35-A カルム・バルディス
間に合わなかった。
今回はりーんちゃんのおとうさん視点です。
Side カルム・バルディス
ジバンリン暦34年12月15日。
年の暮れだというのに、私達一家はそれまで暮らしていた村を離れ、別の地へと向かう事になった。
色々とあったが、無事に娘のリーンが生まれ、一人で動き回れるまで居られたのは僥倖だったといえるだろう。
吸血族の私達はほかの種族から見て、危険な存在として認識されている。
まぁ、他者の血を吸うというだけでも忌避されるのに、バンパイアなどの魔物と間違われることもある。
しかし、バンパイアと違って血を吸った相手を汚染するようなことは一切ないのだが、口で説明してもまず伝わらない。
というよりも、説明しようとすると血を吸うことを伝えないといけないので、その時点で話を拒絶されてしまう為、説明ができない。
なので、基本的に私達が吸血族であることは隠して生活をしている。
今回のように何かしらの疑いをかけられた時点で、それまで住んでいた場所をそっと離れることにしている。
「ごめんね、おとうさん」
「なに、気にしなくていい。遅かれ早かれ気付かれることだからね」
今回疑われる原因を作ってしまった娘が謝るのを、やさしく頭を撫でて慰める。
さて、後は早めに次の生活の拠点が見つかればよいのだが。
真冬である今、北に向かうのは自殺行為。行くならば少しでも暖かい南だ。
ジバンリン暦35年1月3日。
雪の吹きすさぶ中、何とか新しい村を見つけた。
村人には、前住んでいた村が魔物に襲われた為に、避難してきたと伝えると、村の外れにある小屋で良ければ使って良いと言って貰えた。
どこの者とも分からない私達を受け入れてくれるとは、なんと心優しい人達なのか。
……いや、何人かの視線から不穏な気配を感じる。これは当分警戒が必要そうだ。
あ、そうそう。妻は氷雪魔法のエキスパートなんだ。
旅の途中もかなり助けられた。それは村に着いてからも同じで、それのお陰で村人と仲良くなるのに一役買っている。
最初感じた気配もなりを潜め、私達は無事に村の一員として認められるようになってきた。
ただ、なぜだろう。
村人の中で数名、顔色の悪い人が居る。病気かとも思ったがそうではないらしい。
その姿はまるで……いや、考えすぎだろう。
ジバンリン暦35年3月2日。
冬の寒さも収まってきて、少しずつ春が近づいてきたころ。
私達は家族で山に入っていた。
目標は雪の中から顔を出した山菜と、腹を空かせてねぐらから出てきた動物達だ。
この季節の動物は痩せているので、肉もそれほど美味くはない。それでも村も保存していた食料が減っているので、少しでも足しがあると重宝がられる。
だがここで事件は起きた。
私達から見て山の麓の方に次元の亀裂が発生し、そこから魔物が出てきたのだ。
出てきたのはブラックウルフ。1頭1頭は大したことが無いが、数が多い。
「逃げるぞ」
「はい!」「う、うん」
私は娘の手を引き、まだ雪の多く残る山の斜面を走る。
後ろで妻が魔法で牽制してくれるが、向こうも狩りのエキスパートだ。
左右に広がりながら包囲されては妻1人では手に余る。
「リーン、私達のそばを離れるなよ!」
そう言いながら私は娘の手を放し剣を抜く。
思えばそれがいけなかったのかもしれない。
10数匹を切り伏せた所で、一瞬目を離した隙に、魔物の1頭が娘に襲いかかった。
「きゃあっ!いやっ!!」
「あ、まて。行くんじゃない!」
何とか魔物の一撃は避けたものの、恐怖に襲われた娘は逃げ出してしまった。
くそっ。魔物たちも私達の中で一番弱い娘に狙いを定めたらしく、執拗に娘に襲い掛かろうとする。
見れば娘は無意識に氷雪魔法を発動させてギリギリの所で逃げ切れている。
ただそれも長くは持たないだろう。
急げ!!残りはもう10頭と居ない。もう少しだ。
だがそんな私の思いをあざ笑うかのように、突然娘の姿が消えた。
いや、消えたんじゃない。落ちたんだ。
娘が居たはずの場所は崖から雪がせり出していて、それを踏み抜いたようだ。
慌てて崖に近づいた所で崖下から光の柱が立ち上った。
「これは、転移魔道具が発動したのか!」
我が家に伝わる魔道具の1つ、緊急避難用の首飾り型の魔道具。
その性能は短距離短時間の時間と空間の転移だ。
所有者が死に瀕した時に1度だけ自動発動するもので、保険で娘に着けていたものが発動したのだろう。
ただ、この魔道具には大きな欠陥があり、転移先は一切選べないんだ。
最悪、すぐ死ぬのが、別の死因になるだけ、ということもありうる。
「あなた。まだ、悲しむのは早いわ」
「ああ、そうだね」
まだ生きている可能性は残っているんだ。
なら、私達はそれを信じて、今を生き抜かねば。
魔物はまだ周囲に残っているのだから。
書ききれなかった。
次回は引き続きおとうさん視点か、お母さん視点にきりかえるか。




