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プロローグ

習作

 

 七月、既に桜や木蓮なども散り、楓は若葉を拡げ始めてた。

 葉とも言えない爽やかな匂いと青葉の色も眩しい初夏の頃。

 ここ数日、沖縄で寒波が到来、北海道では猛暑日がテレビで報道され、観光客が困惑している。


 横に座っている男はサークル部屋の一角に置いてあるテレビを眺めながら彼らに向かって「つまり、俺ら東京が勝ち組ってことよ」と勝ち誇る。

 男の無意味なマウントを右から左へと聞き流し、期限ギリギリのレポートに手をつける。

 鷹泉大学では二年次の必修科目として第二言語と第三言語を取る必要がありフランス語、中国語、イタリア語、、韓国語、C言語と語学を学ぶなら事欠かない。

第二言語でフランス語を選択してしまった僕は喋れる前提で進み会話も全部仏語の意識高い系講義について行くだけで必死である。

何故、純日本人の僕が選択してしまったかと言うとそれは約半年前の事である。

同じ授業を取ってる友人から合コンに誘われ高校以来の久しぶりに接する異性に対し舞い上がって調子に乗ってしまった事が原因だ。

頭いいアピールを散々行い、自分の嘘の魅力を伝え、挙句の果てには『俺、フランス語ペラペラだから余裕』等とイキリ散らした末路である。

実のところ大して分かりもしないフランス語の講義に耳を傾け教授の言葉にはイエスマンの如く頷き、本当は喋れるけど喋らないだけと言う雰囲気を醸し出しているだけの出来損ないである。

完全に自業自得と言うべきなのだろうがそれにしても隣の男はスナック菓子の音を部屋に響かせストレスを確実に溜めさせてくる。


「沖縄で観測された事象は― 」


 延々と異常気象の話をし続け、今年中に世界が滅ぶと言うコメンテーターの話が耳をすり抜ける。

今日中に出さなければならないレポートは思うように進まない。

 僕の頭には単位不可の四文字が脳にチラついた。

 日本人でフランス語喋れるやつの方が珍しいのでは?と言う至極真っ当な誰にもぶつけられる事の無い憤りと自分の出来の悪さに辟易とした。

 目の前の課題に集中しようと机の上に置いてあった缶コーヒーを手に取り飲もうとする。


  「おい、一樹」

 そう、ぶっきらぼうに僕を呼んだのは髪の毛は染めておらずセンスを感じる服を着ており、ショートヘアが似合う俗に言うイケてるメンズの水田透だ。

  彼とは高校時代からの付き合いだがやけにラクロスなるマイナーなスポーツが得意らしくそれを良く誇っているのを聞く。

 彼の考えている事は未だに良く分からない。

 ただ単に自分のコミュニケーション能力が低いだけなのかもしれない。

 そして対する僕は古着屋で買ったメーカー不詳のスウェットとパーカー、髪の毛はセットしておらず至る所で跳ねていて脱力しきった格好で余りにも部屋に馴染みすぎていた。

言うなれば水田は光で僕は陰なのであろう。

大学での過ごし方もそうであり、余裕の持ち方もそうである。

 

