魔法士
「………………………」
無意識に、窓の外に目をやっていた。
外は快晴、でももうじき日が落ちようとしていたため、街全体が朱く染まっていた。
こんな時間でも友人の男の子達はどこか街の外に出掛け、そして全身泥だらけで帰って来て「今日は大量に仕留めたぜ!」って自慢しに来るに違いない、迷惑極まりない無神経な奴らだ。
と言いつつも、直接見たわけではないが彼らはいつも自慢できる程の功績を残している訳であって、実際に文句など言える立場ではない。
いつも慌ただしく、全速力で街からいなくなる彼らと比べて、私はと言うと────
「…………………暇」
この有り様である。
と言ってもだ、これでも普段は真面目に仕事をしている。
ただ連日続く晴れのせいで、ここ数日まともに働けない状態が続いていたのだ。
休みだからと言ってやりたい事がある訳でもなく、ただボーっと空を眺めるか寝るかの毎日だ、こんな生活ため息を吐いていないとやってられない。
「───あっいた!!アイリちゃ~ん!!」
呆然としていた時、背中の方から聞き慣れた声で名前が呼ばれたので、そちらに振り向く。
「声が大きいよ、イズ」
目の中に飛び込んで来たのは、駆け足で寄ってくるイズの姿。
いつもと同じ様に水色の長い髪をポニテにしている。
本人曰く「ポニテは女子の最大の武器!!」らしいが、ショートカットの私には全く意味の分からない話である。
「ごめんごめん。
それより、今日の夜には開演出来そうだって!!」
「えっホント!?」
思わず椅子から立ち上がってしまう。
椅子が倒れそうになったけど、今はそれどころの話ではない。
「ホントホント!!
何とか魔法使えるスタッフさん達が到着したみたいなんだ、今会場の設営に取り掛かっている所だって!」
「そうなんだ、良かったぁ」
本当に良かった。
あのまま何もせずにボーっとしてるだけだったら、その内気が狂っていたかもしれない。
「とりあえず、夜9時スタートだから、30分前には衣装に着替えていてって言ってたよ」
「分かった、教えてくれてありがとうね。
……………後2時間もある、何しよ」
時計の針を見て、またため息が出そうになる。
時間というものは思うようにならないから、何とももどかしいものだ。
「アイリちゃんこれからどうするの?」
「分かんない。
する事もないし、また外でも見てようかな」
「えーっ、暇なんだったら私と喋ろう?」
やっぱりそう来たか。
はっきり言って、イズの話し相手をするのは超疲れる。
別に面白くないと言っている訳では無い、ただ単純に話が長いのだ。
本当に喋り出したら止まらないし、面白くない訳じゃないから特に止めさせる理由もない、まさに地獄だ。
「あーでもその前にアイリにも教えておかないとね」
「何の事?」
「このまえルーちゃんが大怪我したでしょ?
───『魔法士』が来てくれて、完璧に治ったらしいよ」
「……………『魔法士』」
魔法士。
普通の魔法使いとは違う異質な存在で、何よりその者を見た者は誰一人として居ない。
誰かが怪我をすれば気付かない内に治したり、壊れたもの(主に街や家、服など)も一瞬にして直してしまう。
そして謎ばかりを残して消えて行ってしまうのだ。
初めてその話を聞いたとき私は恐怖した。
得体の知れない者に何もかも直してもらうのは、何だかいけない事をしているような感覚に陥ってしまうからだった。
でもそんな気持ちも次第に薄れ、最近ではその事自体が当たり前のように感じるようになった。
慣れというヤツは末恐ろしいものだ。
「じゃあ、ルーちゃんも今日来るの?」
「ううん、しばらく安静にしてるって。
まだ本調子じゃないみたい」
「そっか、じゃあ今日のライブは私とイズ、ドーラちゃんの3人だね。
………………ってか、ドーラちゃんは?」
ふと思ってぐるりと周囲に目をやる。
……いつもならイズより早く来ているドーラちゃんの姿が今日は無い。
おかしいな、寝坊するような子だったっけ?
