39-5 内と外との境界線
いつもありがとうございます。
エルマさん達は軽く咳払いした後、落ち着いた様子で席についた。
って、話を聞く気満々ですね。
「えっと、皆さん、お仕事は?」
「大丈夫よ。『急用が出来たから、今日の後の仕事は各自、自己判断できっちり収めなさい』って言って来たから」
人それを丸投げという。
商会長がそんなんで大丈夫なんだろうか。
と、僕の心配が伝わったのか、エルマさんがカラカラと笑い出した。
「心配しないで。いつもの事だから。
いつもいつも私たちが何でも全部やってたら下が育たないでしょ。
だからこうして抜き打ちで責任のある仕事を任せることにしてるの」
「いや、それにしたって今年の春のはまずかっただろ。
突然置手紙1つで1ヶ月近く姿をくらますものだから、ビーン補佐がげっそりしてたぞ」
「彼は優秀なんだけど真面目すぎるのよね。
商売には時に冒険も必要なのだけど」
「そんな自由な商会長とつりあいが取れる貴重な人材だからな。少しは労わってやってくれ」
「そうね。今度休暇を与えてみようかしら。彼の事だから逆に何していいか分からなくて困りそうだけど」
「違いない」
「ふふっ」
みんなの共通認識らしいから、そのビーンさんは相当な仕事中毒者なんだろうな。
「そんな事より。彼女とはどこまで進んでるの?
出会いはいつ?ってこれは多分学園かしら。
あと、これは重要なことだけど」
最初うきうきしてたのに、最後真剣な顔になってエルマさんは続けた。
「彼女はあなたの秘密について知っているのかしら」
あーそっか、それがあったね。
特にさっきの人族至上主義の話もあったから余計、魔血族っていう僕と母さんの秘密は表沙汰になったら危険だろう。
エルマさん達はその事を心配してくれてたんだ。
「エルマさん。それについては既に彼女は知っています。
知った上で、彼女は変わらずに接してくれています」
「そう。それなら良かったわ」
「あと、僕達がどこまで進んでるか、ですけど」
ちらっとリーンさんを見ると、若干顔を赤らめながらも頷いてくれる。
「『血を交換し合った仲』、ですね」
「「な!?」」
うーん、やっぱり皆驚くよね。
『血を交換し合った仲』っていうのは「この人とは家族同然」と言っているようなもので、昔ながらの集落に行けば結婚以上の意味合いになったりもする。
結婚と違うのは義兄弟のように同性や、年齢の差、人かどうかに関係なく出来ることと、その、子作りをする関係かどうかっていうところだ。
でもほぼ同じ種族で同年代で異性っていうと、夫婦もしくは婚約者と同じに見られることが多い。
僕の言葉を聞いて、エルマさんが居住まいを正してリーンさんを見た。
「あなた。確かリーンさんって言ったかしら」
「はい。リーン・バルディスです」
「ではリーンさん。
あなたは今から当商会における最重要顧客であり、私たちの家族も同然です。
何か困ったことがあれば遠慮なく私たちを頼ってください」
「は、はい。ありがとう、ございます。
でも、良いんですか?
どこの馬の骨とも分からないのにそんなに簡単に受け入れてしまって」
実にあっさりと、でもリーンさんにとっては寝耳に水な話だから驚くのも分かる。
建物の構えを見ればうちの商会がかなり大きなものだっていうことは理解されているだろうから、例えるなら下働きが突然「君、明日から役員だから」って言われているのに近い。
まぁそういうのもうちの商会の特徴といえばそうなのだけど。なぜなら
「気にしなくて大丈夫よ。
この建物を見たら凄いなって思うでしょうけど、私たちの母体はあくまで行商なの。
馬1頭、荷台1つ。それがうちの商会の本来の姿なの。ここは倉庫みたいなものね」
他とは違うのよって言って小さく笑う。
「行商ってね。行く先々で出会った人たちとの絆で成り立っているの。
もちろん商売だから利益は生むわよ。
でもね。その利益で次に出会う人たちをもっと幸せにしていくの。
ただ、どこにいっても他人に害を与えないと気がすまない人って居るでしょ。
その人達から家族を守るのも重要な仕事。
一線を越えて内側に入れるには相当な審査を潜り抜けた人だけ。
だから自然と人を見る目も鍛えられるのよね。
彼の学園生活を見た訳ではないけれど、友人と呼べる人は大勢居ても、親友と呼べるのはごく限られているんじゃないかしら」
「あ、たしかに」
リーンさん、ケイ、ミラさん、エルさんくらいかな。あと別枠でキーヌが居るくらいかな。
寮母のルーメさんも入れてもいいんだけど、そこはルーメさんの気持ち次第。
他の学生からは向こうから距離を取られているし、仲の良い寮生とかでも友達止まり。
町の人たちも仲のいい人は大勢いるけど、親友とは違うかな。
こうして改めて考えると随分狭く深い人間関係だ。
「だからね。彼がそこまで心を許してるなら、私たちとしても何も心配はないわ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「あとは、母に気に入られるのか、溺愛されるかどっちなのかが気になるところね」
「え、えっと。他に選択肢は無いんですか?」
「無いわね。そこは諦めて。
あ、そうそう。さっき届いた連絡で、母は『時忘れの村』に行くと言ってたわ。
会いに行くなら気をつけて行って来なさい」
そう言って小さくため息をつくエルマさん。
まぁ場所が場所だから仕方ないかな。
血が繋がっていても仲が悪い人も居ますし、逆に元々他人の方でも心を許せる相手は出来ます。
ソージュは特に生まれた時から大商会の会長の孫なので、人を見る目は養われて来たんですね。




