第20話 片山家の人々
「いらっしゃいませー!!」
「初売りセール本日初日でーす!!」
いつも思うけど、普段こんな声上げる接客してないのに、セールの時だけ騒々しいのってどうなんだろうか、と思いながら声出しをする。
矛盾しているが、さぼっていると思われては適わないので既存スタッフよりは控えめに声出しをする。
今日はお正月早々仕事で、銀座三越の店舗へセールの手伝いに来た。
銀座のお客様は富裕層が多いので予算も多い。
本社の手伝いの人員にもしっかりノルマが割り当てられていて、一応その金額を目標として接客する。
いらっしゃったお客様がどういう服装で、どういうのが好きか、を瞬間見極め、会話から何が不足しているのかを聞きだし、オススメした物を購入して下さると、
(よっしゃああああ!!)
と、心の中でガッツポーズが出る。
既存店舗のスタッフではないので、申し訳ないが気楽に接客させて貰っている。
この気楽さがお客様にも良いのかもしれない。
「土屋さん、お手すきでしたら1番行って下さい。」
「はい、畏まりました。では行ってまいります。」
1番とはお昼休憩の事だ。
特有の隠語?になるのかな?普通にお昼休憩、で良いと思うのだけど、昔クレームでもあったんだろうな、と想像する。
(ふー疲れたぁ)
まだ午後を少し過ぎただけだが、声出しと普段しない立ち仕事で早くも疲労が出て来た。
社内食堂で焼き魚定食を受け取り、ほうれん草の胡麻和えも追加して、空いてる席に座った。
ほうれん草の胡麻和えを口に頬張り、昨日の朝の出来事を思い出す。
荷物が多そうだから実家まで送る、と言ってくれた時は内心期待して喜んだ。
ついでに実家に顔出ししてくれるのかも?!と思ったからだ。
だが、私の単なる願望である事がすぐわかった。「忘れ物ない?」とだけで車を降りる気配がない。
ああ、男性に期待してはいけない、とは正にこの事。と一気に気持ちが落ち込んだ。
その後、甥っ子や姪っ子がわしゃわしゃ私に絡んできてた気がするけど、全く覚えていない。
それくらいの落胆ぶりだった。
一人で休憩に入ったので、おしゃべりする事もなく早々に食べ終えた。
メールチェックしてからひと眠りでもしようか、とスマホをチェックしたら、
『お疲れ!!銀座三越で仕事って言ってたから実家帰りに向かえに行くよ。何時頃終わる?』
と亮さんからメールが入っていた。
(んんん???)
今日会う約束はしていないはず。
『今日約束してないよね?』
シンプルに返事をしたらすぐに、
『そうだっけ?でも家の方が近いんだからゆっくり出来るんじゃない?』
と返ってきた。
おっと・・・これはまた泊まる前提か。
『お泊りセットない』
『途中コンビニ寄るよ』
・・・・・・そんで俺が買うし、とか言うんだろうなぁ。
『立ち仕事で疲れてるから寝ちゃうかも』
『構わないよ』
・・・・・とにかく、家に来いって事か。
はぁ・・・
今週末は春高バレー観に行っちゃうから会わないし、仕方ないか・・・
誘ったけど、当然彼は「行かない」って言ってたし。
『19時上がりだから19時少し過ぎた頃に終わります。』
『了解!また連絡する』
昨日、朝までは一緒にいたのになぁ。結局、冬期休暇後半全部亮さんと過ごす感じになりそうだな・・・
肉体的・精神的な疲れを癒す為、残りの休憩時間を睡眠に当てた。
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「しずか。」
「いらっ・・・亮さん?!」
人気に気付いて『いらっしゃいませ』と声出しをしようとしたら、亮さんだったので驚いた。
「もうすぐ終わると思って迎えに来たよ。」
腕時計を見ながら、にこやかに言う。確かにもうすぐ19時だ。だが、困る。
「いや、ここに迎えに来られても困る。店員は裏口から出なきゃいけないんだから。」
「え?そうなんだ。」
「あと、まだ仕事中なので困ります。」
「お、おお・・・ごめん。」
真っ当に怒られてしょぼくれてしまった。
そういう態度を店の前でされるのも困る。
仕事中にラブラブしてどうすんだ。
「正面玄関で待ってて。終わったらそっち向かうから。」
「わかった。」
しょぼくれた背中を見送ったら、店長に声を掛けられた。
「土屋さん接客終わりました?」
「え?あ、はい、大丈夫です。」
レディスの商品しか置いていないお店だが、たまに男性もやってきてプレゼント購入されるので、接客していると思われたのだろう。
良かった、勘違いしてくれてて。
「では、19時過ぎましたので上がって下さい。本日は助かりました。ありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ、他のスタッフさんにも声掛けて上がりますね。お先に失礼致します。」
店内の既存スタッフ数名にも挨拶をして裏口へ向かった。
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「お疲れ!さっきごめん!」
「良いよ、迎えに来てくれてありがとう。」
正面玄関で伝わるか心配だったけど、ちゃんとライオン像の前にいて良かった。
違う場所探すの、もう疲れて無理。
「夕飯どうする?銀座で食べる?」
そう言われて脳裏に銀座の食事代の高さが瞬時に浮かぶ。
「疲れてるから亮さん家の近くが良い。」
実際疲れてるからお店選びで歩きたくない。並んで待つのも嫌い。
あと、値段高いから亮さんにあんまり支払わせたくない。
恵比寿も大概高いけどさ。
「そお?じゃぁ駐車場行こっか。」
「うん。」
手を差し出されたので繋いで駐車場へ向かった。
「俺が作る、って手もあるけど。」
交差点に差し掛かり、ハンドルを切りながら彼が提案してきた。
正直どっちでも良い。
ただ、「どっちでも良い」は答えとして可愛くない。
疲れているのが勝って、
「亮さんの手料理。」
を選択した。
銀座と同じ理由で、お店選びであちこち歩きたくない。
「あ、そ、そお?じゃぁ俺が作るね。」
チラッと彼を横目で見たら何だか嬉しそうに見えた。何で?