「珍しいね~。体調でも悪いのかなぁ」
不思議そうに首を傾げるイズ。
そんな時だった。
「ご、ごめん!!」
バタバタと慌ただしく部屋に飛び込んで来たのは、正しく今話題に上がっていた張本人。
きっと無我夢中で駆けて来たのだろう、艶があるはずの金色の髪がべっとりと額に張り付いている。
「珍しいね、ドーラちゃんが遅刻だなんて。
何かあった?」
肩を上下させて呼吸を整えようとしているドーラちゃんに、タオルを手渡しながら私は聞いた。
「……………笑わないでね?」
「うん、笑わない」
「イズちゃんもだよ?」
「まあ、我慢するよ」
「……………笑ったら怒るからね?本当に怒るからね?」
「分かった分かった、もったいぶらずに教えてよ」
少し涙目のドーラちゃん。
よっぽど恥ずかしい事でもあったんだろうか?
「あのね…………
間違えていつもの控室に行っちゃってたの」
ドーラちゃん……………
それ、ここと真反対の所にある場所だよね………
というか、隣で肩を揺らしているイズはもう限界のようだ。
「……………くっ、あはははっ!!!」
「ちょっイズちゃん酷いよ!!
笑わないって約束したじゃん!!」
もーっ、と言ってイズの頭をベシベシ叩くドーラ。
まぁ、放置しておこう。
「痛い痛いっ……………
ってか、これで全員そろったじゃん!」
それもそうだ、これで安心してライブが行える。
ようやく退屈な日々から解放されそうだ。
「ドーラちゃん、今日ライブ出来るって!!」
キラキラした笑顔でそう言うイズ。
きっと彼女もこの日を待ち望んでいたのだろう、数日ぶりだけど。
そんなイズの声を聞いたドーラちゃんも、驚きから笑顔へと変わる。
「やった!!何時からやるの?」
「今から………あと一時間後かな。
30分前には着替えておけって言ってたし、どうする?
もう着替えちゃう?」
イズのその言葉に私とドーラちゃんは頷いた。
「じゃあ着替えに行こっか」
私達は今いる部屋の隣の部屋、衣装部屋に移動した。
そこには相変わらず数え切れない程の衣装が取り揃えられていて、オシャレが好きな子なら興奮で卒倒してしまうと思えるぐらいのバリエーションだ。
「こんにちは、皆さん」
「こんにちはカーターさん。
少し早いですけど衣装を合わせに来ました」
私達には専属の衣装担当・カーターさんがいる。
いつも衣装の手入れやサイズ調整、小物の管理までやってくれている。
余りにお世話になり過ぎているので、この人には頭が全然上がらない。
「分かりました。
今日の衣装はこちらにありますので、順番に試着室で着て下さい。
最終的な調整はこちらでやりますから」
「「「ありがとうございます」」」
私達はいつもの様に声を揃えてお礼した後、イズ、ドーラちゃん、私の順に着る事にした。
イズが一番目なのは、一番着替えるのが早いからだ。
そのイズが予想通りの驚異的速度で着替え終わり、次にドーラちゃんが試着室に入ったところでカーターさんが話しかけてきた。
「アイリさん、ルノアさんは今どんな様子ですか?」
「『魔法士』に治してもらったそうです。
でもしばらく安静にしているって言ってるみたいです」
「そうですか、それは良かったですね」
ちら、とイズの方を見るとブンブン首を縦に振っていた。
…………大げさすぎるんだよね、本当に。
その後しばらくカーターさんとイズの3人で会話していると、着替え終わったドーラちゃんがカーテンを開けて出てきた。
「お待たせ、アイリちゃん次どうぞ」
「ん、ありがとう」
入れ替わるようにして、私が試着室に入る。
中はロッカーよりは広いけど、1人部屋よりは圧倒的に小さい。
2人入ればギュウギュウである。
私は足元に置かれている籠に脱いだ衣類を全部放り込み、両手をバンザイしたまま目を閉じた。
すると、全身が宙に浮くような感覚に襲われるのだ。
この間、閉じた目はなぜか開けられないからどうなっているかは分からないけど、何か温かいものに全身を包まれるような、そんな優しい感覚が数十秒続き、気付けば足が地面についている。
そして、目を開けると沢山のフリルが可愛らしい赤のドレスに身を包んでいた。
これも最初は驚いていたけど、今となってはライブ前の楽しみである。
「着替え終わったよ」
自分の着替えを持って外に出ると、2人はとっくに最終調整が終わっていた様で、長椅子に仲良く腰掛けていた。
「アイリさん、調整しますのでそこの椅子に腰掛けて下さい」
「分かりました」
言われた通り椅子に座ると、カーラーさんが後ろに立って髪の毛に櫛を当て始めてくれた。
「今日ハットは無いので、棚にある好きなヘアピンを使ってください」
「分かりました。
カーラーさん的には何色が─────」
などと他愛のない話をしている内に、調整は終わったようでカーラーさんが前に回り込んで来る。
「終わりましたよ。
後はヘアピンだけですね」
立ち上がって、部屋の隅の方に置かれている棚まで歩いて行く。
真ん中の引き出しを引くと、その中にはヘアピンの他にもヘアゴム、シュシュなどの小物がびっちりと敷き詰められていた。
私はそこから水色水玉模様のヘアピンを取り出し、髪の分け目の左側に留めた。
「────似合う、かな」
「似合う似合う!!
