(5)部屋と小っちゃいのと私
最近なんだか、物凄く小さくて跳ねる虫を部屋でよく見かけるなぁ…… 数珠土産ハルミは憂鬱な面持ちで、そう考えた。
幼馴染みにフラれて月日は流れ。
最初は恥ずかしさと無気力感から引きこもっているうちに、部屋が散らかってしまった。
片付けなきゃ、とは思うのだが、どうしても身体が動かない。
それに今や、部屋はどこから手をつけて良いのか分からないほど汚れているし…… まさか自分が汚部屋の住人になるなんて、以前は考えもしなかったのに。
(あいつ……、あいつのせいなんだ。あんなにわたしのこと気にしてる感じだったから、思いきって告白したのに…… フるだなんて…… ひどいよ! ……もう、悲しすぎて何もできないぃぃ)
何をしようとしても、結局、思考はそこに戻ってしまう。
そこにわいて出た、小さなヤツらは…… 少し気になるものの、悪さはしなさそうだ。
ノミに似ているといえば似ているが、派手なツンツン頭のノミなど見たこともない。
それに、ヤツらがいるからといって、痛くも痒くも病気にもならない……。
「あ、またいる……なんか……夜じゃないのに、珍しいなぁ……」
飼い猫にたかってる小さいヤツらを見て誰にともなく呟き、数珠土産は再び昼寝の続きに入った。
なんだか、猫が普段より不快そうな鳴き声を上げ、時折首元を掻いては急に駆け出しているようだが…… 気のせいだろう、たぶん。
..º*¿¤*§º*ゝ..
「これより汚布団を占拠する!」
「気をつけていけ! 敵も本気だ!」
前線からの報告に、©*@«は緊張感を漲らせた思念を返す。
その布団でゴロゴロと転がっている、ヒト科引きこもり族女子高生がいきなり本気出すはずもなかろうが、そう思わせた方が良いのだ。
(ふっ……リーダー¤*≅¶…… あなたは、ニオう半纏で満足していたかもしれないが…… 小っちぇえんだよ!
この星を完璧にminiのものにする、それこそが我々のためなんだ!)
共存共栄などと生ぬるい。
©*@«は、本気でそう考えていた。
「猫の脚や舌が届かない位置に、同志10名を潜りこませました!」
「汚布団、陥落! 全土、掌握しました!」
「よし、そこを本拠地とし、進撃を開始するぞ! まずは……子作りだ! 生めよ増やせよ地に満てよ……!!」
最優先は繁殖である。
汚布団の中には、miniたちの番による神聖な光景がここかしこに繰り広げられ、彼らの愛の結晶たる卵が次々と産み落とされた。
数珠土産の部屋だけではない。
その日、全世界の汚部屋では同様の侵略が密かに行われ、新たに生まれた卵の数は実に3000億個に上ったのであった。
「ふっ……」 布団の奥の最も湿った一角、産卵所に並べられた小さな卵たち1つ1つを愛おしげに見つめ、©*@«は微笑んだ。
やがて1週間で卵は孵化し、2回の脱皮を経てminiたちは成人する。
1ヵ月後にはきっと、立派な戦士になることだろう。
「しかし、食糧をどうします?」 部下が尋ねた。 「ここまで急激に増えると、今までのように、生物のフケや猫の血だけでは足りぬと思われますが……」
「そんなもの」 答えは、既に決まっている。
「人間の血をいただけば問題ないだろう」
「ひっ……」 息を呑む、部下。
「そ、それは、リーダー・¤*≅¶様により禁忌とされたことでは……っ?」
「¤*≅¶様は、人間の悪辣さをご存知なかった……」 悲痛な面持ちでうつむいてみせる、©*@«。
「その結果、人間どもが躾けた猫に殺されたのだ……!」
嘘である。
リーダーを、猫が毛繕いすれば必ずヒットする位置に立たせていたのは、©*@«の陰謀だった。
しかし、権力欲からリーダーを陥れたわけではない。
――― これは、中途半端な環境に満足してダレきった仲間たちのためなのだ。跳びはねる者が己しかいなかったから、義務感を以てそうしたのである。 ―――
もちろんここで、それを言う気も必要も、一切無いが。
「人間の血を吸い、苦しめて最終的に地球から追い出すことは、復讐でもあるのだ……! 偉大なる¤*≅¶様の弔い合戦と、心得よ」
「はっ……!」
部下が敬意を示しピーンっと真っ直ぐに跳ぶのを満足して眺め、©*@«は指示を出した。
当面の彼らのエサは、この本拠地の真ん中でゴロゴロしている、ヒト基準でいえば可愛い部類に入るらしい、引きこもり族の女子高生である。




