(6)幼馴染みとカイカイと私
「ひぃあっ……!?」
数珠土産ハルミは煎餅布団から飛び起きた。
それは、早春のある日のこと。
寝転びつつモバイルゲームに勤しんでいたところ、急に、なんとも言えない刺激が複数同時に襲ってきたのだ。
頭、腕、ワキの下、背中、恥ずかしくて言えないところ……
「痛いッ…… じゃなくて、痒い……!?」
最初チクッと痛かった気がしたが、その次にやってきたのは猛烈な痒みであった。
「あ"ぁぁぁ……!カユイカユイカユイカユイ!!」
ボリボリと全身を掻くが痒みは一向に治まらず、たまらなくなった数珠土産は、自室の外に駆け出した。トイレ・風呂以外の用事では、実に一年ぶりである。
引きこもりの女子高生を外に引っ張り出した……それは、miniたちが人類に対してなした唯一の善行であったかもしれぬ。
もっとも、ただこれだけでは善行とは言えまい。
しかし、世の中、特に1~2次元の世界にはたまにあるのだ。『神は見ていた!』 とかつい思ってしまいそうになる、ナイスグッドなタイミングというものが。
この場合もまさに、それであった。
「きゃ……!」
どん、と誰かにぶつかって少女漫画の主人公のごとき悲鳴をあげ、その誰かに少女漫画のごとく抱きかかえられる、数珠土産ハルミ。
「大丈夫か……?」
「え……和樹ちゃん……?」
彼女をガッチリとホールドしたまま爽やかな気遣いを見せた少年は、なんと、一年ほど前に彼女をフった幼馴染みであった。
その後、引きこもり、汚部屋の住人となった娘を心配したハルミの母親から相談され、こうしてハルミの部屋の前までやってきたところだったのだ。
「………………」
和樹は彼女のニオう半纏姿を上から下まで眺め、もう一度問い直したのだった。
「ハルちゃん……アタマ、大丈夫か?」
数珠土産ハルミは狂ったように全身をかきむしりながら、思った。
……今度引きこもったら、もう二度と出てこないぞ、と。
.:º*¿¤*§º*ゝ.:
「ふん……」
©*@«は、0.1mmの大きさの脳のほぼ全部で、盛大にアンチを表明した。
その高い知能で、女子高生をホールドしている少年のことを覚えていた彼にとっては、実に面白くない展開だ。リア充爆発しろ。
――― 先日の一斉繁殖時、彼はどの女性にもアピールできなかった。研究ばかりして生きてきたため、女性の扱い方が分からずモタモタしているうちに取り残されたのである。
(なのに、己よりはるかに頭の悪そうな人間どもが番になりかけておるとは……)
全くもって、気に喰わぬ。 ―――
しかし、彼は不敵に笑ってみせた。
どんな時にも素直になれぬ男、それが©*@«なのだ。
「ふっ。ホールドしてるならちょうど良い」
そして、無駄に強烈な思念で号令を掛けた。
「銀河1部隊、2部隊! 人間♂へ向かって、跳躍! 攻撃せよ!」
「「……了解……!」」
司令を受けた部隊の動きは、素早かった。さすがはリーダー直属の軍、といったところだろうか。
たちどころに少年に取りついて、腕や脚はもちろん、その髪の毛、ワキの下、背中、イケないところにまで潜り込み、チュウチュウと血を吸い始めたのだ……!
「いたたっ……あ、あ"ぁぁぁ……!カユイカユイカユイカユイ!!」
襲撃は成功した。
「あ"ぁぁぁぁ……! なんだ、これ……!」
少年は少女をホールドした手を離し、全身をボリボリボリボリと掻きむしる。
「和樹ちゃん……? まさか、和樹ちゃんも……?」
びっくりしている少女の手を掴み、彼は一心に駆け出した。
「何はともあれ、病院に行こう……!」
和樹は血を吸われ赤く腫れ上がった痕を見てこれはただ事では無いと察したのである。
「ふっ…… ついに、人間に勝った……!」
走る少女の頭の上でほくそ笑む、©*@«。
人類のリア充になりかけカップルを苦しめることができ、かなり、満足したのであった。
――― 彼は、まだ知らなかったのだ。
人間とは、意外としぶとい生き物である、ということを。 ―――