35-3 避難
よろしくお願いします。
家の中に入ると、ちょうど朝食の途中だったようで、台所のテーブルの上には食べかけの食事が置いてあった。
「ふたりとも、朝食はまだかしら。簡単なもので良ければすぐに準備するわ」
そうりーんちゃんのお母さんが聞いてきてくれるけど、僕はさっきの村の事件が気になって仕方が無い。
この家が村はずれにあるって言うことは、やっぱり村で一番のよそ者だってことなんだろう。
村人たちはどう考えてどう行動するか……うん、やっぱりそうなるだろうか。
と、考え込んでいる僕を見て、りーんちゃんのお父さんが怪訝な顔で聞いてきた。
「……何か気になることでもあるのかい?」
「はい。あの、時間が無いので単刀直入に言います。
ここに居ると危険なので、急ぎ準備してこの家を出ましょう」
「は?待ってくれ。突然何を言い出すんだ」
うん、まぁそうだよね。
突然やってきた僕にそんなこと言われても訳分からないよね。
でもきっと僕を信用してもらうだけの時間はない。
「すみません。今は詳しく説明する時間も無さそうなんです。
ここを出てから全てをお話しますので、僕に騙されたと思ってとにかくお願いします」
「……」
「……」
「……わかった。おい」
「はい。すぐに準備します」
「3分で準備してください。5分で出ます」
「っ、そんなにか」
僕の焦りが伝わったらしく、慌てて身支度を整えるふたり。
突然のことなのに、どこか慣れている雰囲気もあるのはなぜだろう。まぁいっか。
その間、僕は入口で外の様子を伺っておく。
家具や食器、農具なんかを除けば、大した荷物もない家だ。
着替えを済ませてリュックを1つ担いだだけで準備が終わったようだ。
「待たせた」
「いえ、大丈夫です。では行きましょう」
そう言ってまずは僕が外に出て誰も居ないことを確認してから、全員で家の裏手側に回りながらその場を後にする。
そうして十分に距離を取って、ギリギリ村の様子が伺える所まで来てから一息ついた。
「それで、色々と説明をお願いしてもいいかな」
「はい。あ、まずは僕はソージュと言います」
「ああそうか。そういえば名前を名乗っていなかったね。私がリーンの父でカルム・バルディス。こっちは妻のラーナだ」
「まずなぜ今、家を出たのかですが。今朝、村で殺人事件があったみたいなんです」
「なんだって!?」
「それで……あぁ、やっぱり。あれを見てください」
指差した先では、村人達が揃ってりーんちゃん達の家に向かっている姿が見えた。
手には鍬などの農具(武器の代わりかな)を持っていたり、たいまつを持っている人まで居る。
「こういった小さな村で事件が起きると、多くの場合、よそ者や新参者が最初に疑われます」
「待ってくれ。確かにその通りかも知れないが、逃げる必要はあったのか?ちゃんと私達では無いことを説明すれば良かったのではないかね」
「どうやって説明しますか?やった証拠を探すのは簡単ですけど、やってない証拠を探すのって難しいですよ。
ましてや、村人のあの動き。ただおふたりが疑われているだけなら、あんな大勢で向かう必要は無いはずです」
「それは、確かにそうだな」
「恐らくは真犯人が村人を扇動しておふたりを犯人に仕立て上げているのでしょう。
それに話し合う気があるなら、武器やたいまつを持ってきているのもおかしい」
話している間に、村人達が家を取り囲んでいた。
流石にここからでは声までは聞こえないけど、危険な雰囲気だけは分かる。
あっ、持ってたたいまつを家に投げつけた。
「そんな!?」
「まさか、いったいなぜ!」
突然の凶行に驚くふたりを余所に、たいまつの火は家に燃え移り、木造の家は瞬く間に炎に包まれていった。
「家が焼け落ちた後におふたりが居なかったことが判明したら捜索し始めるかもしれません。
詳しい説明は歩きながらしましょう」
「あ、ああ。そうだな」
動揺が収まらないふたりを引っ張って僕達は村を大きく迂回する形で西へと向かう。
元の世界の感覚で言えば、このまま西に向かえば竜人族の領域に入るはずだ。
昔、お父さんから竜人族は義理堅い種族だって聞いていたから、事情を話せば保護してくれるだろう。
あ、りーんちゃんは終始落ち着いてる。
どうやら、僕との旅の間にこういう事に慣れてしまったようだ。
盗賊が出ても驚くこともなく処理できるようになったしね。
りーんちゃんのご両親の決断の早さについてはまた次回以降に。