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「お帰り、亮。」
「亮兄ちゃん久しぶり~」
「あーただいま、母さんは?」
「里衣子とキッチンで昼飯の準備してる。」
1年ぶりに実家へ帰ってきたら兄と妹に出迎えられた。
すぐにリビングへ向かい、母と兄嫁に声を掛ける。
「ただいま。」
「あら、亮、お帰り。明けましておめでとう。」
「亮君、久しぶりだね。明けましておめでとう。」
「おー明けましておめでとう。」
うん、家はやっぱり新年の挨拶が簡素だ。
「先にお父さんに挨拶しちゃいなさい。」
「うん、そうする。」
コートを脱ぎ、リビング横の和室へ入る。
『チーーーン・・・・』
(ただいま、父さん。明けましておめでとう。俺今めっちゃ好きな彼女と付き合ってます)
「峻~これ運んでくれる?」
「萌~小皿とか用意して?」
隣のリビングでは食事の用意で家族が慌ただしくしている。
俺が大学生の時に亡くなった父もきっと(騒がしいなぁ)と優しい笑顔で見ているだろう。
「はい、じゃあ明けましておめでとうございます。今年も1年宜しくお願いします。頂きます。」
母の挨拶で新年の昼食を始めた。
父が亡くなる前は、父の実家の静岡まで帰省していたが、亡くなった後は疎遠だ。
母も親戚は少ないので、どこかへ帰省する事もない。代わりに母の妹の叔母がやってくる。
酒が入ると俺に絡んでくるので、元旦には顔出しをしなくなった。
それを皆知っている為、片山家では元旦以外に集まる事が暗黙の了解となっている。
「萌、お前実家出ないの?」
27歳で未だに実家暮らしの妹へ疑問を投げかけた。
「え~だって、ここ便利なんだもん。どこ行くにも遠くないし。」
「お義母さん一人になったら寂しいですよね。」
「うーん、峻と里衣子さんが近くに住んでくれてて、時々顔出ししてくれてるからどうかしらね。でも女の子一人暮らしは心配だからねぇ。」
父が残してくれた家には母と妹が住んでいる。兄夫婦は隣の駅前のマンションに住んでて、母の言った通り時々顔を出してくれているので、ありがたい。
「亮。」
「何?」
「あなた、そろそろお嫁さんとか連れて来ないの?」
「ぶっ!」
母の真剣な問いにお雑煮を吹き出しそうになった。実家のも美味いが、しずかのお雑煮も美味かった。
「亮君モテそうだけど、そう言えば彼女紹介された事ないわね。」
「え~どうせ亮兄ちゃん、真剣なお付き合いしてないでしょ~。峻兄ちゃんと違って何か不誠実さが顔に出てる。」
「萌おまえな・・・」
失礼過ぎるだろうが。あ、しずかの口調がうつった。
「別に無理して結婚しなくても良いと思うよ、俺は。」
兄のはフォローなのか今一わからない。
「まーその内?な?」
「え?!何々?そういう人いるの?亮兄ちゃん!」
「なら連れて来なさいよ。」
「うるさいなぁ~まだ付き合って1か月くらいなんだから放っといてくれ。」
「何だ~やっぱりなぁ。」
お嫁さんねぇ・・・・・
しずかはウェディングドレスも白無垢も似合いそうだな~、そんで下着も純白で・・・何て着せ替え妄想をしていたら無性にしずかに会いたくなった。
付き合ってやっと1か月なんだ。俺も結婚するならしずかだろう、と思ってるけど1か月じゃ決めかねる。
いや、別にしずかに問題があるってわけじゃないんだけど。もっとお互い深め合って・・・
深め合ってるか。
X‘masの時とか、大晦日の夜とか良かったなぁ~しずかエロくて。
「亮兄ちゃん絶対エッチな妄想してる。」
妹の言葉にハッとした。
「ニヤけてた?」
「ニヤけてた。」
「正解。」
「最低!」
『今日約束してないよね?』
騒がしい中、しずかに連絡を入れたら案の定、想定の答えが返ってきた。
すっとぼけて返信を続けたら、何とか家に来てくれる事になった。
(よっしゃぁああ!)
と心の中でガッツポーズをし、もう一度仏壇の前に座った。
(その内、その内連れてくるから!またね!)
「俺、帰る。」
「え、早くない?」
「萌達が色々言うから彼女に会いたくなった。」
「ひゅーひゅー」
「うるさい。母さんまたね。」
「いつでも帰ってらっしゃい。」
玄関で靴を履いていたら兄に呼び止められた。
「亮、母さんお前の事心配してるから、もう少し多めに帰ってきてあげて。後、彼女も連れて来たら喜ぶと思う。」
「兄ちゃんまで。まーその内ね。じゃ!」
「またな。」
亮さんが時々かわいいのは弟属性だからです。
今話ちょい長めでしたね。




