違和感の正体
リッチーが逃げ出した。
そのことを少し疑問に思う。
だが、疑問に思いながらも足は逃げ出したリッチーを追うべく既に動き出していた。
「なあケイト、待ってくれ。何かおかしくないか」
が、先ほど燃やされていたケビンから待ったがかかる。
「うるせえ、追うぞ。あいつに魔力を回復でもされてみろ、また二日間戦うのは絶対に御免だ。今追えば止めを刺せる」
「だが、あいつはモンスターだ!」
そう、あのリッチーはモンスターだった。
魔王の軍勢に属する者は大きく分けて二つに分類される。
知能を持ち、コミュニケーションが可能である魔人。
単純な命令だけを遂行し、コミュニケーションが不可能であるモンスター。
見分けることはそう難しくない。
特にこれといった見分け方があるわけではないが、知能があるかないかというのは少し戦ってみればすぐにわかるものだ。
「…だから何だよ。特異モンスターだって言いたいのか?」
だが、稀に知能を持ったモンスターというものも存在する。
それらは特異モンスターと呼ばれ、時には魔人を上回る脅威となることもある。
実際、このメンバーであればそういった特異モンスターと戦うのも不可能ではない。
だが、まだ六魔将が控えている。
六魔将との戦いに先ほどのリッチーが混ざれば苦戦は必至だ。
「そうじゃねえ、あいつはただのモンスターだろう…。でも、ならなんで急に引いたんだ?」
「あぁ? 魔力切れかなんかだろうよ」
「俺にはあいつが俺らを誘っているように思えてならないんだ」
「お前…自分であいつは特異じゃねえって言ってんじゃねえか。考えすぎだ。いくぞ」
ケビンは他の仲間を見回す。
全員の顔に疲れこそ強く浮かんでいるが、それでもケイトに賛成のようである。
言いたいこともあったようだが、しかし一応ケイトの言い分も正しいと考えて渋々ついていくことにしたようだ。
なんとか六魔将と合流される前に仕留めなければ。
リッチーを追って全員で部屋を飛び出す。
しかし、意外にもリッチーの逃げ足は速く、簡単に追いつけない。
その後、数分ほど追跡を続けた。
一足先に別の部屋に飛び込んだリッチーに続いて部屋へ入る。
その部屋に飛び込むなり、ケビンは眉を顰めた。
部屋の中央に人間が捕らわれていたのだ。
薄汚れ、傷だらけの肌にボロボロの衣服を纏い、その手足を鎖で拘束されている。
リッチーはその人間の横に立ち、人間に手の平を向けていた。
人質だろうか。
「なんてことを…」
おもわずレイナが悪態をつく。
きっとどこかの村から攫われてきたのだろう。
聖女である彼女からしてみればモンスターが人間を捕え、あまつさえ盾にするなど容認しがたいことであった。
他の仲間たちも思わず攻撃できず戸惑った様子でいる。
「関係ねえ、あいつごとやるぞ」
ただ、ケイトだけは違った。
仲間がギョッとした目で彼を見るが、彼は既に攻撃の準備モーションに入っている。
しかもその技は大技であり、あの捕らわれている人間など跡形も残さずに塵になってしまうだろう。
「ま、待ってください! 人が捕らわれているのですよ! 本気ですか?!」
「お前らが口外しなければ誰も知らねえ。今を逃せば好機はない。それにここで死んだ方が幸せだろうさ」
捕らわれている人間は虚ろな目で空中を見ている。
その目は焦点が定まっていなかった。
きっと想像を絶するほどつらい目に遭ったに違いない。
「ですが…」
その瞬間だった。
その捕らわれていた人間が突然隣のリッチーに組み付き、思いっきりその首を捻ったのだ。
リッチーはおろか、勇者たちさえ反応できずそれを眺めているだけだった。
ゴリン、という物々しい音を残してリッチーが崩れ落ちる。
呆然とその光景を眺める。
一秒経っても、二秒経ってもリッチーが動く様子はない。
「あのー、もしよければ助けて貰えませんか?」
突然そう話しかけられ、困惑に眉間に皺が寄る。
捕らわれていたはずのその人間は、いつの間にかその目に光を取り戻し、困ったような笑顔でこちらを見ていた。
今、何が起きた…?
