ターン6
面倒なことになった。
「・・・離してください」
「待って、話を聞いて」
「話すことはありません。腕を」
「謝るから話くらい聞いてよ」
謝っているようには見えないが人が集まって来た。
仕方なくついて行くことにした。
「わかりました」
「ありがとう、ウィリアム」
町で一番大きな宿で最上階だった。
護衛はドアと階段と出入り口全てに配置されている。
女性はウィリーだけを連れて行こうとしたがアンヌとジェイクが共にでなければ行かないと宣言したから一緒だ。
「それで話とはなんでしょうか」
「家に戻って来る気は無い?今のあなたなら役立たずでも出来損ないでもないもの。きっと家にふさわしい魔導士になるわ」
「戻る気はありませんし勘当されています」
「家が大変なのよ。あなたがちょっと名の知れた魔導士になるとお父様が私たちに発破をかけるのよ」
「すみませんが、お話しを聞く気はありません」
「少しくらいいいでしょ。それでね。お兄様が無茶な依頼を受けて左足を無くしたのよ。無様よね」
「あの・・・」
「お姉様はより強い魔物と契約しようとして巣に連れられてしまったのよ。今頃、子を孕んでいるのではないかしら」
世間話をするように簡単に兄姉に降りかかったことを話す。
三番目の子どもは周りの戸惑いを無視して話し続ける。
「それが嫌で弟妹は訓練所を卒業しないのよ。体裁が悪いから辞めさせることはしないみたいだけど。そうそうお母様は実家に帰らされたのよ」
どんなに止めても無駄だと判断して好きなようにさせる。
相槌も必要なかった。
「代わりに若い女性が何人も来たわ。お父様の愛人よ。新しい跡継ぎを作るんですって。年甲斐もなく子作りに励んでるわ」
家族のことだが何も思っていないらしい。
見たままを話している。
「私にも早く子どもを産めと言うのよ。都合いいわよね。それでね、ベラニア遺跡に行くことになったのよ。あそこにある何とかって石を持って帰ったら好きにして良いって言うから。準備しないと、じゃまたね」
好きなように話して出て行った。
疲労感だけが残った。
「すごい姉さんだな」
「姉とも思っていないけどな。家にいたころは話しかけるだけで怒られてたからな」
「自分がしてきたことを悪いと思ってないとこも腹立つわね」
飛びかかりそうになっていたスライムをケットシーとフェンリルが押さえていた。
上から押さえても物理的には意味がないが意思は伝わる。
「何とか石はマハラミヤの石で間違いないわよね」
「鉢合わせは面倒だな」
「彼らとは別ルートで行きましょ」
遺跡は家ではないから入口は一つではない。
よくあるのが正面は罠で裏側が本命というのも定石だ。
「彼らが入ってからにしましょ。後ろから来られて合流されても嫌だし」
「賛成だな」
「悪いな」
「ウィリーは何も悪くないでしょ。あの面倒な姉のせいでしょ」
便宜上姉と呼んでいるのは名前を知らないからだ。
ウィリーも言わないし向こうも名乗らない。
訓練所に一緒にいたが何人もいる中の一人だ。
いちいち名前を憶えていられない。
入所時期が違えばもっと知らない。
せいぜい有名な魔導士一家の人間が上にいるという認識くらいだ。
「嫌なことは飲んで忘れましょう」
「宿の食堂ならみんなも入れるしな」
「さぁ行くわよ」
時間が早いから人はまばらだが魔導士だと一目見て分かる。
魔物同士がときどき喧嘩をするが大事にはならない。
スライムの感触が気に入ったのかケットシーとフェンリルはぶにぶにと脚で押す。
押されるのは嫌いじゃないのかされるがままに押される。
「そう言えばシルヴィはお酒飲めるのかしら?」
「フェイドも飲めるか知らないな」
少しだけ移して差し出してみる。
匂いを嗅いで舐める。
「なかなかにイケる口ね」
「こっちもだ」
「スライム君はどう?」
「全く駄目だ」
前に少しだけ飲ませると一週間もでろんと広がって収拾がつかなかった。
ビンに入ったまま出られなかった。
下戸らしい。
「それで炭酸水なのね」
「あぁ」
飲んでは震えるを繰り返して飲む。
新しい嗜好品を手にしたケットシーとフェンリルは酒を強請るようになった。
「ふふふ」
「ジェイド」
「言うな」
「いや服を脱がされてるぞ」
「なに!」
酒ビンを片手にジェイドに凭れかかり器用に服を脱がす。
勘違いする男がいてもおかしくないが付き合いの長い二人だ。
鋼の精神力を持って耐えた。
この行動の意味はパートナーのケットシーから教えられた。
言葉は通じないからケットシーからスライムに、スライムからウィリーにという流れだ。
「男性の上半身の筋肉を愛でながら酒を飲むのが趣味らしい」
「厄介な趣味だな」
「耐える以外に方法はないらしい」
微妙に酔いが醒めてしまった二人は料理を食べることにする。
残った酒はケットシーとフェンリルに消費してもらう。
「意思疎通ができると便利だな」
「だいたいのことは分かるな。フェンリルの思っていることは分かるだろう」
「それはパートナーだからな。それにケットシーの考えていることも分かる。だがスライムの考えてることはさっぱりだ」
目や動きで何となくの予想はつくが、スライムはひたすらに楕円形でぷるぷるとしているだけだ。
「よし、スライム。お前文字を覚えろ。フェイドやケットシーでは覚えても書けないがお前ならペンが持てる」
「文字って本気か?」
「本気だ。これを持ってみろ」
万年筆をスライムの体に触れさせる。
居心地が悪そうにしながらも言われた通りに万年筆を支える。
「よしよし、筋が良いぞ」
ウィリーは何も言わないことにした。
ジェイドからターゲットを変えてきたアンヌの相手をしなければならないからだ。
酔っ払いは好きなようにさせるのが一番の対応策だ。
「Aを書いてみろ。こうだ」
ぷるぷると震えながら紙に万年筆を当てる。
「次はBだ」
ひとつずつ教えていると日が暮れそうだった。
初めてのことでも持ち前の記憶力を活かして覚えていく。
すっかり酔いが回ったアンヌとケットシーとフェンリルが寝てしまう頃にはアルファベットの大文字と小文字をきれいに書けるまでに上達した。
「そろそろ部屋に戻るか」
「そうだな。一気にやっても身につかないからな。これは反復練習が必要だ」
酒を飲むタイミングを逃したウィリーがアンヌを抱えてケットシーとフェンリルをジェイクが抱き上げる。
料金の支払いがあるからスライムが留守番だ。
いきなり文字の練習になって飲み損ねた炭酸水を飲むが気が抜けて水になっていた。
「お代おいとくよ」
「まいど」
「留守番ありがとう」
ウィリーの肩に乗ってしまえばスライムの機嫌はたいてい直る。
水になった炭酸水にしょげていたことは忘れた。