アイリちゃんに似合わない物なんてないよ!!」
「イズちゃん大げさすぎるよ…………
でも、私もよく似合ってると思うよ」
余りセンスのない私が選んだのに、意外にも2人に好評だった。
何だか嬉しい。
「…………気付けば後20分だね」
「うん、そろそろステージに向かおっか」
「そうだね。────あ、その前に円陣組もうよ!!」
イズの言葉に私達は賛成し、3人で肩を組み円を作り上げた。
皆の視線が交差する。
「じゃあ、アイリちゃん!
何か一言お願いします!」
「わ、私?
…………数日ぶりだからって、絶対に浮かれたりしないようにね」
こんなので良かったのだろうか?
でも私の言葉にイズもドーラも笑って返してくれている、このメンバーなら何を言っても大丈夫そうだ。
「よしじゃあアイリからのありがた~いお言葉も頂いた事ですし、ビシッと気合い入れますか!!
……みんな準備は良い?
───じゃあせーのっ!」
「「「えいえいおーっ!!!」」」
イズの掛け声に合わせて、出来るだけ大きな声で精一杯叫んだ。
これをやるかやらないかで全然違う。主にイズの調子が上がらないし、彼女が頑張らないと周りの士気も下がってしまうのだ。
ライブ前の恒例行事なのでカーラーさんも微笑んで見守ってくれている。
恥ずかしさはない、むしろ清々しい気分だ。
「よし気合入ったぁ~!!
ステージに向かおう、皆!!」
「あっまっ……………もう行っちゃったよ、会場まで走る必要ないのに。
歩いても1分かからないじゃん………」
「イズちゃんは元気っ子だからね~。
さ、私達も遅れない様に速足で向かお?」
「だね、もうお客さんも入り切ってるだろうし、急ごうか」
私はドーラちゃんと微笑んで、せっかちな友人の元までダッシュした。
「みんな遅いよ!!」
そんな声がステージ裏に響く。
「イズちゃんが走って行っちゃうから悪いんだよ」
「別に急ぐ事は悪くないじゃん~。
───それより、もうそろそろ始まるからステージ上がる準備しろってさ」
「うん、分かってるよ」
「あっ、スタッフさん!!」
ドーラちゃんが向いている先には、スタッフ専用の青服赤帽子という何とも奇抜な服装の、今日のスタッフさんがこっちに歩いてくる。
「みんな準備は良いかい?
ボクの合図と共にここの階段を駆け上がっていってくれたらいいからね。
そこからの事は君達に任せるよ、頑張ってくれ」
誰も返事はしない。
見えているのは階段の先、光の差し込み口だけだ。
「………………じゃあカウントダウンを始めるよ」
スタッフさんの声と共に、階段の先の光が消える。
10、9、8、7、6、5、4、3,2,1…………
「GO!!!」
その声が聞こえた瞬間、自分の限界を超えるぐらいの力で地面を蹴り出す。
…………いや、ちょっとフライングしたかな。
でも絶対不動のエース・イズは超えられないしドーラちゃんも何気に速いから、少しフライングする程度が丁度いい、ドーラちゃんにギリギリ勝てる。
階段を上り切り、光の先へと進んで行くと─────
「イズちゃ~~~~ん!!!!」
「アイリ様~~~!!!」
「ドーラちゃん笑って~!!!」
聞き慣れた歓声。熊や兎、犬や猫など様々な観客の顔、自分達を照らす有色ライト………
これだ、これなんだ、私の”仕事”は。
定位置まで走り切った私の両隣には仲間の顔がちらりと見える。
少しずつ息を整え、大きく息を吸い込む。
─────よし。
「皆さんこんばんは~~~、ルナ☆ティックで~~~す!!!
