兄弟とは 12
光は笑い終えると私の足元でくたばっていた。
「…気は済んだ?」
そろそろ青筋を立てそうな私は、しゃがんで光をつついたり軽く撫でたりしてみた。
なんて言うかふわふわだった。
まるで干したての布団みたいで、イラついていた心も不思議と癒されてしまう。
「ふわふわ。気持ちいいなぁ。」
『ふふん。いいでしょ。』
光は立ち直ったのか、私の周りを回り始め、また顔の目の前に落ち着いた。
「…でもどうして私ゲームの記憶なかったのに動けたんだろう。」
そう、私はまだあの時点で記憶はゲームという存在までなくただ、OLの自分が死んでファナメリアに転生したという位しかなかったのにも関わらずだ。
正義感でも働いたというのだろうか、あれか、体が頭よりも先に動いたのだろうか。
「…うーん…分からない。」
『まぁどちらかと言えば前者、じゃない?』
正義感かあ…。まぁ常識を考えるとそうだよね。
頭を捻って考えて見れば納得はいかないが、否定もできない意見なので結局それを通そうと暗示をかける勢いで覚えた。
ただ、今回のことで分かったのは、ゲーム通り動く訳ではなく人物そのものが、個々として動けてストーリーに縛られた生き方ではないこと。
縛られていれば私は、転生したところで自分の意識とは真反対の行動をとってしまうかもしれないからだ。
そこまで考えてすごくゾッとした。
自分の体を抱きしめ蹲っても、自分の頭から血の気が引いていくような気がした。
「…ねえ、光さん。私はこれから身勝手に動いてもいいの?」
あぁ、私は何を聞いてるんだろう。転生する前はこんな事考えることもなかったのに。
俯きカラカラに乾いた喉から出てきたのは、自分でも信じられない位か細く掠れた声。
だけど光は『馬鹿だなぁ』と呟き私の頭の上に飛び乗りそのまま頭の上でポヨンポヨンと音を立てジャンプした。
重さはほぼ無いもののジャンプしている場所が場所である。
おいこら、やめろ。まだ4歳の毛根になんて事を!!
『別に、君の人生なんだ。君自身で生きることの何がいけないのさ。』
「…!」
光は多分ごく普通の事を言ったと思う。
けれど今の私にはまるで、暗闇に光が差し込んだみたいに最高の言葉だった。
「うん。そうだよね。」
私はその言葉を聞いて力強く頷き、光はやっと納得したかと呟きまた私の周りをふわふわと回り始めた。
『ただ、私からも1つ頼んでいいかな。』
「…?どうしたの?」
『主人公がある一定の条件を達成すると、逆ハーENDを迎えるのを知ってるよね?』
一応全ルートの内容は朧気ながら知ってる。
確か第一王子のルートの最後の分岐で、主人公が第一王子に求婚される。
その時点で主人公が攻略対象の好感度を一定まで上げておくと、言葉の選択肢が元々2つのところ隠れた第3の選択肢が出るのだ。
その選択肢を選べば、主人公は全攻略対象からも求婚されるのだ。
うーん、今思えば典型的だよなぁ……
『だよねぇ。そこでね。』
やけにそこでねの所を強調しながら、言った光は3人の映像が映ったままの光の輪っかの上に乗っかり私を見下ろした。
『君にそのENDを止めてほしんだ!』
「はぁ!?」
『勿論私も手伝うよ!大丈夫!君なら出来るさ!』
待て待て待て!ちょーっと待てーーー!!
呆然としそうなその発言は、先程まで気を取り直そうとしていた私の考えを物の見事に吹き飛ばした。
「さっき自由に生きていいって言ったじゃない!」
『うーん、だってこのルートを壊さなきゃ君の姉だって兄だってエレンだって自由に生きられなくなるんだよ?』
「………確かに。」
光が言うことも尤もで。
逆ハーENDで兄は自分らしく生きることを失い、ただ主人公を愛するだけの人物に成り下がってしまうし、姉だって逆ハーENDだと国外追放か最悪命を落とす。
エレンも攻略対象の1人で、兄と一緒の騎士団で頑張っているのに主人公の心を自分に向かせる為にライバルを殺そうとする。
あんなにも優しい3人が豹変するだなんて考えたくもないが。
「…でも私が関わったところで何かが変わるの?」
『確かに君は自由に生きていいよ。でもどうか忘れないで。全ての人が誰しも幸せになれるためには無条件ではいけないんだ、って。』
淡々と話す訳ではなく、何か切望を含んだその言葉は私の心にズシンと重く響いた。
それと同時に目の前が掠れていき、光もくすんでいく。
光はそう言ってそろそろだねと呟きながら私の肩に飛び乗った。
どういうことだと聞こうとしたけど、どんどん意識が薄れていく。
頭痛はないけれど、得体の知らない何かが心を侵されていくようで不安しかなかった。
あらすじを訂正させていただきました…!(;>_<;)