「アイツは?」

 純粋な疑問を水田がぶつけてくる。

 僕は考えた、水田が指すアイツとは藤堂の事だろう。藤堂とは僕たちのサークル、言っても三人しかいないサークルだ。

 イツメンの唯一の女でここに居ない最後の一人だ。

 笑顔がよく似合う外面だけを見ると可愛い一面もある彼女だが藤堂あかりと言う人間はあまりにも自由奔放である。

 サークルきってのトラブルメーカーで一つ解決したと思っても間を置かずに問題を運んでくる。

しかもその件の藤堂は昨晩に思い立ったが如く街に繰り出して以来所在不明である。

昼になっても部屋に来る事はなく誰も居場所を知る者はいない。

どうせいつものバーか宅飲みでダウンしているだけで心配するだけ損する。

スマホを確認する癖は無く電話もすぐ無くすので連絡を取るだけ無駄である。

経験則から水田と僕は分かりきっていたがいい答えを思いつかなかった体で僕は唸るように答えた。


「いつもの所で飲んで死んでるか何か巻き込まれてるか、じゃない?」

そうか、と彼は漏らしてソファーに座り直す。

この問答も最早ルーティーンと化している、一樹、お前は知らないだろうけど一応聞いとく。と言う水田の気持ちが透けるようだった。

結局のところ藤堂の現状を知ったところで何かレポートが進む訳でもなく神が現れて助けてくれる訳でもない。自分がやるしかないのだ。

 考えれば考えるほど沼に嵌っていき悪い癖がでてしまう。

 すぐに色々と考えてしまう癖を直したいが生来の性格であり直しようはないのではないか?

そんな意味もない自己問答で時間だけが流れて行く。

部屋に訪れた静寂を打開しようと何気無い言葉を水田にかけようと思った矢先に奔馬の様に廊下を走る音が聞こえた。

立て付けの悪い年季の入った目の前の扉が思いきり開けられた。

その瞬間、部屋の空気が混ざったかのように件の藤堂が現れたのであった。

彼女が大事そうに左手に持っているアタッシュケースは奥にある窓から差し込む光に反射し鈍色に輝いている。

藤堂は部屋の中を見回し水田と僕がいる事を確認すると彼女は場を改めるように鼻腔を破廉恥なまでに広げ手を大きく開いて透き通る様な声で僕らに叫ぶ。


「ねえ!?透!一樹!楽しいことする、よね?」

 何故かは分からないが彼女の笑顔はひどく眩しく見えた。

雰囲気に当てられたのか魅せられたのかは分からない。

じめっとしたいつものサークルの部室から一変しての空気が明るくなったような気がした。

いつもの面倒ごとの予感をいち早く感じ取った僕と水田は息があったように顔を見合わせる。

目と目で水田と意思を伝えるようにじっと見つめると彼は観念したかのようにテレビから溜息を付ながら藤堂の方へと顔を向き直した。

 

「これ見て?」

 椅子を奪うように座った彼女がアタッシュケースから出したのはリストバンドの様な形に液晶を取り付けたような物だった。

 よく見ると彼女の右手にも同じ物が付いている。何やら画面が動いているらしいがこちら側からはよく見えない。パッと見は非常に謎の塊であり藤堂と自分の認識に誤差が生まれている気がした。

藤堂が取りあえず装着しろと言わんばかりの無言の視線を送ってきた。

しかし何の説明も無く不気味なバンドをつけろと言われても水田と僕には困惑しか残らない。それを見た彼女は悟ったかのように口を開き始めた。


「AIMEDって知ってる?」

この手に持つバンドに何か関係あるのだろうか?一抹の疑問を抱きながら思案した。

彼女が口にしたAIMEDとは七年程前に学生の間で流行ったリアルタイム対戦型のゲームだ。

特殊な能力を持った一般人同士が蹴落としあうゲームで中学の時に仲間内でやって少し触った程度で詳しいルールやレギュレーション等は知らない

藤堂が何を言いたいのか意図する事が分からず尋ねようとした。


「ちょっと前に流行ったゲーム?何が関係あるん― 」

しかしそこで質問を遮るように声がかき消される。

「復活したのか?」

 知っていてさも当然と言う顔で藤堂に確認するように問いかけた。

うん、と小さく頷く藤堂を見て自分の脳内は疑問ばかりが埋め尽くす。

突然、二人だけが知り得る情報で自分だけ置いてけぼりを食らったような疎外感と寂しさに襲われる。

何が復活したのか?説明は?何も分からないままだが置いて行かれまいと再度尋ねようとする。

すると藤堂が無造作に机の上に置いてあったアタッシュケースから封筒を取り出し二人に無言で手紙を差し出した。

こちらをじっと見つめるだけで何も言葉を発さない。

これを読めば分かると言うことだろうか?