今日は来てくれてありがとう!!
じゃあ早速一曲目行くよ───」
さあ、お仕事の時間だ。
「いや~、今日も歌ったね~」
着替え終わり、タオルで汗を拭きながらイズが呟く。
2時間弱に及ぶライブは今日も大成功。お客さん達は大満足して帰って行ってくれた。
私としては数日の鬱憤を晴らしたかったからもう少し長くして欲しかった。
けど、まあ明日もあるだろうから別にいいんだけどね。
「しかし今日の演出は凄かったね!!
特にあの氷魔法で出来た───」
実はドーラちゃん、魔法で行われる演出が大好きで、ライブが終わるたびに興奮しながらその日の演出の良さを語ってくれる。
ライブで私達と同じ様に歌って踊っているはずなのに、どこにそんな体力が残っているのか。
本当にこのメンバーは変わった子ばっかりだ。
「───でね、やっぱり一番良かったのは最後の閃光だね!!」
「あ、それは分かる」
実際、想像以上に凄かった。
最後の曲が終わった後、ステージ裏から打ち上がった1つの光の玉。
それが遥か高く上って炸裂したかと思うと、その光で夜空一杯に描かれたのは私達のチーム名「ルナ☆ティック」だった。
「あれもスタッフさんがやってくれたんだよね?
全く、粋な計らいをしてくれますな~」
「あははっ何その喋り方!!
イズちゃんおかしいよ~」
などと、ライブ後のお喋りを満喫しているとカーターさんが衣装部屋に入ってくる。
「皆さんお疲れ様でした。
今日も最高のライブでしたよ」
「「「ありがとうございます」」」
全員で声を揃えて、深々とお辞儀をする。
「お礼を言うのはこちらの方ですよ、いつも最高のライブをありがとう。
………で、スタッフさんからの伝言で『後片付けはもう終わりそうだから、先に上がって下さい。本日はお疲れ様でした』ですって」
「えっ先に帰っていいの?やったぁ!!」
1人で見っともない程にはしゃぐイズに、カーターさんも失笑している。
でも早く帰れるのは何だかんだ言って私も嬉しい。
帰れると分かってから皆すぐに帰る準備を始め、カーターさんに挨拶をしてから私達はライブハウスを出た。
外に出てみるともう日は完全に落ち切っていて、夜のひんやりとした感じが肌に伝わる。
この感触は嫌いではない。
「じゃあ、私こっちだからまた明日ね~」
イズだけ帰り道が反対なので、ライブハウス前でいつもお別れしている。
1人でこんな夜遅くに帰るのは危なくないかなって心配してたんだけど、イズちゃんは「え?どんなのが出て来ても私の方が速いに決まってるじゃん!!」とか言ってたからもう心配してやらない事にした。
「じゃ、私達も帰ろっか、ドーラちゃん」
「そうだね───ってあれ、何?」
ドーラちゃんが私達の進行方向を指差した。
道路の奥は闇で見えない、けど確かに何かが動いたのが確認できた。
「どうしよう、あっち帰り道じゃん………」
「アイリちゃん、どうする?
遠回りして帰る?」
それもありかもしれない。
でもそのルートで帰ると普段の3倍は時間がかかってしまうのだ、ライブ後にそんな目に合うのは絶対に嫌だ。
───そんな時だった。
「な、何あれ…………!!?」
「あ、あれはっ!?」
さっきの動いた何かが、その深い闇から姿を現した。
………肌色の巨大な何かだ。
胴体は分厚く、そこから何本も触手を生やして地面を這いずりまわる。
明らかにこの世の者では無かったそれは、最早化け物以外の何者でもなかった。
「ドーラちゃん急いで逃げよう!!走れる!?」
「う、うん、でもどこに?」
「とりあえずイズと合流しよ!!
