない?それより意外とウエスト締まってて胸大きいって、めちゃめちゃ男受けする体してる人だね?」
「杏奈、ちょっとおやじ臭い。」
「え、そお?見たまんま言ってるんだけど。それよりあんたんトコの課長はあんなに優し気な表情する人なの?」
そう杏奈に言われ二人を見ると確かに片山課長が彼女らしき人に優し気な、というか愛し気な表情をしている。
「あの顔は見た事ないなぁ。」
「本命かもね。」
反応したのは優子だ。
「妹かもしんないじゃん!!」
「優子それは苦しいわ・・・」
杏奈の言葉に私も無言で頷くしかなかった。
「あ、じゃんけんし出した。」
観察を続けていたら何故かじゃんけんをし出し、彼女が勝った。
「彼女めっちゃ嬉しそう。何あの人かわいいね。」
小さく腕を上げ喜んでいる姿が可愛らしかった。
「対して片山課長が超悔しそうなんだけど。」
課長が悔しそうにしてる姿もレアだなぁ、と思いつつ、私達は彼が支払うんだとばかり思っていた。
が!嬉しそうに彼女が支払った。
「えーーー課長が払うんじゃないのかよ。」
「でも悔しそうにしてるよ?ほんとは払いたかったりして。」
私も心底意外だ。部内飲み会は多めに払って下さるし、外回りへ行った際の帰りにカフェで休憩した際は奢ってくれた事だってあった。
そんな課長が彼女に払わせるとは思えない。
「変なカップル~・・・・優子?顔怖いぞ?」
杏奈の言葉に、パッと優子を見たら恐ろしい顔で二人を見ていた。
「あれだったら私でも良くない?!」
「知るか。片山課長に聞きなよ。」
杏奈はそろそろこの話題が苦痛らしい。
「優子さ~、今まで私達がアドバイスしたけど自分で動いてないんでしょ?その結果がアレだと思うよ?」
「うん、優子、あの片山課長の表情は本命だよ。もう諦めた方が良いんじゃない?」
基本的に女性に優しい課長でも、あの表情を私は見た事がない。
「ヤダ!!だってあんなイケメンで恵比寿に住んでて課長で、少し年上だけど超良い物件じゃない!」
「おま・・・私達も物件って言っちゃう事あるけどさ~自分の事物件て呼ぶ女を選ぶとは思えないぞ?」
「私もそう思うな~。次行った方が良いと思う。」
優子は顔を真っ赤にしてすごく悔しそうにしている。
あの二人に飛び掛かって行ったらどうしようと思ったけど、気付いたら外に出てしまっていた。
不幸中の幸いとでも言うのか。
優子の様子が気になる。変な事しなきゃ良いけど。
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「お疲れ。」
社内のカフェテリアで一人ランチをしてたら片山課長が斜め前に座った。
「お疲れ様です・・・」
「箱崎一人か、珍しいな?」
「そんな事ないですよ。一人の時も結構あります。」
「そうか。」
先日のカフェでの一幕を思い出して凝視してしまっていたのだろう、
「あ~、上司が近くで食べるの嫌だったか?」
ばつが悪そうに聞いてきた。
「あ、いえ!そういうわけでは。ちょっと思い出した事があって。」
「へえ?」
思い切って聞いてみよう。
「片山課長、この前新丸ビルのスタバに来ましたよね?私も友人達とそこにいたんです。」
「あぁ、土曜かな、箱崎いたのか?すごい偶然だったんだな。それなのに気付かなくて悪かったね。」
「いえ、あの、課長、あのじゃんけん何ですか?」
「ブッ!!」
お蕎麦を掻き込み損ねて課長が吹いた。
「あ、そこ見られてたんだ。お恥ずかしい。」
「課長すごい悔しそうな顔なさってたのでてっきり課長が払うものかと・・・そしたら嬉しそうに彼女さんが支払ってたので・・・どういう遊びですか?」
「いやいや、遊びじゃないから。」
「はあ・・・」
不思議そうな顔をしていたからだろう、仕方ないな、と理由を教えてくれた。
「いや、あれね、妥協案でね。」
「妥協案?」
「本来俺が全部支払いたいんだけど、彼女がそれを許さなくてね。」
「へぇ!」
全部支払いたいなんてもう本命間違いなしじゃない!そして、それを良しとしない彼女なのね!
「せめてカフェ代くらい払わせろ、って言うんだけど、俺が強引にそうさせなかったらすごく怒っちゃってさ、デートしないとか言い出したから、じゃぁじゃんけんで勝った方が支払うとかどう?って提案したの?」
「そうだったんですね。」
「じゃんけん強い方だと思ってたのに、今負け続きでさ~。4連敗。」
苦笑いしながらも課長はどこか嬉しそうだった。
「そういう背景でしたか。」
私も奢ってもらうのは好きだけど、奢られすぎると恐縮してしまう。
だが、優子の様にいつも奢ってもらって当然、という女性もいるので、課長の彼女は逆にそういうタイプの人ではないのだろう。
遠目でしか見てないのに彼女の好感度が上がった。
「素敵な彼女さんですね。」
「そお?ありがとう。恥ずかしいからあんまり言いふらすなよ?」
とは言いつつ笑っているので言われても困る内容ではないのだろう。もちろんわざわざ言いふらすなんて事しないけど。
「楽しいお話しして下さったお礼に。」
「ん?」
「人事部の、木村優子に気を付けて下さい。そのカフェに彼女も一緒にいて、課長の彼女さんを認識してます。私ともう一人の友人が、課長と一緒にいた女性はきっと本命だから諦めた方が良いとは言ったんですけど、すごく悔しそうにしていたので・・・」
「人事部の木村さんね、良くわからないけど、うん、ありがとう。気を付けるよ。お友達だろうにそんな事言わせて悪かったね。」
「いえ、さすがに友人も何かしでかすとは思えないんですが・・・ではお先に失礼します。」
そう言って、私は先に席を立った。
(モデルとっかえひっかえはあの時の彼女さんと出会う前の話しなんだろうなぁ。)
課長に勝手に苦手意識をもっていたけど、私の課長への株が少し上がった。
********************
(人事部の木村さん・・・誰だ?)
全く覚えがない、顔見たらわかるのか。
「気を付けて」何て不穏な事言われたけど・・・
いつも俺の最寄で渋谷の待ち合わせにしてたけど、暫く会社の近くで会うのやめた方が良いかな?
ん?あれ?本命って何でわかったんだ?
「きゃあ!!」
「おっと。大丈夫?」
カフェテリアを出て部署へ戻る途中、向こうから歩いて来た女子社員が俺の近くで躓き、持っていた書類をぶちまけた。
転ぶのを回避する事は出来なかったが、立ち上がれない様だったので、抱えて起こしてあげた。
「・・・いつも助けて下さってありがとうございます。」
「うん?どう致しまして・・・はい、これで書類全部かな。」
いつも・・・?
ああ、そういえば書類を落としたり転んだりする女性を助けた事が何度かあったな、と思い出す。
「あまり頻繁に躓いている様なら、足首ひねりやすくなってるかもよ。気を付けた方が良いね。」
とだけ伝えてその場を去った。
人事部なので住んでる所知ってるって言う・・・
怖っ