渡された封筒を手に持つと意外にもしっかりとした作りだと感じる、白を基調とした紙で裏面をよく見るとワインレッドの蝋で封されていた。

蝋をよく見ると破られた形跡は無い。

となりの水田も手を持って見回し訝しげな表情で封を破り中身を読み出す。

自分もそれに連れられるように蝋をカッターで切ると封の中から一つの手紙が出て来た。

手紙を読み進めると水田と藤堂が何を言っていたのか理解できた。

中身を要約するとAIMED体験会の特別招待状らしく明後日、7/21日曜の午後12時から開始され東京都の品川のビル集合と書かれている。

コンシューマータイプのAIMEDから携帯型へとリメイクするらしい事が分かった。

説明の下の方には安っぽいロゴで『刮目せよ!これが新AIMEDだ!』と描かれており胡散臭さが増している。

つまり暗に彼女はこれに参加しろと言ってるのだろう。

 だがこの手紙、そして謳い文句、大企業が主催するイベントならもっとマシな招待状を作るだろう。

果たして本当にAIMEDの会社のイベントなのであろうか?隠れて治験の実験体にされるのでは?考えれば考えるほど悪い方へと向かっていく。

自分の脳内の司令塔があまりにも現実的ではなく怪しく危険だと指示を出していた。

まったくもって司令塔様の言う通りだと思う、いつも使うことの無い脳が全力で体の良い断り文句を考え始める。


「日曜はバイトあるから無理かなあって…」

 我ながらなんて陳腐な答えを出してしまったのか後悔に襲われる、いくらなんでも理由が薄すぎた。親が倒れたは?無理だ。大会があるから?自分はスポーツなんかしてない。

 世界を救う為?あまりにも冗長的だ。ジョークにすらなり得ないだろう。

 伏し目がちに彼女の方を盗み見るが藤堂の顔に張り付いた笑みは固定されたまま変わらない。

 何か打開しなければ。そうは思うが自分の足りない脳味噌ではそう多くは思い浮かばなかった。もう、諦めて素直に言おう。自分には馬鹿みたいに長いレポートが残っていて期限が今日までであると。恥を晒すようだがそんな事を気にする仲ではないと口を開こうとする。


「俺は参加する」

 しかし突然水田が思案した顔で行くと伝える。

 僕は慌ててとなりの男を見つめた、正気か?藤堂の笑顔に騙されていないか?お前は何を考えているのか?今までの経験上藤堂が持ってくる事はほぼほぼ面倒ごとになる。それを踏まえても水田が参加に賛成するとは予想外であった。

 イベント事を嫌うコイツが参加する?弱味でも握られているのかと高速で考察する。

 だが水田が参加する旨を伝えてしまったらもう藤堂のペースだ。

 無言で此方を見つめ視線で語りかけてくる。

 こうなれば僕が言える言葉はイエスかはいしかない。僕は諦めた表情で何も言わずバンドを手に取り装着すると意外にも腕に違和感は無く不思議な感じを覚えた。

 するとバンドの正面に付いている液晶が起動

 し、ぽんと軽く音が鳴った。

 水田も同時に着けていたらしく驚きの表情を浮かべている。

 側面と背面にセンサーが付いているのかスキャンが行われ画面には機器の登録完了を伝える旨とようこそ、斎藤一樹様。と表示されている。

 バイタルサインを読み取ったのだろうか?SF化が進んでいると言われている世の中だが自動で登録が行われ市民IDとの連携が行われる技術の進化に思わず感動を覚えた。

その様子を見た藤堂は満足したのか足早に寂れた部屋から退出しようとする。

何か聞こうと思ったが知りたかった事は全て手紙もどきに書かれている、つまりこれ以上わたしから説明する事は無いよと言う事であろう。

自身が参加する旨を伝えてしまった以上参加せざる終えない。

彼女の前で約束したからには果す果さないではなく果すしかないのである。

そんな事を考えていると、いつのまにか既に廊下の奥の方におり窓の外の景色を眺める彼女を目で追っていた。横を見てみると腑抜けた顔をしている僕を水田が呆れ顔で見つめていて無性に腹が立った。

少なくとも明後日に参加するためには今目の前のモノを終らせる事が求められている。

僕はいやいやながらもレポートの作成を再開し明後日に備えることした。

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