どこに行くかはそれから考える!!」
あんな奴がずっとこの街を徘徊してたら、きっとイズも巻き込まれる。
そうなる前に合流して、何とか逃げようとした私はドーラちゃんと一緒に、イズちゃんを追っかけた。
走る、走る、走る─────
「あっイズちゃんいた!」
「その声はドーラ…………な、何、それ」
「説明は後でするから今は走って!!」
急に化け物とご対面して固まってたイズを半ば強引に走らせたけど、そこはさすがのイズ。
すぐに自分の走るペースを掴んでくれる。
しかし、まだあの化け物は追いかけてくる、触手をうねらせながら。
しかもかなり速い、もしかしたらイズちゃんより速いかもしれない。
それでも捕まる訳にはいかない、と息を切らし、足がもつれそうになるのを我慢してひたすら走り続ける。
それが唯一の助かる道だと信じて。
………でも、現実って言うのはいつも冷酷なものだ。
どこまでも無限に追いかけてくる化け物の最初の餌食となったのは、ドーラちゃんだった。
「きゃあっ!?!?
い、嫌、助け────」
────ズゥンッ!!!!
触手に絡め取られたドーラちゃんは必死にもがき、助けを求めていた。
こんな時に英雄なりヒーローなり勇者なりが助けに来る、なんてのはただの妄想だ、実際そんな都合のいい世界など頭の中だけだ。
非情にも触手はドーラちゃんを思いっきり地面に叩きつけた。
嫌な音と、四肢が飛び散ったのだけ確認できた。
………………もう、逃げ切れる気がしなかった。
「ちょっとアイリ!?
何立ち止まってるの逃げ───」
「イズ、先に逃げてていいよ。
私が時間稼ぐから」
稼げる時間なんてほんの数秒だけどね。
でも、それでも、イズちゃんだけでも逃げ切ってくれたら何かは変わるかもしれない。
イズちゃんは物凄く悔しそうな顔をしながら、私に背を向けて走って行ってしまった。
これでいい。これが一番正しいと思う。
気が付けば、背中から巨大な気配を感じる。
…………振り返らなくても分かる、もう追いつかれたのか。
この後の結末は分かっている、だからそっと目を閉じておく。
触手は私の体を乱暴に絡め取り、ドーラちゃんと同じ様に思いっきり地面に叩きつける。
「……………………っ」
最後の最後で感じたのは、触手の温かみと湿った感触だけだった。
─────────────────────────
「ママ~~~!!
しょうちゃんがかなのお人形さん壊した~~!!」
「翔ちゃんまた壊したの?
もうっ、今月で何回目よ………
翔ちゃん、人の物を壊したらダメって何回も言ってるでしょ!?」
「ご、ごめんなさぁ~い………」
そんな会話が、1つの広い空間の中でやり取りされる。
「ってもうこんな時間じゃないの!!
2人共歯磨きしてもう寝なさい!!」
「は~い」
「バイバイ、お人形さん。
また明日も遊ぼうね~」
何とも気怠そうな声などと共に、2人の子供はその空間から姿を消す。
残った母親は自らの作業を手早く終わらせ、先程まで2人の子供のいた場所に近付く。
「全く…………………
何でこんなに散らかすのかしらね。
それにこんなにお人形増やして、そんなに使うかしら?」
床に大量に散らかされた人形の中から、欠損の酷い人形を2つ取り上げる。
「うわっ、首も腕も足も全部千切れちゃってるじゃないの。
ったく、これ直すの大変なんだから………」
誰もいない所に愚痴った後、どこからともなく裁縫箱を取り出し、慣れた手つきで2体の人形の欠損部分を修復する。
「さて、こんな所かしらね。
そう言えばこれって4体セットで売られてたはずじゃ…………ああ、この中に居たのね」
ブツブツ呟きながらも、人形を一体一体拾い集めて元の箱の中に入れていく。
しかし、あまりに増えすぎたそれは箱の許容量を超えていたため蓋が閉まらない。
母親もそれを閉じようとするのは諦め、部屋の電気を消してそこから去っていった。
窓から差す月明かりに照らされた人形箱、その中でも4体の女の子達の人形。
その目の中には当たり前の様に光が灯っていなかったのだった。
これは、そんな女の子達の世界でのお話。
これを読んで何か感想があれば何でもお待ちしておりますm(__)m
評価ポイントの値によって、2作目を書くかどうか決めさせて貰います。