倒した? 俺たちが二日もかけて倒せなかった敵を一瞬で…?
だが、話しかけられたことで思考が再開する。
「お前…どこの人間だ?」
改めて観察してみればその人間は黒髪に黒目という見たことのない風体をしていた。
それに、リッチーを素手で捻り殺す人間など聞いたこともない。
怪しい。
ここでこいつを解放するのは正解か?
物言わぬ死体にして皆で口を閉ざした方がいいのではないか?
「待っててください! 今すぐに解放しますから!」
「お、おい! 待て!」
だが、そう考えるも既に時遅し。
気づけばレイナがその人間を解放してしまっていた。
その人間は手足を拘束する鎖から解放され、ありがとうと言いながら微笑んでいる。
ゴトン、と重そうな音と共に拘束具が床に転がった。
信用できない。
直感的にそう判断する。
納刀してある剣の柄に手をかけながらもその人間を伺う。
「おいお前、名前は?」
「ユウヤと言います。改めてこの度は助けて頂きありがとうございます」
聞いたことのない響きの名前だ。
やはり、怪しい。
「なんでこんなところに」
「さぁ…。以前の記憶がなくて。気づけばここの城に捕らわれていました」
ユウヤという人間は今のところ何もアクションを起こしていない。
他の仲間と言えば、ユウヤを心配するか疲れてぼうっとしている。
俺が目を光らせなければ。
「奴らに捕まってよく無事でいられたな」
「生きた心地のしない毎日でしたよ」
ユウヤは倒れ伏すリッチーを憎々しげに見下ろしながらそう答える。
「皆さんお疲れでしょう。ひとまず一旦休まれてはどうですか? あなたたちの戦闘音はここからでもずっと聞こえていました。かなりの時間戦われていたのでは…?」
「休もうにも休める場所なんかあるわけねえ」
「ご安心ください。私はここに捕らわれて結構時間が経ちますが、この部屋に入ってくるのはこのリッチーだけです。しかも三日に一度ご飯を運んでくるだけ。しばらくは安全かと思いますよ」
何を馬鹿な。
そう返そうとするも、どうやらユウヤの事を疑っているのは俺だけのようだ。
他の仲間たち——レイナ、ケビン、ジョア、ガリルは既にその場に腰を下ろしてしまっていた。
俺を含め皆疲労がピークに達していた。
二日間も気を張り詰めて戦っていたのだ。
いくら高レベルの戦士たちといえさすがに無理がある。
大剣士のジョアなど既にいびきをかいていた。
「いくらなんでも気を抜きすぎだろう」
『神弓』ガリルが苦笑しながら呟く。
口うるさいが仲間思いのいい奴だ。
女癖が悪いのだけが短所だが、戦闘においてはこいつほど信用している奴はいない。
そのガリルもユウヤの事は信用、いや、少なくとも疑ってはいないようだ。
戦闘で昂りすぎたか。
どうも気を張りすぎていたのかもしれない。
「あなたが一番疲れているでしょう。ユウヤさんもこう言っていますし、ケイトも休んではどうですか?」
レイナが心配そうな目で声をかける。
なんなら僕が見張りをしていますよ、そう言いながらユウヤが扉の方へと歩いていく。
床へ腰を下ろしながらユウヤの後ろ姿を眺める。
ふいに、先ほどから感じていた違和感の正体に気づいた。
先ほどまでユウヤは非常に重厚な鉄製の拘束具をその手足につけていた。
長時間拘束具を付けられた人間の手足というのは赤く、痛々しい見た目になるはずだ。
なのにその手足には拘束具の跡がついていない。
それに気づいた瞬間。
ユウヤが横目でこちらを見た。
そして、その口元が笑みに歪む。
「おい! おまえ——!」
何かがおかしい。
そう確信し問い詰めようとしたその時。
唐突に。
何の前触れもなく。
床が、消失した。
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