閑話 2
一人ぽつんと執務室の上座の椅子に座っている男、ドフスキー・ベルリア・ミーシャは遠い目をしていた。
何故かというと目の前では、彼の妻の妹夫婦が全力で堪えている。
それが夫妻の目の前で、引きつり笑いをする少女を可愛がることを堪えているのだから、彼はため息を吐くしかなかった。
「…ミリア殿、レビィアス殿。そろそろいいか。」
「………っは!ご、ごめんなさい。」
わざとらしく、振りをつけて我に返ったミリアはレビィアスと共にドフスキーと向き合った。
―――……レミーナ。
彼の兄、シーナが残したたった一つの忘れ形見は、すくすくと成長して少し歳の割には大人びているが、可愛らしい少女となった。
シーナが亡くなった当時、まだレミーナは生後二、三ヶ月の赤子で、自分の父親の顔は家に飾っている絵姿で見なければ分からなかった筈だ。
――――この子には辛い思いをさせてしまったな…。
母親からの虐待で心の拠り所など無かったレミーナはどれだけ泣いたことだろう。
ドフスキーはそれだけが気がかりだった。
妹夫婦の元へと行かせても大丈夫なのだろうかと。
実母からの虐待で、大人への不信感は少なからずある筈。
そんな状態で、妹夫婦に預けてもと…そうドフスキーは考えていた。
そんなドフスキーの心情を知ってか知らずか、いつの間にかレミーナの元へ行き、少女の目線に合わせたミリアはこんな事を言った。
「レミーナちゃん。少し準備期間で一緒に過ごさない?その上で本当に私達の娘になりたいか考えてほしいの。私達の娘になるという選択肢だけでは貴女が嫌でしょう?」
ふわりと微笑みながらそう言った、ミリアの瞳は慈愛に満ち溢れていた。
レミーナの表情は、ミリアの方へ向いている為分からなかったが、少女の肩が小さく震え始めたのはドフスキーでもわかった。
「…ミリアさま…わたしは…あまえちゃいけないとおもって…。」
くぐもった声が静かになった室内に、小さく響いた。
ミリアは首をゆっくりと縦に振りながら、少女の言葉を一言一句聞いていた。
「…ミカエルも…ファナメリアも…まもりたくて…。」
「うん。偉い!レミーナちゃんはいいお姉ちゃんだな。」
机越しにいたレビィアスはにかりと笑い、ミリアと同じく首をゆっくりと縦に振った。
ドフスキーは、夫婦とレミーナの姿を見てその時自分にあった一抹の不安が消されていく気がした。
「レミーナちゃん、よく頑張ったわね。」
ミリアがそう言うと、レミーナは小さく首を横に振った。
「…ミリアさま。…私が、ミリアさまの所へいっても…ミカエルやファナメリアの所へまた行ってもいいですか…?」
――――――――あぁ、本当にいい子に育った。
ドフスキーはそう思った。
ミリアもその言葉には少し驚いたのか一瞬目を見開いたが、すぐにふわりと微笑み、レミーナへ返答した。
「勿論よ。私もミカエル君とファナメリアちゃんに会いたいからね。寧ろ一石二鳥よ!」
――――――おい。
ミリアは小さくガッツポーズをしながらそう言うと、レミーナは小さく吹き出した。
その後、ミリアも笑みを深くしてレビィアスも小さく吹き出し、三人で笑い出した。
その三人の姿はもう家族のそれで。
ドフスキーはふぅと息をつくと、ある紙を出した。
「レミーナ、これをお前に。」
「…?これは?」
少し鼻を赤くしたレミーナが振り返ると、ドフスキーはそれをレミーナに手渡した。
レミーナは首を傾げながら受け取ったそれを見た。
それは新緑色の手のひらサイズの紙。
だが、色がついているだけであとは何も無い。
「それは魔力を通せば自分の思っていることが書かれる紙だ。手紙に忍ばせて使う物だ。お前が使いたい時に使いなさい。」
「…はい…!」
レミーナが力強く頷くとドフスキーは小さく首を縦に振り、その紙を見た。
――――――今、でなくともいつかきっと使う時は来るだろう。
その紙を使う時、例えそれが助けであろうと無かろうと、レミーナの為になるならばと、ドフスキーは彼の兄シーナが彼の為に作った唯一無二のそれをレミーナに贈ったのだ。
紙をその小さな手に握りしめて、レミーナはまたミリア夫妻に向き合った。
―――――――もう、大丈夫だな。
ドフスキーは、そう思うと三人の姿を見て小さく口の端を上げ、静かに席を立った。
この1ヶ月後、レミーナはミリア夫妻と共にハロマン家の者となるのだが、それはもう少し先のお話。




