(7)皮膚科とジレモダと私
「…………」 「…………」
夕陽に長く伸びたふたりの影が、時々あちこちをボリボリと掻きながら、無言でトボトボと歩いていく。
突然の痒みに耐えかね、皮膚科へと連れ立って走った数珠土産と和樹であったが、診断結果はあまりにも残酷なものだった。
「……まさか、ノミだなんてな……しかも……こんなの見たこと無いとか……」
「……っ!」 頭をボリボリしつつ、泣き出す寸前の顔を和樹から背ける、数珠土産。
「それ以上、言わないで……!」
好きな男の前で、医師から 「いやー、こんな変なのがわくなんて、よほど……げほげほげほっ、失礼…… ええ、とにかく、いくらノミ取りシャンプーを使ったとしても、原因が取り除かれないことには無駄ですから…… まずは清潔を心がけましょうね」 などと言われたのである。
いくら自業自得とはいえ、うら若き女子高生にはつらい試練だ。
「その、な……」 同じくボリボリと頭を掻く和樹。彼は帰宅後、ノミ駆除のために坊主頭になることが決定している。
「掃除しようや。俺も、手伝ってやるから……」
「そんなのいらない!」
――― 恥ずかしい。痒い。恥ずかしい。……やっぱり、痒い! ―――
和樹の前から早く消えてしまいたい衝動と、早く家に帰って思うさまイケないところを掻きむしりたい欲望に苛まれ、たっ、と走り去ろうとする数珠土産。
その手を、和樹が掴まえる。
「おい、待てよ!」
「待たないに決まってるでしょ!」
「ダメだ!」
「なんでよ!」
「…………っ!」
数珠土産の細い手首を握りしめたまま絶句した和樹の頬は、夕陽のせいだけでなく、ほんのり赤く染まっていた。
.:º*¿¤*§º*ゝ.:
「おいおい……! どこまで引っ張る気だ? 早く言っちまえよ……!」
和樹の煮え切らなさに、©*@«は思わずツッコミを入れていた。
気分は、お茶の間でジレジレモダモダの恋愛ドラマを鑑賞している時の、それである。
皮膚科にて己らminiの存在が暴かれ、あまつさえ駆除用のシャンプーさえ処方されたというのに、©*@«はまだ余裕であった。
つまり、完全にナメているのだ。
(なにしろ、我々は ⇒ ブラックホール ⇒ ホワイトホール ⇒ の移動にすら耐えられる高機能スーツを持っているのだからな。
レベルの低い人間どもが、何を持ってきたところで大したことなどあるまいよ!)
©*@«《ピンハネ》が数珠土産の頭の上で心ゆくまでジャンプする傍らで、恋愛ストーリーはモダモダと進行していく。
「お、俺とハルちゃんは幼馴染みでずっと一緒だったし…… これからも、ずっと一緒なんだからな!」
はっ、と和樹を見る数珠土産。
「え……? それってつまり……?」
――― よし、いけ! 男を張れ! ―――
余裕をかまし、和樹を応援する©*@«。
最初こそは反発したものの、和樹の 『女性に対して、肝心な時に肝心なことを言えない』 点が自分と似ているようで…… つまりは、いつの間にかすっかり、和樹に感情移入してしまっているのだ。
だがここでもやはり、和樹は一筋縄ではいかなかった。
ここにきて、一年と少し前のあの日に、ハルミを涙と共に走り去らせたあの台詞を、再び口にしたのである。
「違う! 俺はまだ、好きだなんて言えないんだぁッ!」
――― 学習しないヤツ。 ―――
©*@«は、思った。
……やはり、人間は愚かである、と。