結納品は惑星一つ
「お父さん、この惑星はどんな感じ」
「うーん。大気濃度や成分、重力等の問題は少なそうだ。だが、地軸の傾きが大きすぎるな。これだと四季の差が大きすぎて、人が住むのはつらそうだ」
「原住生物の調査はする?」
「一応、監視の人口惑星は置いておこう。言うまでもなく、パッシブセンサーのみのだ。現在のところ、人工的な電波等の探知は一切なし、ざっと目視探査した限りでも、文明の痕跡は見当たらないから、原住生物がいても知性のある生物はいない、と思われるが、万が一という事がある」
「分かったわ」
表向きは実の娘のサラは、私の言葉に従い、監視の人口惑星を射出した。
これで、この星系に知的生命体が現れたら、フランス政府に一報が届くはずだ。
「この後はどうするの」
「一旦、フランスに還ろう。フランス第三帝政成立1000年式典に、私の立場上は参列しない訳には行かないからな」
「お父様は、ドゼー公爵殿下ですからね」
「そういうことだ」
公爵と言っても、西暦で言えば30世紀の現在、特に特典がある訳ではない。
だが、1000年近くも続くフランス帝国の公爵である、といえば、米日英といった他の大国の政府も、敬意をもって、それなりの対応を取ってくれる。
少なくとも、下手な言いがかりをつけられることは無い。
「この星系の名前は?」
「まだ命名されていない筈だ。少なくとも、この宇宙船のデータベース上はな」
「じゃあ、私達に命名権がある可能性が高い」
「そういうことになるな」
「私が名前を考えてもいい」
「いいよ」
サラは、どんな名前がいいか、考え出した。
この星系は、地球から約6000万光年程も離れているM86銀河の中の一つの星系だ。
人類が恒星間宇宙に進出したのは22世紀初めだが、それから800年余りも経つのに、未だに宇宙の探査は終わらないし、終わる目途も立たない。
その一方で、人類は未だに宇宙の探査を続けざるを得ない。
もしも、という疑念があるからだ。
超弦理論等を駆使することにより、万物の理論が作られた、というか、自然界の4つの力を統合する統一場理論が、人類の間で完成したのは21世紀末だった。
更にそれが応用されて、超光速航法が開発されたのは、22世紀初めの事だった。
だが、問題があった。
この超光速航法は、最初期でさえ4000万光年以内の星系まで24時間以内に到達可能だったのだ。
私とサラが乗っているこの宇宙船だと、1億光年以内なら24時間以内に到達可能だ。
(私の拙い理解だと、力を統一して運用し、空間を歪めることで、そういうことが可能らしい)
もし、この超光速航法を活用して、人類に敵対的な宇宙人が地球を攻めてきたら。
そういうことを懸念する人々は、宇宙の探査を積極的に行うことにした。
今のところ、知的生命体自体は、宇宙の何十か所かで見つかっているが、超光速航法を開発、保有している知的生命体、宇宙人は見つかってはいない。
だが、その一方で、超光速航法を用いた宇宙船の残骸は数種類が見つかっている。
このことは、超光速航法を用いた宇宙人が幾種かいたことを明かしてはいるのだが。
発見された宇宙船は、何れも余りにも古すぎたし、そういった宇宙人の遺体等は遺っておらず、未だに謎の多くが遺されたままだ。
私は、そういった探査を個人的にフランス政府から委託されて行っている一人という訳だ。
「取りあえず、命名権だけ保持するわ。良い名前を考え付けない」
「まあ、アルファベットと数字を組み合わせて30字以上だからな。フランスに還るか」
「そうする」
そんなことを私が考えている間に、考えるのに疲れたサラは、私にそう声を掛けてきて、私達はフランスに還ることにした。
太陽系に還るまでは24時間以内に可能でも、太陽系内に到着してからフランスの大地を踏むのには、最低でも48時間はかかる。
最低でも冥王星軌道以遠のところで行わないと、空間のゆがみの危険性から、危なくて超光速航法は使用できないからだ。
そして、太陽系内ではどう頑張っても亜光速での移動が精一杯で、地球が近づくにつれて、減速していかざるを得ない。
そんなこんなから、星系の探査から丸3日余り後、フランスの大地を私達は踏んでいた。
「ドゼー公爵殿下とその令嬢、サラ様ですね。ナポレオン41世陛下がお待ちです」
フランスのヴェルサイユ宮殿で、身元を明かすと皇帝附きの侍従が、私をナポレオン41世の傍に案内してくれた。
「よく来てくれたな。ところで、サラは結婚する気になったか」
「まだまだですな」
ナポレオン41世陛下の問いかけに、私はわざと微笑んで言った。
「サラを皇太子妃、将来の皇后にするのは、まだ先の事か」
「そういうことになります」
私達は、そうやり取りをした。
ちなみにサラは、侍従によって、別室で地球産のコーヒーの味比べを愉しんでいる。
「結婚するなと言っているのではあるまいな」
「そんなことはありません」
「いい加減、サラを皇太子妃に迎えたいのだ。皇太子ももうすぐ20歳、サラもそうだろう」
「言われてみれば、そうですな」
私達は突っ込んだ会話をした。
私の最初の妻サラが暗殺されたのは、20年程前になる。
正確な理由は不明だ、暗殺犯は宇宙に逃亡することに成功し、未だに逃亡中だからだ。
ナポレオン41世陛下の逆鱗に触れることを覚悟で、争った末に娶った最愛の妻だった。
だから、私は禁断の方法に手を出してしまった。
他人の受精卵を活用して、妻のクローンを作って、表向きは娘にしてしまったのだ。
母親はどうした、と言われそうだが、人工子宮を使うという方法がある。
その一方で、ナポレオン41世陛下は、どこからかその秘密を察知して、逆用を考えた。
秘密を察知した時点で、ナポレオン41世陛下は既に皇后を迎え、皇太子殿下も産まれていた。
幾ら最愛の人とは言え、皇后と離婚し、そのクローンと結婚するというのはどうか、と考えた末に、皇太子妃として迎えて、家族にしたい、と考えたのだ。
そして、私とナポレオン41世は共犯者になった。
「皇太子のルイは、朕にサラを妃として迎えたい、と言っておる」
「父子の好みは似るものですな」
「サラはどう考えているのだ」
「元と同様ですな。宇宙を飛び回るのが好きなようでして」
「結婚したら惑星一つくらい、フランス皇太子妃として、くれてやるというのに」
「未知の惑星探査の方が好きでして」
「いい加減、父としての立場を弁え、サラに結婚するように言え」
「分かりました」
お互いに親バカぶりを発揮している気がしないでもないが、ここのところの私とナポレオン41世陛下との日常的なやり取りをやってしまう。
そう、私の妻サラが、独身時代にナポレオン41世陛下の求婚を断って、私と結婚した最大の理由が、未知の惑星探査が好きだったためだ。
フランスの帝室の一員となっては、未知の惑星探査等、立場上不可能になるからだ。
ここまであらためて話したところで、ナポレオン41世陛下は気持ちを落ち着けたようだ。
「フランス第三帝国建国1000年祭で、それなりの役は務めるのだろうな」
「言うまでもありません」
「それでは全ての国賓の世話役を頼む」
ナポレオン41世陛下は、私に命じてきた。
30世紀になっても、地球は200近い国に分裂したままで、それは大変な役職だ。
人類が宇宙に飛び出しても、地球は分裂したままなんて、どれだけの人が昔考えただろうか。
私はそう思いつつ、仕事に励むことにした。
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